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第100話 帝都攻防戦・初戦

 夜明けと共に敵が動いた。


 僕が受け持つのは東門。そして相手は、あの三国志最強の呂布。

 勝てる気がしない。けど勝つ必要はない。負けなければ、守り切れればそれでいい。野戦最強といえども、城攻めは記録になかった気がするし、城壁を防御にして戦えば負けることはないと踏んだ。


 ――しかし、その期待はあっさり裏切られた。


 朝陽が登ると同時に、激しい破壊音が城壁を叩く。

 何事かと、全員が驚愕に包まれる中、城門の上部、監視塔に置いた弓・鉄砲隊から報告が届くとその驚愕はさらに深まった。


「投石器に大筒(大砲)……!」


 迂闊だった。相手は鉄砲や大砲が生まれる前の人物だから、そこらに疎いとは思ったけど。おそらく白起だろう。あの戦争の天才は新しいものも効果的に使ってきた。

 そもそもがゼドラ国は遠征軍であり、奇襲と神速により帝都に防備の暇を与える間もなく侵攻してきたわけだから、足の遅い攻城兵器はついてこれないと思ったのもある。土方さんらはそこを有利に見ていた。


 だがひょんなことから時間ができた。僕らの停戦交渉だ。

 それにより時間を得た白起は、攻城兵器を急ぎ呼び寄せ、この払暁一発目に投入してきたのだろう。

 そしてそれは効果的だった。まさか敵が大砲を使ってくるとは思っていなかったから、その驚愕はひとしおだ。


 しかも最悪なのが、敵はあの呂布。

 攻城兵器の一番の弱点は、敵に取りつかれると守る手段がないこと。自衛の兵を置くとしても、襲われるか分からないものに貴重な兵力を割くのは難しいだろう。


 だがそれが呂布なら別だ。

 攻城兵器の近くに呂布がいるだけで、攻城兵器の防備は完璧なものになる。


 つまり攻城兵器を破壊しようと出ていって呂布に撃破されるか、耐えて城門を破壊されてやはり乱入してきた呂布に撃破されるか、という究極の二択。


 まったく、冗談じゃない。

 開始早々、詰みの状況なんて最悪だ。


「イリス、どうしますの? 打って出ないとまずいんじゃなくて?」


「カタリア、落ち着いて。大将がそんなだと兵が動揺する」


「む……そう、そうですわね。イリスもついにわたくしを大将と認めたということ」


 なんかすごいイラっときたけど、形の上ではそうなのだし、味方で争っている暇はない。ここは我慢だ。


「とりあえずカタリア。あの城門に寄ってる弓・鉄砲隊を呼び戻そう。それからユーンとサンを使って、兵たちの動揺を静めて。何も問題はないから待機を続行するように、と」


「でも、このまま城門が壊されるのを指をくわえて待ってろと? わたくしが1千ほど率いて出れば敵も動かざるを得ないでしょう?」


「ダメだ。岳飛将軍も決めた通り、打って出ることは許されない」


 相手が呂布だ、ということを言ってもカタリアには伝わらないだろう。ただ、岳飛と土方さんにはその脅威は伝わっているから、そういった命令を出してもらっていた。


「むぅ……」


 カタリアの不満も分かる。このままじゃじり貧だ。

 ならせめて一矢報いて、という気持ちなのだろう。その気持ち、すごい分かる。


 けど一矢報いるなんてのは、今は犬にでも食わせておけばいい。

 それで死んだら何もかもぱぁだ。耐えれば生き残る可能性があるのに、一時のテンションと感情で動いてそれを無にして命まで失うなんて愚者のやることだ。


 それを直接言うとさすがに障りがあるから、とにかくカタリアを岳飛の命令を盾になんとか説得。

 城門の部隊を撤収させ、ユーンとサンに兵の動揺を抑えさせる。


 戻した部隊の報告を聞くと、敵はさらに衝車しょうしゃ(城門を破壊する車のようなもの)を出してきたという。それに合わせて同士討ちの危険を避けるために投石器と大砲が止まる。


「マズいですわ。このままならあと数分で敵がなだれ込んで来る……」


「ごめん、カタリア。前言撤回」


「はい?」


 咄嗟に口に出ていた。いや、この状況。少しでも有利にするならここで動かない理由がない。敵に損害はほぼ与えられないが、味方の士気が上がる。

 そう感じて、とっさに動く。


「戻した弓・鉄砲隊の何人かを借りるよ」


「待ちなさい。病み上がりが何を言うの。わたくしが行きます」


「大将が軽々に動いちゃいけないだろ。それにこれはたぶん、僕が適任だ。許可を」


「あ、イリスちゃんが行くなら私もいく!」


「むぅぅ……分かりましたわ。イリス、ラス、やっておしまいなさい」


「了解」


 なんで水戸黄門みたいになってんだよ、とは言わずに走り出す。

 戻って来た弓・鉄砲隊から十名ばかりを率いて、さらに指示を飛ばす。


 目指すのは城門の上の監視塔。塔といってもせり立ったものではなく、城門の上にある空間のことを言う。

 もともとは開いた城門で入出を監視するために置かれた今風に言えば警備室みたいな場所だ。


 そこはまさに城門の真上だから、登ればまさに城門の前に衝車が停止したのが見下ろすことができた。ワゴン車並みの大きさを持つ衝車に、数名の兵がとりつき、さらにその周囲に100名ほどの敵が警備につく。


「よし、まだ敵に気づかれてないな」


 転落防止用のへりがあるから、そこに身を隠せば外からは見えない。


「ね、ラスちゃん。ここで何するの?」


 横に来たラスが小声で聞いてくる。

 手配した部隊が戻ってくるのにまだ少し時間はかかる。


「あの衝車を潰す」


「潰すっていっても、ここから?」


「そう、ここからだ。相手はミスをした。衝車を出すのが早すぎた。それに衝車だけを突出させすぎた。おかげでこの場所がまだ無事な状態でいる」


 本来なら投石器と大砲で城門を破壊すべきだった。そうすればあの詰みの状況を打開できなかった。

 だが呂布は衝車を出した。おそらく投石器と大砲で城門を壊すのに焦れたのだろう。投石器はそもそもだし、大砲もまだそれほど命中率が高くないようで、城門に当たったのは1,2発というところ。それでもあの分厚くてデカいのだけが取り柄の城門はまだびくともしていない。


 だからこそ衝車を出したわけだが、そうなると同士討ちを恐れて相手は投石器と大砲を止めざるを得ない。

 そうなれば衝車は無防備。護衛のための兵がいるが、そんなもの上から攻撃すればものの数ではない。


「な、なるほどなー」


 素直に感心したらしいラスは、目を輝かせてこちらに身を乗り出したかと思いきや、


「さすがイリスちゃん! すごいね、すごいね! ああ、もう我慢できない。まだ誰も来ないからいちゃいちゃしよう!?」


「ちょ、やめろ! こんなところで!」


「こんなところだけど燃えるものがあると思わない?」


「思わない!」


「あのー」


「ひっ!!」


 声に振り返ってみれば、部隊の人たちが到着していた。その誰もが困惑した視線を押し倒される側の僕と押し倒す側のラスに向ける。


「…………えっと」


「あ、大丈夫です。はい。どうぞ続けてください」


「いや、続けないから!」


「自分は何も見てないので、どうぞどうぞ」


「どうぞじゃない!」


「イリスちゃん、静かにしないと気づかれちゃうよ」


 誰のせいだと思ってる! と怒鳴ってやりたかったけど、さすがに自重。

 大きく2回深呼吸。よし、落ち着いた。


「あの、なんか分からないですけど。大変ですね」


「変な同情やめて……で? ちゃんと物は持ってきてくれました?」


「はい、ここに」


 と言って兵たちは革袋をそれぞれ取り出す。


 よし。


「合図と同時に、袋を下に投擲。それから弓隊は火矢の用意、鉄砲隊は周囲の護衛を狙ってください」


「はっ!」


 心地よい返事だ。

 ラスもさすがにこの段になっておふざけはなし。緊張した面持ちで佇んでいる。


 頭を出して眼下を覗く。衝車が固定され、まさに丸太を城門に打ち込もうとしているところだ。

 誰もが城門に注目が行っている。


「よし、投げこめ!」


 僕の合図とともに、兵たちが手にした革袋を地面に投げ込む。袋から飛び出したのは大量の油。それらは空中でばらまかれ、衝車の上に降り注ぐ。

 敵兵たちも、ようやく異変に気付いてこちらを向くが遅い。


「火矢! 撃って!」


 火矢を構えた兵が次々に衝車に向かって射かける。

 さらに鉄砲隊も身を乗り出して衝車の周囲にいる敵兵に狙いをつけて撃ちかけた。


 衝車は木製。そこに油がしみ込み火を放てば簡単に燃える。

 1か所に火がつくと、あとは連鎖反応的に炎が燃え広がった。


 敵は消火しようと火のついたところを叩くも、油のしみ込んだ炎の方が早い。ついには衝車を放棄して逃げ出した。そこを弓と鉄砲が次々と射抜いていく。

 敵は城門から出てくる相手には万全の準備をしていたが、遠距離での攻撃に対抗する手段がない。それを悟や否や、我先に逃亡していく。そこをさらに後ろから射かけて数名を倒した。


 これでよし。


「相手が大砲を撃ってくる前に撤収しよう」


「はい!!」


 投石器と大砲にさらされ、このまま何もせず城門が破られるかと思ったところに、思わぬ逆襲のチャンスができて、しかも快勝した。

 これまで兵たちの顔になんとなく暗いものを落としていたけど、その事実にはつらつとした顔色になって声も張りが出た。


 敵に与えた損害は軽微。

 けど味方の士気はかなり上がったはずだ。なんにせよ、初戦はこちらがもらった形になったのだ。


 意気揚々とカタリアの元へ戻った僕らだが、そこで衝撃の事実を知ることになる。


 南門の兵が打って出たのだ。


 南門の守備隊長。ジャンヌ・ダルクの手によって。

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