第98話 痛みの伴わぬ軍議はない
「それじゃあ軍議を始めるが……」
一般区画に置かれた本陣に僕、土方さん、岳飛、ジャンヌ・ダルク、高杉晋作、ラス、カタリア、ユーン、サン、ムサシ生徒会長、カーター先生、琴さん、風魔小太郎、そして皇帝の傍仕えからアイリーンが集まっていた。
ただ本陣なんて格好つけてはいるけど、そこは僕たちが元いた帝都での住居で治療中の僕のために1階にベッドを置いてその周囲に皆がいる感じだ。
そもそもがそんなに広くない部屋だ。
「うぅ、ごめんなさい。私の変な嫌がらせが……」
部屋の狭さについて話が出た時にアイリーンが申し訳なさそうに謝る。
というか本当に素直になったな、この子は。この数日に起きたことが色々ありすぎて、ということだから心中は察する。
「ええ、そうですわ。反省なさい。まぁ本来ならどっかの誰かさんが大怪我負わなければもっと楽に場所を変えられたんですが」
そう言って僕を睨むカタリア。僕のせいかよ。
元の素材がいいのに傲慢で傲岸で唯我独尊なカタリアより、しっかり間違いを認めてしおらしくしているアイリーンの方が好印象に見えてしまうんだよな。その前の反発も含めて。
「まぁまぁ、カタリア様。それじゃあ心配の裏返しには聞こえませんよ」
「そうそう。医者に『死にませんわよね!? この子を死なせたらグーシィン家総出で、あなたを責めますわよ!』とか言っちゃってさ」
「なっ! そんなこと言ってませんわ! まったく! 名誉の負傷だからなんだか、いい迷惑なんですの!」
はい、ここまでが鉄板。というかあの死神じゃないけど天丼だよな、これ。
そしてもう1つ鉄板が。
「うぅー、イリスちゃん。よかった。本当によかった……。ああ、こんな傷になっちゃったら、イリスちゃんの大事な体が……ごくっ。イリスちゃんの傷口……イリスちゃんの血……イリスちゃんの細胞。ああ、傷が広がっちゃうね。うふふ、大丈夫。イリスちゃんの傷口は私が全部舐めとってあげるからね。うふふ」
「えーっと……イリス、始めていいのか?」
土方さんが引きつった顔で、僕の腰に抱き着いて放さない変態生物を目で示して言う。
「あ、コレは気にしないでください。てゆうかもう見ないであげてください……」
「そ、そうか」
あの土方さんがたじろいでる。そうか、男所帯だから慣れてないんだな。いや、僕から見ても異常なんだけど、なんかもう慣れた。それはそれで危険な気もするけど仕方ない。
ちなみにその後ろで高杉さんが壁をドンドンと叩いているのは、土方さんが狼狽しているのを見て爆笑しているのだろう。それを琴さんが不快な目で睨んでいるが、それも気にした様子はなかった。なんつー人だ。
「岳飛将軍、お願いする」
「承知した」
土方さんは一歩下がって岳飛に話の場を譲った。軍権を与えられたのは岳飛、その副官として土方さんがいるわけだからそういった配慮は当然のことだった。まぁもともと副長だったわけだし、そこらへんはわきまえているのだろう。
「敵との交渉が成功し、我々は1日の猶予を得た。その間に防備を整えているところだが……状況は芳しくない」
「そうなのですか……」
アイリーンが合いの手を入れる。
本来軍議なわけだから、不用意な発言は怒られるだろうけど、アイリーンは皇帝陛下の名代(代理)として来ているので、報告のために状況を詳しく知っておく必要がある。
それを岳飛も分かっているから小さくうなずくだけで話を先に進める。
「まずこの帝都の城壁が防備に適さないことから城壁間際での攻防は断念せざるを得ない。もちろん、城門前には土嚢を積んだ防衛線を構築しているが、気休め程度だろう」
やっぱりそうなるか。
帝都の城壁。それはイース国都よりも高くそびえたつ、鉄壁の壁に見えるが、ぶっちゃけて言えばただ高いだけだ。途中に挟間(弓鉄砲を撃つための隙間)や、矢倉のような設備はなく、ただただ高いだけの城壁は防衛機構としてはほとんど用をなしていない。
唯一、城門のところに見張り台のような形で外を眺められる場所があるらしいが、それだって100人も入れるところじゃない。
ここ百年単位で帝都を攻める国などなかったから、その気持ちも分からなくもないけど、帝都を攻める者などいない、という驕りと慢心と怠惰の象徴にしか見えなかった。
それを今から改造する時間はないから、せめて外に土塁を築いたという。
けどそれも付け焼刃。1日で用意できるのはたかが知れているし、何より兵を外に出す不安はぬぐえない。
そこに鉄砲を置いて防衛線を引いても、圧倒的兵力で攻めかかられれば防ぐことはできない。
鉄炮で削るだけ削って見殺しにするには貴重な兵力をむざむざ減らすことにもなるし、申し訳ないけど兵力より貴重な鉄砲を失う、いや最悪の場合敵に奪われて味方の武器で今度はこちらが命を狙われる可能性だってある。
なら城門を開いておけば、という話になるが、それはもう考えるまでもない愚行。味方が逃げてから門を閉めようとしても、あの巨大な城門だ。閉まるのに10分はかかるというから、劣勢だからと城門を閉めようにも全く間に合わない。
敵が来るまでの時間を計算して、城門を早めに閉めれば、という案もあるが、そうなると敵が射程に入るかどうかの距離で閉め始めないといけない。つまり戦果がまったく上がらないまま引き上げることになる。
そう言った理由から、岳飛は気休めと言ったに違いない。
権威の象徴だかなんだか知らないけど、もうちょっと実用性に配慮した作りにしてほしかったなぁ。と思う今日この頃。
「し、しかし……なら防げないということでしょうか、将軍?」
「いえ。この帝都は、皇帝陛下は守り抜きます。そのためには……」
岳飛が言葉に詰まる。何か言いにくいことなのか。
それを察したのは土方さんで、一歩前に出ると、
「いい、発案したのは俺だ。そこから先は俺が喋ろう」
「……頼む」
そう言って土方さんに場を譲る岳飛。そして土方さんが話始めるのは、ある意味耳を疑うようなことだった。
「城門で戦っても勝てない。なら城門の防備は最低限にしてあわよくば放棄する」
「放棄!?」
ざわっと緊張が走る。
城門を放棄するということは、敵が帝都の中に入ってくるということ。そうなれば敵の軍とガチでぶつかることになる。
攻城戦で籠城側が有利なのは、城を壁にして敵を攻撃できるからだ。それはつまり直接のぶつかり合いではなく、弓や鉄砲の間接武器で敵の兵力を削ることにある。
それを放棄するなんて……いや、それができない構造だから致し方ないとはいえ、初っ端からそれをするのとは全然違う。
それに敵はあの項羽と呂布だ。つまり野戦最強。正面からぶつかって勝てる気がしないのは間違いない。
なのに城内に引き込むなんて、何を考えてるんだ。
どこまで不利を考えられたかはそれぞれ別だろうけど、最後の感想は間違いなくその場にいた誰もが共通して持っただろう。
だがその中で2人。発案者の土方さんとそれを承認した岳飛以外に顔色を変えない人物がいた。
高杉さんと琴さんだ。
そしてそこで気づいた。
そういえば高杉さんも、土方さんが言っていた作戦に何か気づいたようなことを言っていた。それに琴さん。土方さんのことを敬愛しているから、何も不安を持たないのかと思ったけど、どこか満足そうな表情をしているように見える。
この幕末を駆けた3人が納得する作戦。
城内に引き込み、そうなれば……。
「あっ!」
「気づいたか、イリス」
土方さんがニヤリと笑う。
それは確かに。土方さんならではというか。この人じゃなきゃやれない戦法だ。
そして確かに、これなら勝てないまでも戦力差を感じさせずに戦うことはできる。何より、呂布ら騎馬隊の強みを弱体化できる。
けどそれは一歩間違えれば瞬時に決着――こちらの負けで終わるギャンブルのようなもの。
それでもそれをやらなければ勝機はないのだと、この稀代の指揮官2人が思ったのなら。
僕の納得を見て満足したのか、土方さんは全員に向けてこう告げた。
「城門を放棄する。そして帝都内、一般区画で徹底的な市街戦を行う。それしか俺たちに勝機はない」




