表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

41/753

第37話 軍師の論陣2

「次に掃除当番をさぼった、ということですが……」


「見たのは私よ」「僕もだ」「俺も見た」


 ふむ、これは3人。

 そしてはっきりと見たと言っているから分が悪い。


 けどここは、次の花壇破壊と合わせて、比較的どうでもいい部分だ。

 だから取るべきは1つ。


「申し訳ない。あの時は色々むしゃくしゃしたことがあって。正直、忘れていた。身勝手なことだったと思っている。だから罰として今週から1か月、すべて掃除当番になる。それで許してほしいとは言わないけど、せめてそうさせてほしい」


「あ、そう……」「そ、それなら」「うん、まぁ」


 自ら罪を認めて謝罪する。そして罪に応じた代替案を提案する。

 そうすれば相手は振り下ろした拳の落としどころを見失う。

 そもそも別に、掃除当番をさぼったくらいで極悪人なわけないのだ。そんなことがあったら、元の世界では犯罪者だらけだ。


 だからこういうのはさっさと謝る。

 どうせイリスのことだから、本当にさぼって謝りもしなかったのだろう。だからこうして不満が溜まっていくのだ。


 そしてそれは花壇の件も同じだ。

 ただしこれはちょっと手を加える。


「知らずに花壇に入って、踏みにじっちゃったんだ。それから必死に直そうと思ったんだけど、かえってぐちゃぐちゃになって。本当に申し訳ない」


「え、ええ……」


 不器用アピールもあってか、やはりこちらも拳の振り下ろしどころを見失った。


 さて、これまでは前座。

 これからが本番だ。


 それをみんなも分かっているから、この3件を深く追求してこなかったのもあるはずだ。

 つまりここが分水嶺。ここを間違うと、前の3件もやはり極悪な事件として有罪が確定してしまう。


 小さく深呼吸。

 意を決して挑む心を息を整えた。


「さて、それでは暴力、恐喝の件だけど」


「ちょっと待ってくださる?」


 と、そこで口をはさんできた人物がいた。

 カタリア・インジュインだ。


 やはり、というかようやくというか、ここで出てくるか。


「先生、この時間は何でしょうか? 私たちは勉強のためにここに来ているんです。イリスさんがどうとか、どうでもいいじゃないですか?」


 彼女は澄ました顔で、平然とそう言ってのけた。

 それを受けて教師もにわかに変調しだし、


「そ、そうだな。皆の勉学を妨げるわけにはいかないな。よし、この話もこれまで――」


 おいおい、そんなことで止められてたまるか。

 何が勉強だ。イリス(ぼく)をいびる理由がなくなるのが嫌だってだけだろ。


 だから僕はカタリアに意義を唱える。


「ちょっと待った。どうでもいい? そんなわけがないだろう。人1人の人生がかかってるんだ」


「犯罪者は誰もがそう言うものですわ。自分は無罪だ、と。それをいちいち聞いていたら、この国の司法は成り立ちません」


「おかしいな。それは。つまり冤罪を容認しているってことじゃないか?」


「冤罪になるような方が悪いのです。疑われるようなことをしているから悪いのです」


「それは違う。疑われるのは理由があるはずだ。なのにその言い分を聞かずに一方的に有罪にするのは間違ってる」


「あなたは本当に最低の人間ですわね。さっきから自分のことばかり。そんなに助かりたいのですか? 人生がかかっているというのなら、こちらだってそうです。ここで勉学に励み、そして国を担う立派な人間となり、タヒラ様の右腕となるのです」


 お前もあの姉さんが好きなのかよ。

 ま、今はいいや。

 問題なのはそこではないのだから。


「……人生がかかっているのは確かに僕もそうだ。けど、今はそうじゃない」


「はい? 人生がかかっていると言ったのはあなたでしょうに」


「確かにそうだ。けどそれは僕の人生じゃない」


「いい加減にしなさい! なら! 誰の! 人生だというのですか!」


「暴力、恐喝の被害を受けた、彼女だよ」


 途端、視線が残った彼女――確かさっき先生は、ラスと呼んでいたか――に集まる。


「ラス……ラス・ハロール」


 カタリアが絶句したようにつぶやく。


「そう、彼女がイリス・グーシィンによって暴行、恐喝を受けたのであれば、今すぐ僕を断罪すべきだ。だがそれが本当なのか、しっかりと吟味して調査してはっきりとした判決を下したい。もし僕が有罪になったら、彼女の一生を滅茶苦茶にした償いを、それこそ一生賭けてもする」


 そこまで言いきることに、若干のためらいはあった。

 けど僕は信じている。

 イリス・グーシィンが、タヒラ姉さんが言うように本当は優しい子だということを。トウヨやカミュといった従兄妹たちがなつくような、決して暴力的な人間ではないことを。

 それが僕の惚れた『黄金の女性』というものだと。


「だからそのためには証言が必要だ」


「あなたは本当に最低ですわね! あの恐ろしい事件を、彼女にもう一度思い出せと!? しかもまったく自分がやっていないように、いけしゃあしゃあと!」


「待った。君も知っているのか? イリス・グーシィンが彼女に暴行したのを」


「……そんなわけありませんわ。私は知りません。見てもいないわ」


「けど今、“あの恐ろしい事件”と言ったじゃないか」


「言葉尻を捉えて調子にのってるんじゃあありませんよ。私は聞いたのです。彼女の口から、直接。ねぇ、ラス?」


「……は、はい。そう、です」


 やっぱり聞いてたんじゃないか、という揚げ足取りは蛇足になりそうなので置いておく。


 ただ、今のやり取り。

 カタリアとラスの会話でなんとなくわかった。彼女たちの関係性というものが。


 ラスという黒髪の少女は、どこか大人しめでおっかなびっくり喋っているように見える。

 その動揺は目立つポジションに出てしまった、というの以上に、怯えているようにも見える。


 何に怯えているか?


 僕ことイリス・グーシィン、ではない。

 彼女の視線はこちらに向かず、絶えずある人物の機嫌をうかがうように伸びている。

 もちろん、カタリア・インジュインだ。


 つまりそういう関係。


 女子グループには全然、縁がなかったけど、過去に共学だった以上、多少は知識がある。

 彼女らの特定のグループには特徴があり、中心となる人物に対し寄り添う形で存在しているケースが多い。

 そしてその中心人物に対する人種として、彼女に真っ向から敵対する者と、彼女の下について自身を保全する者がいる。


 ここでは前者が僕で、後者がラスということ。


 これがどちらが良いとか悪いとかいう話じゃない。

 そういう性質があり、そして下についたからと言って決して安心できるものではない。


 そしてラス、彼女がその状態にあるというのなら――


「いいですわ、ラス。話しなさい。そしてこの女に引導を渡すのです」


 おやおや、さっきは可哀そうとか言ってたのに『話せ』とは。


 まぁいい。これでいよいよラスボスが登場ってわけだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ