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第90話 動乱の英雄2人

「しかし、お前もついてくことは」


 出発の準備をするという高杉さんと別れ、僕は土方さんと共に先に西門へと向かう。


 それもこれも、僕が高杉さんに同行すると言ったからだ。


 つまりゼドラ軍への和平の使者として共に向かう。


 正直、ナインイレブンの確率で死ぬしかないけど、ここで時間稼ぎをしないとそもそも生きる道はないのだ。それに、そんな状況にあの高杉晋作を置いておくわけにはいかない。

 僕が行っても何の足しにもならないだろうけど、じっと結果を待つだけなのは耐えきれない。


 それを聞いたカタリアは、


『馬鹿ですの!? いえ、馬鹿ですわ! ふんっ、死にたいのなら勝手に死ぬがいいですわ! けど、わたくしの許可なく勝手に死んだら許しませんから! この女ったらしを盾にしてでも生き延びなさい、いいですわね!』


 相変わらず無茶苦茶なことを言ってるけど、心配してくれてるんだろうと思う。


 それを聞いた高杉さんは、


『え、僕を盾にするの? それ意味なくない? てか酷くない? ま、死ぬなら道連れはこういったかわい子ちゃんの方がいいのは確かだけどさ』


『あら、誰が可愛いですって? こんなちんちくりんより、わたくしの方が可愛らしさの点でも美しさの点でも気品の点でも圧倒的に上回っているはずでしょう?』


『おお、じゃあカタリアも来るかい? 両手に華、これぞ男子の本懐だろう』


『断固として断ります』


 なんつーか緊張感ないなぁ。


 そんなぎゃーぎゃー騒いでいる2人を置いて、土方さんがため息をついて僕に話しかけてきた。


『おい、ちょっと西門まで付き合え。どうせそこから出発だろう』


 その有無を言わさないような誘いに、僕はうなずくしかなかったわけで。

 10分後の出発を約束して、僕と土方さんは守備の準備の喧騒の中を西門へと向かっている。


 ただちょっと意外だったのが、道中ずっと土方さんが無言だったこと。

 何かを考えているような難しい顔をして、馬に揺られている。話しかけるのもはばかられる様子だったので、僕はその横で借りた馬に揺られているわけだが。


 やがてあと少しで西門という時に、土方さんは沈黙を破った。


「おい、イリス。あいつは長州か、それとも土佐か? 薩摩なまりがねぇってことはそのどっちかだろ」


「っ!!」


 まさかの問いに、思わず反応してしまった。ほぼ答えと同義の反応を。


「その反応、当たりってことだな。あいつと握手した時、にじみ出る殺意を感じ取った。俺のことを知ってそんな真似すんのは、その3つしかねぇ」


「あ、いや。その、高杉さんは――あっ!」


「はっ、しかも高杉晋作かよ。斬っときゃよかったな」


「違うんです! あの、高杉さんだけど、今はその」


 最悪だ。ここで仲間割れなんかしたら、それこそ終わる。


 だが、土方さんは僕の予想に反してふっと笑い、


「分かってるよ。今は斬らん。いや、あいつを斬る理由なんてもんははたからねーのさ」


「え……」


「ここには幕府もなけりゃ長州もねぇ。やりあう必要なんてねーんだよ。それに、正直言うとな。俺はあいつを認めちゃいるんだ」


 これは意外だった。

 幕府の飼い犬とまで言われたあの新選組が、その鬼の副長が。倒幕の急先鋒である長州藩の人間を認めるなんて。


「話に聞くだけだけどな。あいつはただ変えようとしただけだ。自分だけじゃない。藩を、そしてこの国を。そのために走り回って走り回って走り回って、そして閃光のように燃え尽きた。己のすべきことを見つめ、それに賭けて生き切った。羨ましいじゃねぇか。これぞ男の生き様ってやつだ」


 その時の土方さんは、本当に嬉しそうに見えた。

 あるいは。その生き様を知っていたからこそ、蝦夷地にまで続く果てしない反抗劇を演じたのかもしれない。ある意味、この男も走り回って走り回って走り回って、そして閃光のように燃え尽きたのだ。


「だから俺は奴は斬らん。ま、ちょっと憂さ晴らしくらいはさせてもらうかもしれねーがな」


 そう笑う土方さんは、なんというか鬼だった。

 つか高杉側からすれば、いい迷惑だよな。長州藩の大反攻が行われるのは彼の死後。幕府を滅ぼすことも、新選組を滅ぼすことにも、なんら関与していないのだ。まぁ長州征伐による幕府の権威失墜を考えれば、間接的に関与しているといえばしてるけど。


「それにな、あの男。おそらく援軍を呼んでる」


「え!?」


 それはさっきカタリアが言っていた案だ。

 その時はすでに街道を封鎖されているから、という理由だったけど、もしその前に知らせを出していたら? こういった状況になることを見越して軍を待機させていたら?


「あれほどの男が、帝国軍の負けを予見できてないはずがない。何より、あのゼドラが帝都を狙ってるって言ってたのは、奴のいる国だろう? それを知らずに、ほいほい来る男かね、あいつは」


「じゃ、じゃあ!」


 見えたかすかな希望。援軍、それがどれくらいかは分からないけど、それさえあれば十分に戦える。しかもそれを全員に知らせれば、意気軒昂。1週間は余裕で持つ。

 援軍なき籠城は自滅の愚策でしかないけど、援軍がいるなら話はガラっと変わる。


 そう思っていると、土方さんにデコピンをくらった。


「これはまだ誰にも言うなよ」


「な、なんでです!?」


「馬鹿、考えろ。もし援軍が来なかったら? あの敵の動きを見ただろう? 最悪、援軍が蹴散らされる可能性だってある。その時に起こる絶望は半端ないぞ。一気にやる気を無くして投降する奴らだって出てくる。それだけならまだいい。内側から城門を開く馬鹿だって出てくるに違いない」


「あ……」


 そうだ。援軍が来れば勝ちというわけでもないし、そもそも来るかどうかも分からない。

 それにすがって、もし外れた場合。土方さんが言う最悪のケースが起こるのは避けられないだろう。


「それにあいつも長州だからな。土壇場で裏切るくらいのことはするだろ。お前、ちゃんと見張っとけよ?」


 結局それはそれなんだ……。長州だから裏切るってのも酷い偏見だけど。まぁ藩の方針がコロコロ変わったのは確かだ。


「というわけだ。だからあいつも何も言わない。ま、俺が察する分にはいいくらいには思ってるかもしれんがな」


 うぅん、これが動乱の時代を生き抜いてきた人たちの洞察力か。


「だからこれはお前だけにとどめておけ。あっちのお嬢ちゃんにも言うなよ。あれは口が軽そうだ」


 カタリアのことだろうな。確かにと思えてしまうのが悲しい。


「というわけだ、期待せずに待っておけ。まぁ来るとしたら1週間くらいか。それが制限時間だ」


「制限時間……」


「ああ、そうだろう。ここの軍じゃ、おそらく勝てない。あの岳飛が頑張っても、この帝都を限界まで使い切ってもな。外からの援軍が来なけりゃ、待ってるのは確実な死だけだ。だからイリス、お前はちゃんとその時間ってのを考えておけよ」


 制限時間。つまり決断の時間。

 このままこの帝都と運命を共にするか、それとも逃げ出すか。


 そもそもが、この帝国とゼドラ国との戦いは僕らには関係のない内乱だ。だから究極逃げ出してもいい。

 けど……。


「その時は、覚悟を決めます」


 ラスが、皇帝が、アイリーンたちが。戦うと決めて、そして僕は任された。

 その責任から逃げようなんて思わない。思えない。


 あるいは今生との別れになるかもしれない。

 こんなこと、昔の僕からすれば鼻で笑っただろう。忠義だ、愛だ、責務だ。そんなもので命を落とすなんてバカげている。そう思って生きてきた。


 けどそれは、ただ本当に生きていなかっただけで、命を賭けて何かをするということを忘れていただけであって。


 今、この世界に来て、イリスになって、僕は本当に生きていると、命がけで何かをしようとしてるから。


 けど――


「もちろん負ける気もないです」


「いい覚悟だ」


 そう言って土方さんは、さぞ愉快そうに笑う。

 ただその笑顔には、どこか寂しさを感じる。


 すると土方さんはすぐに真面目な顔になり、


「イリス」


「あ、はい」


 土方さんは何か言おうとして、言葉が出ないようで、口中でもごもごと何か言ったようだが聞こえず。


「あの、土方さん?」


「ちっ、何でもねェ」


 それだけ言って、馬を先に進ませる。何だったんだ。


 それからしばらく無言で進み、西門のそばで馬を止めて降りた。

 ここを守るのはあの岳飛だ。土方さんとしては、最後の詰めを話し合うために来たんだろう。


 ただ土方さんは馬から降りたまま動かない。

 何かあったのかと心配で近づくと、


「おい」


「はい?」


 呼ばれたものの、そこから次の言葉まで10秒ほど待たないといけなかった。


 そしてようやく口を開いた土方さんは、


「…………死ぬなよ」


 それだけの言葉。だけど土方さんが本気で心配してくれた言葉だと、その声色、雰囲気、心で伝わってくる。


 それがなんとも無性に嬉しくて、


「はい!」


 そう、元気よく答えたんだ。

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