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第88話 トーギョの真の正体

 編成を終え、各門に将と兵の配置を行った。


 北門が将に土方歳三。兵数は正規軍2千の義勇兵2千の合計4千。

 東門が将に僕とカタリア。兵数は正規軍1千の義勇兵3千の合計4千。

 南門が将にジャンヌ・ダルク。兵数は正規軍1千の義勇兵3千の合計4千。

 西門が将に岳飛。兵数は正規軍8千。


 そして中央の本陣に皇帝と正規軍2千が予備に入る。


 西門が正規軍で固められているのは、そこが一番の激戦になるだろうからだ。

 他の門――特に東と南はそれぞれツァンとデュエン国から援軍が来た場合に退路を断たれやすい。逆に北は僕らが来た港があるように、こちらの援軍が来ることはない。


 だから兵力を集中させるなら、補給もしやすい西門が第一。次いで北門で、東と南は逃亡阻止のための抑えがあるだけだという、相手の立場に立って岳飛と土方さんが決めた配分だ。


 ただ僕の受け持ちである東門に、敵の主力が来る可能性は低い。

 とはいっても、相手は春秋戦国時代の英雄・白起だ。一方に攻撃を集中させて、いきなり別の方向に攻撃を変える偽撃転殺ぎげきてんさつの計くらい軽く使って来そうだ。


 だから油断はできないわけで、各門では部隊の運用についての確認に余念がない。

 この帝都という特殊な城壁の関係上、籠城戦はあまり意味がない。なぜなら反撃できる場所が限られているからだ。高すぎる城壁は反撃能力を失う。途中に弓兵が弓を射れる場所があればいいんだけどそんなものもない。

 だから城門を盾にしながら出たり入ったりの野戦を挑むしか、敵を追い払う方法はないわけなんだけど……。


「そこ! 隊列がずれてますわよ! あ、違います! 右です、右!」


 失敗したかも。


 カタリアが部隊をまとめようと必死になってるけど、なんか全然上手くいかない。

 それも当然。4千のうち正規軍が1千で他は素人。正規軍に合わせれば素人はついてこれないし、素人に合わせれば正規軍の動きが死ぬ。

 かといってそれぞれ別に運用しようとしても、正規軍1千では心もとない。


 これなら全員素人でまとめてもらった方がいいかも、と思ったけどそれは岳飛が、


『部隊の中核になる精強な兵は必要だ。その動きを見て、義勇軍が動くようになる』


 といって、正規軍を割り振ることに注力したのだ。

 さすがは義勇兵を率いて戦い続けた救国の英雄。説得力が違う。


 けどこれならもうちょっと正規軍が欲しかったかなぁ。けど正規軍はなるだけ西と北に集中させたい。抑えの敵が来るだろうと予想される東と南の方には、それほど正規軍を多く配置できないのだ。

 僕らと同じ状況の南門のジャンヌ・ダルクも同様のことに困っているのだろうな、と思ったけど、よく考えたらあっちも混成部隊には慣れているだろうし、僕らなんかと戦歴も違う。


「イリス、これ無理よ。あと2時間もない状態で言うことを聞かせるなんて、わたくしですら無理ですわ」


 カタリアが音を上げたらしい。肩を怒らせながらこっちにやってきた。


 今やってるのは、簡単な指揮の確認。ラッパの音で、右向いたり左向いたり、前に出たりするという、初歩中の初歩の動きだ。

 正規軍の兵たちは、何度かの練習ですぐに順応したけど、素人兵はあっち向いたりこっち向いたり。まぁこんな皆で一斉に動くなんてしたことないだろうから、分からないでもないけど。


 時間が足りない。

 せめて1日、いや半日あればそれなりの動きができるだろうのに。


「どうしますの。これならいない方がマシですわ」


「うぅん。でもなぁ」


「なら完全に部隊を分けましょう。わたくしが正規軍1千を率いるので、あなたが素人兵を率いなさい」


「あ、ずるい! 僕だってそっちの方がいい!」


「ずるくありません! 高貴な者はちゃんとした者を支持する責務があるのです!」


「何の責務だよ! ただの責任逃れだろ!」


 と、横並びでいつもの口論が始まろうとした時。


「うん、これはよくないなー。うん」


 間に入った声。

 同時、肩に腕が回った。誰かが僕とカタリアの間に入って、両腕で抱きかかえるように手を回したのだ。ゾクッとした。その手が肩をポンポンと叩きながらも、肩から胸元にかけてさわさわといやらしい触り方をしている。


「この変態野郎!」「ハレンチ!!」


 即座に僕とカタリア、両方の反撃が相手のボディに入る。


「ぐほっ! や、やるな……さすがは僕が認めた2人だ」


「あら、あなた……」


 カタリアが見て驚きの声をあげる。僕らの一撃をくらってしりもちをついたセクハラ相手は――


「トーギョ!?」


「やぁ、元気だったかな?」


 へらへらと笑いながらも腹部を払いながら立ち上がるのは、ツァン国大将軍のトーギョだ。

 なぜか黒塗りのサングラスをかけて、芸能人を気取ってる感じが腹立つ。


「おかしいな、みぞおちに3日くらい吐き気が止まらないくらいの一撃は入れたはずなのに……」


「イリス、甘いですわね。わたくしは血反吐を吐いてのたうち回って死ぬくらいの一撃ですわ」


「君らは怖いな!?」


「このイリスはともかく、わたくしの麗しき柔肌に触ろうなど、1千万年早いですわ!」


 なんで僕はともかくなんだよ。というツッコミは置いておきつつ。


「何しに来たんです? こないだはさっさと逃げ出したくせに」


 こないだ、というか昨日――いや、日付的にはもう一昨日か。

 アイリーンのお父さんたちが出陣するのを見守った時に、アイリーンに取り入っていたトーギョ。それがいきなり逃げるようにしていなくなったから、もしかしたら帝都からも逃げ出したのかと思ったけど。


「はは、手厳しい。ま、街道はすべて抑えられてたからね。帝都から逃げ出すことはできなかったわけなんだけど」


「はっ、そうですわ! あなた、ツァン国の大将軍なんでしょう? こんなちゃらんぽらんでも。なら今すぐツァン国から援軍を呼びなさい。それくらいできるのでしょう!?」


 あ、そうだ。こいつはこれでもツァン国の大将軍。それがここに囚われてると知らせれば、救助のために軍を動かすんじゃないか? 直線距離で5日ほどか。なら1週間守り抜ければ、援軍が来るはず!


「おいおい、言っただろう? 街道はすべて抑えられてるんだよ。今から援軍要請を出そうにも、即座に捕まって処刑だよ」


「あ…………ちっ、使えませんわね」


「君、僕が偉いの知っててわざとやってるね? てかちゃらんぽらんなの? 僕? そんな評価なの?」


 くそ、カタリアにしては良い案だと思ったけどダメか。小太郎ならあるいはと思ったけど、そんな危険な目に遭わせるのも気後れする。何より敵の動きを探ってもらうのに、小太郎は傍にいてもらいたい。


「はぁ、せっかく僕がイカしたものを持ってきたというのに。こんな良くない部隊にぴったりのもの」


 あ、なんかすね始めた。めんどくさいぞ、この人。しょうがない。


「良くないってのは何ですか、トーギョ大将軍様」


「そういきなりかしこまられても困るけど……いっか。時間がないんだろう? そしてこの混成部隊の扱いに困っていると」


「けど、大将軍様なのでしょう? このような混成部隊に役立つものなんて……」


「野垂れ死に寸前のところ、あの宰相さんに拾われただけさ。それに、昔にも似たようなことをやったことあるし」


「昔?」


 その言葉が僕の琴線に触れた。


「ま、昔は昔。今は今。というわけで時間がないんだろう、だから僕が持ってきてあげたよ。新型銃、2千丁をね」


「あっ!!」


 トーギョが指を鳴らすと、彼の背後から十数人の男たちが荷車を引いてきた。


「本当はツァン国のために買いに来たわけなんだけど、帝都を落とされたらこれらも奪われるだろう? なら君たちに渡して貸しを作った方が得策だと判断したのさ」


「動機は最低だけど、感謝します! これなら……」


 あまりに切羽詰まりすぎて、装備を整えるという方向に頭がいかなかった。イース国でほとんどないから諦めていたけど、よくよく考えればここ帝都は世界の中心。鉄砲という存在がある以上、ないわけがない。


「そう、もはや武士の時代は終わりを告げ、結局は火力こそ正義という時代なんだ。鉄砲なら元が農民でも敵を殺せる。まずは素人部隊に鉄砲を持たせて一斉射撃。そこで正規軍を一気に投入。これぞ正と奇。正規軍などなくても、奇兵隊こそが至強! 長州男児の肝っ玉を見せてやるがいいさ!」


「え?」


「ん?」


「今、なんて言いました?」


「僕、何か言ったかい?」


 言ったかいって……あれ、聞き間違いか。いや、言ったよな。言った。とんでもないことを。言ったぞ。


「もしかして、トーギョって――」


 一度は否定したイレギュラーという候補。

 だって、あまりにも女ったらしで適当で遊び人過ぎた。そんな英傑がいるはずないと。


 でもさっきの言葉。昔にも似たようなことをやったことある。そして奇兵隊、長州男児。


 まさか。ありえない。いや、でも、それ以外ないよな。


高杉晋作たかすぎしんさく?」

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