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第91話 講和交渉

 呂布に案内されて高杉さんと共にゼドラ軍の本陣に通された。

 夜明け直前にも関わらず、兵たちはすでに臨戦態勢。号令があればすぐにでも飛んでいくだろう。ただそれにも増して、兵たちの様子がおかしい。どこか虚ろというか、生気がないというか。活気にあふれていないというのが正しいか。


 本来なら戦闘直前というのは、これから死に直面する可能性を思っておおよそが闘志を漲らせたり、騒がしいというのが兵たちの心境だというのに。この静けさはなんだ。軍規が整っているというか、淡々としているというか。それが不気味だった。


 ただざっと眺める感じ、敵は2万以上はいるのが分かった。それは収穫だ。


 そんな中でも高杉さんは、何の怯えも怯みもなく堂々と歩いている。背中に背負ったギターがなんとも場違いな感じを演出している。


「ここだ」


 呂布が顎を向けたのは1つの幕舎。簡素なつくりだが、戦場で堅牢だったり華美なものは不要という精神がにじみ出ている。


 いよいよ本番だ。

 高杉さんに目を向けると、口元に笑みを浮かべていた。この状況、いやさっきの呂布の問答といい、凄い胆力というか。僕なら逃げ出すか動けなくなってる。それなのに笑える余裕。これが高杉晋作か。


「大将、珍客だ」


 呂布が無遠慮に幕舎に入り、その後に続く。

 外から見たのと同じように中も質素。地面に机と椅子を置いただけのもの。あとは蝋燭たてがいくつかあって、それが室内を照らしている。

 ゼドラという大国の大将軍がこんな簡素な幕舎でいいのかと思うけど、それを使っている本人はそれが当然のように何か机に向かって書き物をしていた。呂布の言葉など聞こえなかったように淡々と。


 呂布はそれに慣れているのか、腕を組んで相手の反応を待つ。

 すると相手の男――ゼドラ国大将軍の白起は顔を上げず、筆も止めずに、


「呂布。お前には東の攻め口を任せたはずだが?」


 そう問いかけた。


 その言葉に僕は声をあげるのを必死に抑えた。東の攻め口、つまり東門。僕らが守備を受け持っていた場所だ。そこを呂布が攻める。そう考えただけで冷や汗が止まらない。それほど衝撃的な一言だ。


「ふん。俺の赤兎を舐めるなよ。帝都を反対に移動するのに30分もかかるまい。開戦まで暇だから巡回をしていたら、こいつらを拾ったんでな」


「……噂の“いりす”とかいう女か」


「知ってるんですか」


 それは思わず声が出てしまった。まさかあの白起が僕の名前を知ってるとは思わなかったから。


「呂布がくどいほど話していたからな。その呂布が連れてきた少女となればそれくらいしかいないだろう」


「ふん」


 あの呂布が。認めてもらったと考えれば嬉しいものではあるけど、それが示すものを考えるとゾッとした。


「そちらは、存じないな。楽師か?」


「ふん、違うな。いや、僕の才能をもってすれば天下の楽師と勘違いされようものだがそうではない。僕は――」


「いや、いい。用件だけ聞く」


 高杉さんが意気揚々と話始めようとしたところに、冷や水を浴びせるような白起の一言。ピシっ、と高杉さんの得意満面の笑顔が凍り付いた。

 だがすぐに咳払いして怒りを押し殺すと、


「僕はツァン国の大将軍、トーギョ……いや、高杉だ。ああ、名乗らなくていい。僕にとって君が誰かなんてどうでもいいことだ。ただ用事があるのはゼドラ国の軍を率いる総大将という地位だけだからな。ん? そうだろう? まさか今更そちらの自己紹介が必要だなんてセリフは吐かないよな? 不要と言ったのはそちらだから、君が何を言おうと僕に聞く気はないが」


 淡々と言っている割にはしっかりと意趣返ししてるあたり、執念深いな、この人。しかも相手が白起だというのは僕からちゃんと聞いてるから、自己紹介される必要もないわけで。


 だが相手の白起は高杉さんを上回る。


「それでいい。で、用件は?」


「こいつ……っ!」


「高杉さん、抑えて!」


 一歩踏み出そうとする高杉さんを、なんとか押しとどめる。初っ端から、しかもこちらから交渉決裂していいわけがない。それを高杉さんも分かっているが、それを一瞬でも忘れさせる白起の態度。これは難敵だ。


 高杉さんは1つ、2つと深呼吸をしてから再び白起に向き直り。


「単刀直入に言う。アカシャ帝国への侵攻を辞めてもらいたい。そもそもこの侵攻はなんだ? 大義名分もないで、この世界の中心とも言えるアカシャ帝国に攻め込むなど、神をも恐れぬ愚行。帝国の隣国たる我が国の太守は大変お嘆きだ。すでに各国へと檄が飛び、北国のキタカおよびエティンの出兵の約定は取り付けた。我が軍3万もすでに国境沿いに待機している。さらにデュエンを攻めているイース国とトンカイ国は即刻停戦。こちらに向かって進軍している。そうだな、イリス?」


「え、あ、はい!」


 急に振られてびっくりした。けど、これでいいんだよな。

 てかどんだけ大ぼら吹きだよ。もちろん高杉さんのいるツァン国の太守はこの侵攻について知らない(宰相の高師直は知っているっぽかったけどその対処は何もしていなかった)し、そうなれば兵も出してない。当然各国に檄なんて飛ばしてない。

 さらにイース国が今どうしてるのかなんて僕が知るわけない。仮にこの話が来たところで、デュエン国との争いを止めてこんなところまで遠征するのは不可能だ。そこまで兵糧がないし、まぁ言っちゃなんだけどイース国が帝国を救う理由もないしね。


 ただそれをまるで事実のようにハッタリかます高杉さんの度胸たるや。


 いわば当てのない兵力を盾にした脅しだ。

 各国の兵にタコ殴りにされたくなければ兵を退けと。


 普通ならこんなことで騙されるわけはないのだが、白起はようやくそこで筆を置き、ふぅと1つため息。

 そしてさらに初めて高杉さんに向き、


「話は分かった」


「え!?」


「だが断る」


 やっぱり!


 そりゃそうだ。こんな丸見えの嘘で騙されるほど甘くはない。相手はあの白起だ。泣いて命乞いをしただろう20万を、情け容赦なく埋め殺した白起。こんな脅しに屈するような男ではない。


「話は終わりか? それではさっさとね。そして国に戻り、しっかりと戦支度をするがいい。我が国は帝国だけにとどまらず、すべての国を滅ぼす。それは当然、貴様の国も例外ではない」


 おいおい、こんなところでまさかの宣戦布告。秦の始皇帝にでもなるつもりか。

 ゼドラ国の太守がどんな奴かは知りもしないけど、まともな神経をしていないのは明らかだ。


「なるほど、話し合う余地はないということか」


「そうなる。私は我が主の夢を果たすためだけにいる。昔も今も、ただそれだけの道具だ。道具に心はない。必要ない。ゆえに貴様らの頼みを聞く必要はない」


「なら少し時間をくれないか? 帝都にいる一般都民に女子供を外に出したい。彼らを犠牲にするのは本意ではないだろう?」


「聞こえなかったか? 頼みを聞く必要はないと言った。それに我が主が求めるのは徹底的な帝都の破壊だ。それは建物や兵にとどまらない。帝都を構成するすべてを破壊しつくす。つまり女子供関係なく皆殺しにするということ」


「っ!」


 まさか本当に? いや、白起ならやりかねない。そう思わせる経歴が彼にはある。


「ふぅ。まさか本当にそこまでとはね。イリスから白起という人物をあらかじめ聞いていなかったら卒倒していたよ。民を何だと思っているのか」


 高杉さんは大きくため息。対する白起は顔色を変えない。


「民とは我が国の民だ。それ以外の民は敵。ならば滅ぼす。違うか?」


「見解の相違、というか完璧に倫理観が違うな。話し合っても平行線でしかない。なら、仕方ないか」


「ああ。さっきも言った通りだ。帰って戦支度に励むがいい」


「いや、もう1つやれることがあるだろう?」


 やれること?

 一体、高杉さんは何を言い出すのか。まだこの状況において白起を説得できる材料でもあるのか?


「ああ、イリス。1つだけあるさ。たった1つだけ。僕にしてはさえない、あまり気の乗らないやり方だけどね」


 心底嫌そうな様子で嘆息する高杉さん。


 嫌な予感が背中を走る。


 まさか――


「動くな、貴様!」


 呂布が何かを感じ取ったのか、方天画戟を高杉さんに向ける。

 あと1センチでも動けば、高杉さんの頸動脈から血の雨が降る。だが高杉さんはそれに臆することもなく、逆に怒鳴りつける。


「動くなは君の方だ。呂布。そして白起。君もだ」


 突如として幕舎の幕が開く。それも360度、呼び動作もなく同時に。

 そして現れたのは完全武装した兵たちだ。彼らは銃を手に構えた状態で、幕舎の中心――つまり白起と呂布に銃口を向けている。


「さて、では紹介しておこう。僕の忠実な……いや、忠実なことなんてなかったな。まぁとりあえずは頼れる仲間、奇兵隊だ。さてさて、三千世界のカラスを殺し、君らと添い寝でもしてみせようか?」

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