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第92話 奇兵隊

「おっと、動かないでいただこう。これなるは鉄砲という兵器だ。君らの時代にはなかったものだが、その火力は弓なんか目じゃないぞ。ああ、それから本気で動かないことをおススメするよ。この引き金はとても軽いんだ」


 十数もの鉄砲を持った兵たちが包囲する中、高杉さんは高らかに言い放つ。


「さ、イリス。こっちに来るんだ」


 高杉さんが二歩下がり、僕もそれに合わせて下がる。

 これで少なくとも呂布の方天画戟の射程、そこから少し遠ざかったことになる。その一歩を踏み出す前に鉄砲が撃ち抜くだろう。


「ふん。何が鉄砲だ。そんな玩具で俺に勝てると思っているのか」


 くっ、さすが呂布。鉄砲に包囲されているとしても、呂布なら切り抜けるそんな気もする。

 だが待ったをかけたのは別の方向だ。


「いや、待て呂布。鉄砲という兵器はあなどれるものではない。確かにお前ならここにいる者を一呼吸で叩き斬るだろう。だがそれではお前は死ぬ。弓矢と違って鉄砲の弾を弾けるなんて思っちゃいけない」


「ふんっ、貴様に心配される俺ではないわ」


「私に替えは効くが、お前には替えが効かん。それをこんなところで失うわけにはいかん」


 うん? なんだか違和感。というか白起が他人を心配してる? 他人の命なんてどうでもいいみたいにしてるのに、身内には甘いのか?


「ふん、心配するのはいいがな」


 風が吹いた。幕舎の中、なのにだ。


「もう終わった」


 呂布がつぶやく。何が、と思った次の瞬間。


「――――」


 声もなく、音もなく、鉄砲を構えた兵たちが倒れた。それも上半身だけ。

 全員が胸のあたりで両断され、おそらく自分が死んだことすら分からない間に死んでいったに違いない。


 それほどに一瞬のこと。

 その一瞬で、こちらの有利は雲散霧消してしまった。


「これで貴様の切り札はなくなったぞ、高杉とやら」


 呂布が傲然と立ち尽くす。

 その姿、まさしく武神。今の武技を見ても、さすが呂布としか言いようがない。いや、感心している場合じゃない。


「高杉さん、どうするの!?」


「僕のスタンスは変わらない。死にたくなかったら、軍を退くんだな」


 いやいや、なんでそんな自信満々でいられるの? 相手は呂布だぞ!? 一瞬後には僕らも真っ二つだってのに!


「何を寝ぼけている。貴様の切り札は俺が今、斬って捨てた。貴様らに次はない」


「いつ、僕の切り札だと言ったかな?」


「なに?」


 呂布が何かに気づく。その瞬間に、再び数十の銃口が呂布と白起を捕えていた。


「なんだと!?」


 呂布が目を疑うけど、僕も目を疑った。今、呂布に斬って捨てられたはずの兵がなんでまたいるのか。増援がいたのか。いや、違う。さっきは動転して気づかなかったけど、呂布に斬られた兵たちだけど、血が出ていない。


 そうか、この兵たちは――


「僕の異能、まさしく『奇兵隊』は幻影の部隊。幻に姿はなく、影に痛みはない。だが侮るなよ? 幻影の部隊としても、斬られれば痛いし、撃たれても死ぬ。さて、再び詰みというやつだが、どうするね?」


「ふん、ならば貴様を先に――」


「それはおススメしないな」


「なに?」


 すると高杉さんは、自らの上着をはだける。まさか、そういった趣味が――というわけではもちろんない。


 いや、それはある意味、想像を絶するものがあった。

 高杉さんの腹部に巻かれた、何やら円筒型のもの。その手作り感、というか明らかに導火線あるんだけど、まさか……。


「あの、高杉さん、それってもしかして……?」


「ん? 火薬を詰め込んだ筒だが?」


「腹マイト!?」


 いつの時代だよ。いや、昭和より昔だよこの人!


「さらにここにも」


 高杉さんが背負ったギターを取り出すと、ポンっとギターホールのあたりを叩く。


「まさかその中に……?」


「ん。大量の火薬を入れておいた。そしておあつらえ向きに、いいところに蝋燭が」


 室内を照らす蝋燭をもぎ取ると、それを腹に近づける高杉さん。


「ああ、火薬すらなかった時代の君たちに説明すると、これは火をつければ爆発するタイプの兵器だ。もうお分かりかと思うけど、僕を真っ二つにしたとしても、蝋燭の火が点火して爆発する。ここら周辺は木っ端みじんだな」


「稚拙な脅しを……」


「稚拙かどうかは僕の目を見れば分かるんじゃないか?」


 そう言いながら、蝋燭の火を導火線に近づける高杉さん。

 おいおいおいおい、まさかの自爆攻撃に僕としても慌てるしかない。これもブラフだよな? ハッタリだよな?


 高杉さんの覚悟に、呂布は気圧された様子で顔をしかめる。自分の武技への自信と、未知なる兵器への危機感。その挟間で悩んでいるようだ。


 幕舎の中の空気が、人数に反比例して冷えていくように思えた。

 気まずい、というより圧迫感が空気を鈍化させていく。


 その果て。沈黙を破ったのは白起だった。


「…………呂布、方天画戟をしまえ」


「しかし」


「いいからしまえ。これは命令だ」


「……ふん」


 呂布は気にくわない表情を隠しもせず、方天画戟を引いた。


「話を聞いてくれるようになってくれて、感謝するよ」


「感謝される筋合いはない。そのような無意味なことに時間を割く暇はない。それだけだ」


「ふむ、つまり交渉の余地ができたと?」


「そうは言っていない」


「だがこの状況、そうも言ってられないのではないか?」


「そうでもない。“つあん”国の将軍と、呂布が認めた娘。我らの命と替えてもそれほどの損失はあるまい」


 この男。本気か。

 これがシミュレーションゲームだとして、いくら高杉晋作が逸材だとして、白起と呂布という軍の主力を犠牲にしてまで削る相手ではない。ましてや高杉晋作の相方が、スキルは良いものの並みのパラメータを持った僕というのだから。


 白起という男。他人の命に頓着しないというより、自分を含めてすべての人類に不公平なく頓着していないというべきか。

 ある意味、その捨て身とも言える精神は正直相手にして嫌なものだと思った。


「ただ――」


 と、白起が言葉をつないだ。


「ここで無為に果てるのは我が主の望むものではない。ならば条件を1つ出そう」


「条件?」


「呂布」


「あん?」


「お前、この小娘と仕合いたいといっていたな?」


「ああ」


「なら話は簡単だ」


「まさか――」


 僕と高杉さんが目を見開く中、白起は変わらない感情のない表情でこちらを見据えて、こう言った。


「その娘が呂布と仕合い、勝利した場合。そちらの言い分を呑んで、1日の猶予を与えよう。その間に逃げ出すなりなんなりするがいい」

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