第36話 軍師の論陣1
「あんたは教師じゃない」
そう言われた教師は、もとい教室中が、きょとんとした様子で空気が止まる。
「は?」
「生徒を陥れて、馬鹿にして、詰め寄って、脅して。それが教職に立つ者の姿なんですか? そうとは思えない。だから僕は断言する。あんたは教師じゃない」
「それはあんたが悪いんでしょ!」「そうだそうだ! テストのカンニングをしてたし!」「掃除をさぼった」「花壇も荒らした!」「暴力に恐喝、とんでもない奴だろ!」
おっと、イリスの悪行が明かされていく。
カンニングしたり掃除をさぼったり花壇を荒らしたり、は児戯レベルだけど、暴力に恐喝はいただけない。
けど、思う。
トウヨやカミュ、そして家族の皆。イリスに対するものは誠意そのもの。そんなイリスが暴力とか恐喝とかするか?
いや、今はそこは問題じゃない。
僕は小さく深呼吸すると、改めて教壇に立つ男――敵を見据え直す。
そしてその敵は、小さく苦笑しながら、
「まぁ待つんだ皆。彼女は私に喧嘩を売ってるわけだ」
「喧嘩じゃない、戦だよ」
「……ふん、いいだろう。いくら温厚な私とて、我慢には限りがある。そちらから売った論陣だ。言い逃れのできないほどに叩きのめされても、大臣様に泣きつくなよ」
「誰がそんな恥ずかしいことできますか。大丈夫、あんたみたいな非人間には負けないよ」
「……このガキ」
「先生! やっちゃってください!」「そうだそうだ!」「生意気なイリスに鉄槌を!」
「いいだろう、乗ってやる。どうしてもお前は私を否定したいようだからな」
よし、かかった。
まずは相手を勝負の場に上げること。あげてしまえば、どうとでもなる。
そのために慣れない暴言で相手を挑発したわけで。
「ふむ、とはいえ一方的に論破してもつまらない。ならばこうしよう。お互いにお題を出して、お前が私より優れていること。それを証明すれば、私は負けを認めよう。お前に対して吐いた言葉、それらをすべて謝罪して詫びようじゃあないか」
「詫び? それだけで済むものですか?」
「何を、言っている?」
「詫びて済むだけなんて思ってるなんて、おめでたい頭をしていますね? 1人の少女の人生をぶち壊そうとしたんですよ? 言葉だけならなんとでも言える。誠心誠意、お詫びの言葉よりもはっきりと態度で示してもらわなければ! そうですね、では賭けてもらいましょう。その教職員の立場を。あなたが負けたら、即刻クビにします。グーシィン家の力を使ってでも」
「…………お前、本当にイリス・グーシィンか?」
教師が少し怖気づいたように顔を引きつらせる。
正直、クビとかハッタリに過ぎないけど、謝罪だなんて言葉だけ。それでリスクを背負った気になられても困る。
だから物理的な掛け金を、実現可能レベルのリスクを背負ってもらったわけだ。
「それは侮蔑の言葉と受け取ってもよいので? まぁいいでしょう」
「な、ならお前はどうする。いや、そうだ。お前もクビだ。かの名門グーシィン家の子女がこの学園を追放されたなどとなれば赤っ恥だ! 伝統あるグーシィン家の名誉も一気に損なわれるだろう! それでもいいのか!?」
「はい、わかりました」
「……なに?」
どうやら相手はそこまで言えば、僕が折れると思ったのだろう。
でも残念。伝統とか名誉とか、僕は知らないからね! まだこの世界に来て1週間だからね!
……まぁ自分にとって、もとい家族に迷惑がかかるから避ける方向で頑張るけど。
「さて、では始めますか。確かお題を出して、あなたより優れていることを示せばいいんですよね」
「ま、待て。もう始めるのか。まずはどちらがお題を出すか、そこから――」
「そこはもちろん、僕が先攻ですよね。なんせお題が“僕があなたより優れる”という僕基準で考えるのだから、僕が先に出すのが自然。それに、大人の余裕を見せてほしいですね、先生?」
賭け金のことで動揺しているのだろう。
それを落ち着かせる時間を、こちらが与えるわけがない。もちろん口八丁。それっぽい理屈を通したに過ぎない。
「う、うむ……」
「ではまず。イリス・グーシィン。この人物にかけられた嫌疑。それを証明してください」
「……は?」
「皆さんが先ほど言いましたよね。カンニングした。掃除をさぼった。花壇を壊した。暴力を振るった。恐喝した。それが事実であることを、僕に、そしてここにいる皆に、それが事実で有罪にあたると証明していただきたい。そう、これは裁判ですよ。イリス・グーシィン被告の罪を検察側から立証してください」
そう、これがしたいために先手を取った。
はっきり言って情報が少なすぎる。イリスが何かをしたからこの状況に落ちいているわけだけど、それが本当なのか、あるいは誤解なのか、それらをはっきりさせたい。
正直、こういった論陣は得意ではないが、相手の説得・説破という意味合いでは軍師にとってお手の物。
周瑜公瑾を説得せずして、赤壁の戦いは成らないわけだ。
というわけで、スキル『軍師』発動。
「けん……さつ? 何を言ってるかは分からんが、つまり裁判ということか」
「そう言ったはずですが?」
「…………分かった。ならばこちらは証人を呼ぶぞ」
おっと、混乱せずに最適ともとれる行動をとって来た。
さすが名門の教師になるほどの人物ということか。けどそれも許容範囲。
「はい、それも検察の権利です。しかし今は授業中。ここにいる人だけにしてほしいですね」
「それで構わん。では聞く。この中に、イリス・グーシィンが行った所業……そうだな、さっきのカンニング、掃除のさぼり、花壇の破壊、そして暴力、恐喝。それらを実際に見た、あるいは聞いたという人は手を挙げてくれ」
教師の言葉に従って、おずおずとだが、何人かの生徒が手を挙げる。
その中で、カタリア・インジュインは微動だにしない。
そして教師は、手を挙げた7人についてどの行為を見たか聞いたかを問いただす。
するとカンニングが2人、掃除のさぼりが3人、花壇の破壊が1人、そして暴力と恐喝は合わせて1人という結果になった。
「ほら見ろ。全部に証人がいる。お前の罪は明らかだ」
「異議あり。それらすべてが本当のことを言っているかはまだ分からない」
「あたしたちが嘘をついてるっていうの!?」
証人にあげられた生徒たちが猛反発してくる。
大丈夫、それも対策可能だ。
「なら聞きます。あなたたちは、イリス・グーシィンのやったことを見た聞いた、それに間違いはありませんか?」
「当然だ!」「そうよそうよ!」
「ではさらに聞きます。あなたたちは、イリス・グーシィンのやったことを、実際に見ましたか?」
「当たり前だろ! 俺は見たぞ! お前がカンニングするのを!」「ああ、俺も見た!」
まずはカンニングか。
「そうですか、見ましたか。さて、先生。この学校、普通、テストはどこでやります?」
「それはもちろんこの教室だ」
「席替えは?」
「するわけないだろ」
「おや? そうなるとおかしいですね? 僕の席はここ、窓際の一番後ろです。それなのにカンニングを見たと言っている。君たち2人の席とは、結構離れているようですが……どうして僕がカンニングしたのが見えたんです?」
「そ、それは……」
2人して言葉に詰まる。
彼らに助け船を出したのは教師だった。
「せ、席替えをしないのは私がやるテストだけだ。それに、お前もずっとその席にいたわけではないだろう? ならばどこかのタイミングで彼らがお前のカンニングを見ても不思議じゃない!」
うん、まぁその通り。
というかそこらへんは僕に情報がなくてどうしようもない。
けどその解答になったら、もうあとは詰みだ。
「なら2人に聞きます。僕、イリス・グーシィンがカンニングをしたのは、いつ、どの教科で、どのテストで、どの時間で、どの場所で、どの教師が見張りをしていて、どうやってカンニングをしたのか。それをはっきりさせてもらいましょうか!」
「う、うぅ……」「そ、それは……」
案の定、2人は黙りこくってしまった。
どうせ適当にでっち上げた根も葉もない嘘だろう。そしてさらなる嘘で返すほどの頭の巡りもよくないようだ。
とはいえ、本当にやっていないという確証もないため、そこら辺を突っ込まれる前に話題を次に移すことにした。
「では次です」