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第85話 騒乱の都

 日付が変わろうとしている。

 降伏勧告の時間まで残りわずか。あるいはすぐにでも総攻撃が開始されるような段階において、城内の民意は――


「おい! どうするつもりなんだ! もう夜明けだぞ!」「くそ! 貴族ども、何を閉じこもってやがる出てこい!」「おい、まさかもう逃げ出したわけじゃないよな!?」


 なんらまとまっていなかった。

 というか暴動寸前だった。


 昨日。ジャンヌ・ダルクや岳飛と目的を共有した僕らは同志を募りながら帝都内の鎮撫に当たった。けどそれを凌駕する勢いで、騒ぎ出す連中が急増し、岳飛率いる正規軍とにらみ合いの事態にまで発展してしまった。

 そこで本格的なぶつかりあいにならなかったのは、岳飛がしっかり抑えたからでもあるけど、騒ぎの中には帝国軍正規兵のものも多数混じっていたから、下手に交戦となるとそれこそ死者が多く出てしまう可能性があったからだ。


 時間もないというこの時期に、そんなことしていられないのだけど、僕らは僕らでまた別の問題も出てきている。


「そう言えばイリスっち。ラスっち戻ってこないね。どうしたのかな」


「今も陛下の傍にいられるんでしょう。なんでか知らないですけど気に入られたみたいで良かったじゃないですか」


 皇帝と共に皇帝区画インペリアルエリアに下がったラスが心配だ。

 もしこの暴動が拡大して、万が一にでも皇帝区画インペリアルエリアまで波及することになれば中にいるラスは袋の鼠ということになる。

 そうなった時にどうやってラスを助けだすか。そういう大きな問題も出てきているのだ。


 ふと見れば、カタリアは難しそうな顔をして爪を噛んでいる。


「あの子……」


「カタリア、ラスが心配なのか?」


「なっ!? なんでわたくしがあんな子の心配など!」


「いや、そうなのかなって」


「まったく、根も葉もないうわさを立てないでくださる!?」


 素直じゃないやつだなぁ、とユーンとサンにアイコンタクト。

 さらに、


「あ、そういえばまだ皇帝陛下にはお妃がいなかったよな」


「えー、ラスちゃんが皇后さまに!?」


「はは、まさか」


 ガンッ!


 なんか音がした。

 そう思って振り向いてみれば、カタリアが自分の頭を家の壁にぶつける音だった。しかも1回じゃなく、何度もで、


「ありえない。わたくしを差し置いて、この国の支配者になるっていうの……あの子が……あの子が……!? ありえない……ありえないぃぃぃ!!」


「ちょっと待った、カタリア! それ以上は色々危ない!」


 僕らで必死にカタリアの自傷行為を止める騒ぎになっていた。


 なんというか分かりやすいやつ。


 そして単純なやつ。

 今、その帝国が足元から崩れ落ちそうになっているというのに。


 とにかく無事でいてくれればいいけど……。


「くそ、ダメだ。あいつら、俺の言葉なんか聞きやしない!」


「神の言葉を聞かぬなど……あの者たちは最後の審判にて火の池(ゲヘナ)に堕とされることでしょう。マジ許されないことです」


 危険だからと隔離された僕たちの元へ、土方さんと琴さん、ジャンヌ・ダルクが戻って来た。

 暴動寸前の民衆に共に戦うことを説いたようだけど、その効果はなかったようだ。


「どうする、このままじゃ夜が明けちまう。こんな状況じゃあ戦えねぇぞ」


 土方さんが心配するように、まず岳飛が暴動の対処で兵と共に釘付けにされている。さらにジャンヌ・ダルクに感化された連中も、その抑えに回ってしまっている状態。

 つまり兵力がまったくないのだから、徹底抗戦だとかなんとか言ってられる状態ではなくなってしまっている。


 とはいえ土方さんとジャンヌ・ダルクがダメならもう打つ手はない。

 僕らは他国者、言ってしまえば余所者でしかない。そんな僕らが帝国を守るために一致団結して戦いましょう! なんて説いても軽くあしらわれて終わりだ。いや、この熱量だと、それを起爆剤にして暴動が発生する可能性だってある。


 完全に手詰まり。

 完全に終着点。

 完全にEOFエンドオブファイル


 この状況まで来てしまった時点で僕らの敗けが確定した。


 こんな状況を解決できる人間など、この世界にはいないのだ。


 ――そう、絶望に頭が支配されようとした時だ。


 ゴーンゴーン……。


 帝都じゅうに鳴り響く鐘の音。


 それに合わせたように、門の警備が慌ただしく動き始めた。なんだ、何が起こった?


 もちろんそれは他の門のところにも伝わっているらしく、何事が起ったのかと別の騒ぎが起きていた。


 しばらくして僕らのいた南門が開く。そこには大きな舞台装置のような高台が設置されていた。

 その上に姿を現した人物を見て、僕は思わず目を剥いた。


「ラス?」


 イース国のソフォス学園の制服を着たラスが立ち、その反対側にはアイリーンが憔悴しきった様子を隠そうともせずに立つ。その間に、小さな少年の姿が寄り添うようにして高台の上に立つ。

 その光景に騒然としていた群衆がピタリと止まった。その少年の持つどこか近寄りがたい、そして高貴な印象に打たれたかのように。


「あれは……まさか!?」「こ、皇帝陛下!?」


 誰か顔を知っている人物がいたのだろう。その声は波紋となって周囲に響き、これまで皇帝批判をしていた連中も、我先にと跪いて頭を下げる。


 どれだけ批判的な反発心を抱いても、数百年も頂点に君臨し続けた存在は、特に帝都に住む人民の心を捉えて離さないようだ。

 ただ僅か10歳の子供が、この騒ぎを、さらには外にいるゼドラ軍に何かできるのか。


 事と次第によっては、皇帝を狙って誰かが暴動を起こす可能性がある。その時は傍にいるラスも無事では済まないだろう。

 その時のことを考えて、僕は静かに動けるよう準備はしておく。


「余は第99代皇帝ユーキョ・アカーシャである」


 静かに、だがはっきりとした声で少年は話し始めた。

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