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第3話 死神

 意識を取り戻した時、体がずり落ちる感覚から、ガタっという激しい音で一気に覚醒した。

 どうやら木製の椅子に座っていたらしい。そこからずり落ちそうになって、とっさに踏みとどまったようだ。


 そんな荒療治の覚醒により、寝起きにも関わらず意識はもうクリア。

 だがそれによって理解する、この現状。


 てっきりパソコンの前で寝落ちしたものだと思ったが、どうやらそうではないらしい。

 というかはっきりとした違和感。


「え、どこ?」


 自分の部屋じゃない。

 僕の部屋に絨毯とかないし、円テーブルとかないし、デカい食器棚とかないし、レースのカーテンつきのぶち抜きの窓なんてないし、暖炉なんてもっとない。

 この椅子だってゲーミングチェアとかとは全くかけ離れた、アンティークなやつで、高そうなんだけど要はめっちゃ硬い。

 そんなところで寝ていたから、もうからだがバキバキだ。


 と、現状を認識したところで――いや認識しただけでここがどこなのかは分からないままなのだけど。

 何でこんなところに寝ていたのか、という疑問に立ち返る。


 確か、三日三晩ぶっとおしでシミュレーションゲームをやっていて、体力の限界で寝落ちして……


「やぁ、起きたようだね」


 ふと、声が響いた。


 そこにいたのは20前後の若い男。

 髪の色は黒、だがその白い肌と高い鼻、アイスブルーの瞳から東洋じゃなく西洋系の人間だと判断がつく。


 だが違和感。

 確かにこの男。体系もすらっとしていて、西洋系の顔もあり貴公子然としているというか、なかなか……うん、イケメンだ。むかつくことに。


 だがそれは首から上だけ。

 そこから下は、なんというかそのイメージをぶち壊すような格好をしていた。


 萌えキャラがプリントされたTシャツに、下はスウェットとウサギの形をしたスリッパ。ついでにクッション――いや、抱き枕だ。萌えキャラがプリントされた抱き枕を手挟んで登場しやがった。


 貴公子っぽい顔をしながら、格好はもう完璧なオタク。

 自分でもそれなりにオタクは自認しているところではあるけど、ここまでオープンにできない。

 何よりこのクラシックな洋室との違和感がヤバい。


 そもそも、そこまで人づきあいが得意でない自分としては、初対面の人とはそれなりの距離を取ることが多いけど、こいつの場合はもうシャットアウトだ。てゆうか引いた。僕ですら引いた。


「ん? この子かい? この子はテレビアニメ『っとできた! 初めてのおつかいちゃん~兜首編~』に出てくる足軽子ちゃんだよ。いや、やっぱりこの子が一番だよね。槍で騎馬武者を叩き落して格闘の末に倒すところまではできるんだけど、首を掻く際に怖くて何度もできないって泣いちゃうのがね。もうほろりとくるよ」


「いや、知らないんで」


 てかなんてアニメだよ。

 最悪のおつかいだよ。


「なんてことだ。『っとできた! 初めてのおつかいちゃん』略して“ったちゃん”は30クールまで続いている超人気アニメなのに。よし、ちょっとブルーレイを持ってくるから一緒に見よう」


「そうじゃなくて!」


 思わず声を荒げてしまう。


 そんなわけの分からんアニメより、もっと切実な問題が僕にはあるのだ。

 ……いや、ちょっと気になるけどさ!


「ここは、どこなんだ?」


 そう、こいつがひょっこり現れたのも、あからさまに部屋着なのも、ブルーレイを持って来られるのも。

 すべてこいつの家だということだ。


 つまりこいつが僕をここに連れてきた。

 そしてようやく思い出した。

 こいつ、あのモニターに出てきた変な手の男じゃないのか?

 あの気味の悪い腕とは違うように思えるけど、そうだとしたらここはテレビの中? は、馬鹿らしい。


「ボクの家だよ」


「それはなんとなく察しがついたよ。それで? 僕自身の家は? なんで僕はここにいる?」


「あー、そういう。ふんふん。そうだね。じゃあちょっと順を追って説明しよう」


 そう言いながら、男は僕の対面にある椅子をガタっと引いてドカリと座った。


「説明はいいから。早く家に帰してくれ」


「へぇ、帰りを待つ人もいない、友達も彼女も仕事も何もかもないない尽くしの家に帰りたいって?」


 なんでそんな実情を知ってるんだ。

 けどそう言われたからといって、返す言葉は1つしかない。


「余計なお世話だよ。いいからさっさと帰らせてくれ」


 誰に何と言われようとあそこは僕の家だ。

 帰る場所はあそこしかない。


 だが、その希望は――


「えっとね、無理」


 男のあっけらかんとした口調、簡潔な単語で粉々に砕かれた。


「はぁ!?」


「いや、ほんとはね。こんなことはしたくないのよ? 君にはやりたいことも色々あるだろうし、予定だって詰まってる。それなのにこうして無理やりここに来てもらったのは、まぁ、そうだね。ボクの温情だと思ってほしい」


「問答無用で連れてきて拉致監禁するどこに温情があるって? やってること、犯罪だろう?」


 それなりに問い詰めるつもりで言ったその言葉だが、男はそれに対し、予想の斜め上の反応を返してきた。


 笑ったのだ。


「あっははははは! これはおかしいや! 拉致、監禁! なるほど、犯罪だろうね。それはまったく」


「当然だろ! 悪いけどうちに金はないぞ。身代金なんて無理だから、さっさと帰してくれ」


「いやいや、身代金だなんて。そんな……ふふっ、そんなものは不要だよ」


 だよな。

 こんな豪邸に住んでいるんだ。身代金目当ての誘拐なんてする必要がない。


「うん、まぁ。そうだね。君がこれを誘拐だとか拉致監禁と思うのも仕方ない。そういう現象に酷似しているのは間違いないからね。けどそれは主体的な視点がどこにあるかということでまったく見え方が違って来る。それに不随する事実を知っているか知らないかによってもはるかに大きく変わる。ボクの言っている意味、分かるかい?」


 全然わからない。

 いや、なんとなくは分かった。


「つまり立場が違えば、起きた事象は違うと?」


「EXACTLY(その通りだよ)! そう、そしてそれが君がここにいる理由。いや、いなくてはならない理由」


 そんなこと言われても分からない。情報が少なすぎる。

 ここがどこなのか、こいつが誰なのか、そもそもこいつの名前すら僕は知らない。


「もったいぶるなよな。どうせ大したことない理由だろ。僕なんてさらうなんてさ」


「分かった分かった。じゃあ教えてあげよう」


 男はそう言うと、椅子から立ち上がり一歩左に、僕から全身が見えるような位置取りをすると、そこで深々と礼をした。


「初めまして、死神のモルス・グリムリーパーと申す者。残念ながらてめぇは死にました。病気とか老衰ではなく――事故死です」

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