第37話 軍師の論陣2
「次に掃除当番をさぼった、ということですが……」
「見たのは私よ」「僕もだ」「俺も見た」
ふむ、これは3人。
そしてはっきりと見たと言っているから分が悪い。
けどここは、次の花壇破壊と合わせて、比較的どうでもいい部分だ。
だから取るべきは1つ。
「申し訳ない。あの時は色々むしゃくしゃしたことがあって。正直、忘れていた。身勝手なことだったと思っている。だから罰として今週から1か月、すべて掃除当番になる。それで許してほしいとは言わないけど、せめてそうさせてほしい」
「あ、そう……」「そ、それなら」「うん、まぁ」
自ら罪を認めて謝罪する。そして罪に応じた代替案を提案する。
そうすれば相手は振り下ろした拳の落としどころを見失う。
そもそも別に、掃除当番をさぼったくらいで極悪人なわけないのだ。そんなことがあったら、元の世界では犯罪者だらけだ。
だからこういうのはさっさと謝る。
どうせイリスのことだから、本当にさぼって謝りもしなかったのだろう。だからこうして不満が溜まっていくのだ。
そしてそれは花壇の件も同じだ。
ただしこれはちょっと手を加える。
「知らずに花壇に入って、踏みにじっちゃったんだ。それから必死に直そうと思ったんだけど、かえってぐちゃぐちゃになって。本当に申し訳ない」
「え、ええ……」
不器用アピールもあってか、やはりこちらも拳の振り下ろしどころを見失った。
さて、これまでは前座。
これからが本番だ。
それをみんなも分かっているから、この3件を深く追求してこなかったのもあるはずだ。
つまりここが分水嶺。ここを間違うと、前の3件もやはり極悪な事件として有罪が確定してしまう。
小さく深呼吸。
意を決して挑む心を息を整えた。
「さて、それでは暴力、恐喝の件だけど」
「ちょっと待ってくださる?」
と、そこで口をはさんできた人物がいた。
カタリア・インジュインだ。
やはり、というかようやくというか、ここで出てくるか。
「先生、この時間は何でしょうか? 私たちは勉強のためにここに来ているんです。イリスさんがどうとか、どうでもいいじゃないですか?」
彼女は澄ました顔で、平然とそう言ってのけた。
それを受けて教師もにわかに変調しだし、
「そ、そうだな。皆の勉学を妨げるわけにはいかないな。よし、この話もこれまで――」
おいおい、そんなことで止められてたまるか。
何が勉強だ。イリス(ぼく)をいびる理由がなくなるのが嫌だってだけだろ。
だから僕はカタリアに意義を唱える。
「ちょっと待った。どうでもいい? そんなわけがないだろう。人1人の人生がかかってるんだ」
「犯罪者は誰もがそう言うものですわ。自分は無罪だ、と。それをいちいち聞いていたら、この国の司法は成り立ちません」
「おかしいな。それは。つまり冤罪を容認しているってことじゃないか?」
「冤罪になるような方が悪いのです。疑われるようなことをしているから悪いのです」
「それは違う。疑われるのは理由があるはずだ。なのにその言い分を聞かずに一方的に有罪にするのは間違ってる」
「あなたは本当に最低の人間ですわね。さっきから自分のことばかり。そんなに助かりたいのですか? 人生がかかっているというのなら、こちらだってそうです。ここで勉学に励み、そして国を担う立派な人間となり、タヒラ様の右腕となるのです」
お前もあの姉さんが好きなのかよ。
ま、今はいいや。
問題なのはそこではないのだから。
「……人生がかかっているのは確かに僕もそうだ。けど、今はそうじゃない」
「はい? 人生がかかっていると言ったのはあなたでしょうに」
「確かにそうだ。けどそれは僕の人生じゃない」
「いい加減にしなさい! なら! 誰の! 人生だというのですか!」
「暴力、恐喝の被害を受けた、彼女だよ」
途端、視線が残った彼女――確かさっき先生は、ラスと呼んでいたか――に集まる。
「ラス……ラス・ハロール」
カタリアが絶句したようにつぶやく。
「そう、彼女がイリス・グーシィンによって暴行、恐喝を受けたのであれば、今すぐ僕を断罪すべきだ。だがそれが本当なのか、しっかりと吟味して調査してはっきりとした判決を下したい。もし僕が有罪になったら、彼女の一生を滅茶苦茶にした償いを、それこそ一生賭けてもする」
そこまで言いきることに、若干のためらいはあった。
けど僕は信じている。
イリス・グーシィンが、タヒラ姉さんが言うように本当は優しい子だということを。トウヨやカミュといった従兄妹たちがなつくような、決して暴力的な人間ではないことを。
それが僕の惚れた『黄金の女性』というものだと。
「だからそのためには証言が必要だ」
「あなたは本当に最低ですわね! あの恐ろしい事件を、彼女にもう一度思い出せと!? しかもまったく自分がやっていないように、いけしゃあしゃあと!」
「待った。君も知っているのか? イリス・グーシィンが彼女に暴行したのを」
「……そんなわけありませんわ。私は知りません。見てもいないわ」
「けど今、“あの恐ろしい事件”と言ったじゃないか」
「言葉尻を捉えて調子にのってるんじゃあありませんよ。私は聞いたのです。彼女の口から、直接。ねぇ、ラス?」
「……は、はい。そう、です」
やっぱり聞いてたんじゃないか、という揚げ足取りは蛇足になりそうなので置いておく。
ただ、今のやり取り。
カタリアとラスの会話でなんとなくわかった。彼女たちの関係性というものが。
ラスという黒髪の少女は、どこか大人しめでおっかなびっくり喋っているように見える。
その動揺は目立つポジションに出てしまった、というの以上に、怯えているようにも見える。
何に怯えているか?
僕ことイリス・グーシィン、ではない。
彼女の視線はこちらに向かず、絶えずある人物の機嫌をうかがうように伸びている。
もちろん、カタリア・インジュインだ。
つまりそういう関係。
女子グループには全然、縁がなかったけど、過去に共学だった以上、多少は知識がある。
彼女らの特定のグループには特徴があり、中心となる人物に対し寄り添う形で存在しているケースが多い。
そしてその中心人物に対する人種として、彼女に真っ向から敵対する者と、彼女の下について自身を保全する者がいる。
ここでは前者が僕で、後者がラスということ。
これがどちらが良いとか悪いとかいう話じゃない。
そういう性質があり、そして下についたからと言って決して安心できるものではない。
そしてラス、彼女がその状態にあるというのなら――
「いいですわ、ラス。話しなさい。そしてこの女に引導を渡すのです」
おやおや、さっきは可哀そうとか言ってたのに『話せ』とは。
まぁいい。これでいよいよラスボスが登場ってわけだ。




