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第82話 崩れゆく帝国

 勝負は一撃で決まった。


 帝国軍の間違いは、まず敵の攻撃を受けようとしたことだろう。

 相手は遠征軍。それに若干とはいえ兵数は帝国軍の方が上だ。だからその判断に間違いがあったとは言えない。


 だが相手を知るべきだった。

 相手があの一騎当千の闘将・項羽と呂布、そして生きる伝説である源為朝だと知れば、決してそのような策は取らなかっただろう。


 とはいえ、僕が指揮を取るとしても、あの3人を相手にどうすればいいんだって話だったんだけど。


 遠目だけど上から見ればよく分かる。

 数千規模の部隊で、数倍にもなる敵に真正面から突っ込み、絹を引き裂くようにして一直線に敵本陣を打ち砕く。そんなことができると、誰が思っただろうか。


「え……お父様?」


 アイリーンが信じられない物でも見るような表情で、ぽつりとそうつぶやく。


 彼女は見たのだろう。一直線に貫かれたその心臓部分こそ、彼女の父が大将を務める本陣だったことに。そしてそれが見るまでもない、無様な潰走につながったということの意味を。


 誰もが無言で帝国軍の敗走、そして行われる落ち武者狩りに目を奪われる中、約2名ほどは違うものを見ていた。


「あの部隊……やるな」


 土方さんと僕だ。

 僕らが見ていたのは、帝国軍の右翼。全軍が潰走する中、5千ほどが踏みとどまって敵の追撃を受け止めている。もちろん犠牲は出ているだろうが、味方の壊滅に心を惑わされることなく、敵の追撃を受け止め、一時的に撃退し、それをもって粛々と距離を取って撤退しようとしている。


 一度、中央の部隊を破壊しつくした1千ほど(おそらく項羽か呂布のどちらかだろう)がそちらに向かったが、しっかりと受け止めた後に、集まってこようとする帝国兵を利用して退路を絶つという方策で撃退してもいる。


「あの将、ただもんじゃねぇ。あれが3人目だ」


「あ、やっぱり僕は入るのね」


「ごたごた言ってんじゃねぇ。この状況分かんだろ。これだけの大敗だ。この後のことをしっかり考えねぇと……この国は滅ぶ」


 土方さんとしては当然の戦略分析だったのだろう。けど今はタイミグが悪かった。


「ま、敗けた……吾輩の帝国軍が、無敵の帝国軍が敗けた……! 吾輩の帝国が……滅ぶ!?」


 皇帝がわなわなと手を、いや全身を震わせながらも呆然としてつぶやく。

 その瞳に水が沸き上がり、そして決壊点を越えると、大音声で泣き始めた。


「う、うわぁぁぁぁぁん! 嫌だ! 嫌だよぉぉ! 助けてよ、ママぁ! マルク、助けてよぉぉ!」


 いつもは威張り散らしていた彼もたかが10歳の少年だ。ラスの話では、かなり宮殿での権謀術数が張り巡らされているらしく、味方も少ないとのこと。

 それを層と見せないため権威の衣を着なくては自我を保てなかったのだとすると。この子もかなり哀れでもある。こうして泣きじゃくる姿を見れば、年相応の気の弱い少年でしかない。

 ちなみにマルクというのは確かアイリーンの父だ。けど、彼はおそらくもう……。


「ちっ、どうも子供は苦手だ。総司がいりゃあな。おい、イリス。なんとかできないか」


「いや、僕も……」


 誰もが10歳の少年を慰める術――というより皇帝陛下に対し何かしてよいのかというこの世界の常識の壁が立ちふさがり、手をつかねている中。

 1人動いたのは、ラスだった。


「陛下。大丈夫です。マルクさんはちゃんと戻ってきます。それに、ここにいる皆が守ってくれますから、どうぞお心安らかに」


「うぅ……ラス。本当だな? 本当に吾輩を見捨てないでくれるのだな」


「ええ、もちろん」


 それはまるで聖母の抱擁とでも言うべきか。一枚の絵画のように美しい光景だった。


 けど、それはラスの変化の序章に過ぎない。


「イリスちゃん、カタリアちゃん。私は陛下を守って宮殿へ向かいます。アイリーンちゃんたちも、どうかお供を」


 そしてこちらに振り向いたラスは、意志の強さをはっきりと外に出した、いつものラスらしかぬ姿で、僕はともかくカタリアも気おされたようだ。


「最悪の場合、陛下を外に脱出させることも……陛下。宮殿に外へ出る秘密の通路などありませんか?」


「あ、うん。宮殿の地下に、外に出る水路が……」


「そうですわ! あのツァン国の大将軍がいたでしょう! あの者に陛下をツァン国に亡命させれば――」


「カタリア、それは駄目だ!」


 思わず叫んでいた。

 なんでそう思ったかは分からない。けど、ラスとカタリアが言ったその言葉に、僕の体の何かが反応した。


「そうそう、それはやめといた方がいいっすねぇ」


 と、そんな僕を後押しするように声が響いた。この声は――


「小太郎」


「はいどうも、あなたの風魔小太郎ですっと」


 飄々とした様子で階段をのぼって来た小太郎が姿を現す。入り口は衛兵が通行止めにしてたけど、どうやって入って来たんだ。


「あなた、どういうこと? やめておいた方がいいとは?」


「それはね、美しいお嬢さん。すでにこの帝都は包囲されちまってるんですよ」


「見てきたのか、小太郎……?」


「ええ、いりす殿。あいつらが来ると同時、嫌な予感がしたんで周囲を見回ったんですが、北と南、東の街道にはしっかり封鎖してしまってます」


「なんて、こと……」


 カタリアが絶句する。

 そうだ。相手が白起なら、包囲を先延ばしにするなんて悠長な策は取らないと思っていた。あの決戦で敗北した時点ですでに詰み。そんな状況で陥っていると、思考するより先に直感が働いたわけだが。


 それに、もう1つダメだと思った点がある。


「皇帝陛下はこの国の中心だ。精神的支柱だ。ここから逃げ出せば、この帝都は1日も持たない」


「うっ……」


「万が一、皇帝陛下が脱出したとはいえ、歩いて隣国まで歩いていけるもんですかね。すぐに捕まって、帝都の開城交渉に使われるのがオチっすよ」


 そう小太郎が締めくくる。


 それに対し僕は何も言わなかったけど、おそらく相手は泣く子も黙る白起だ。旧王朝のしゅうを滅ぼしたしんに属する人間だ。そんな人間が、この異なる世界の統一帝国の皇帝の首に価値を見出せるかは疑問だ。

 最悪の場合、捕らえた皇帝を人質に門を開かせたうえで、皇帝ともども中の住民を殺戮するくらいのことは予測される。もちろん僕の勝手な白起像だし、言えば恐慌をきたす+なんでお前が敵を知ってるんだ、と色々面倒になるから言わないけど。


「僕だって皇帝にここに籠って戦えって言ってるわけじゃない。けど何も考えずに行動すれば、きっと後悔する。だから今は、守りを固めつつ相手の出方をうかがうしかないよ」


「分かりました、イリスちゃん。皇帝陛下もそれでいいですね」


「う、うん……任せる。お主ら、にすべて任せる」


 それきり皇帝は何もしゃべらず、護衛と共にラスによって地上へと降りていった。それにまだ現実感がないような足取りでアイリーンたちが続く。


 残されたのは僕らイース国組の面々と土方さんだ。


「さて、どうする?」


 僕はつとめて明るく言う。

 カーター先生は、まさかの出来事に狼狽しているし、ユーンとサンはカタリアの顔色をうかがうのみ。琴さんはでんと構えて動かないし、土方さんはもうすでにやることを決めているようで、外のゼドラ軍の様子を見ている。

 というわけでまず口火を切ったのはカタリアだ。


「決まっていますわ。皇帝陛下をお守りする。それこそが帝国民である、イース国民である者の務めでしょう」


 模範解答だね。けど、あれだけ皇帝を嫌っていたのによくもまぁって感じだ。


「けどカタリア様。この状況、どうしようもないのでは? 帝国軍3万はほぼ壊滅。そんなところで私たちが何かしても……」


「そうだぜお嬢。ユーンが1人1人弓で始末するなんてしてられるか」


「ユーン、サン。そこはわたくしが考えることじゃあありませんわ。わたくしの優秀な軍師がいるじゃないですの」


「おーい、その使い走りみたいな言い方するのやめてくれないかな?」


「あら、いたんですの? 気づきませんでしたわ。じゃあそういうわけでさっさと策を考えてもらえる?」


 そう言いながらも、カタリアの体が、足が少し震えている。

 あの圧倒的な力の差を見せつけられて、しかも絶体絶命の状況に置かれてなお強がれるのは、立派な才能だ。


「でもよぉ、お嬢。あたしたちが何かしようにも、ここは異国だぜ?」


「あら、先ほど皇帝陛下に信任をいただいたじゃありませんか。お主らにすべて任せると。つまり! わたくしが帝国の頂点に立ったということですわ! おーっほっほ!」


 あ、いや。やっぱりいつも通りだ。

 けど、確かにその通り。先ほどの言葉。あれを言質にして、好き勝手できると言い張れなくもない。


「はぁ、本来ならお前らを止めてさっさと逃げるのが俺の役目なんだが……」


 とカーター先生が諦めたような口調で言う。


「お前らの負けず嫌いは筋金入りだからなぁ。これまで見てきて理解したよ。こうなったら俺も腹をくくる。だが本当に危ないとなったら、何と言われようとお前らの命を最優先するからな」


「先生……」


 おお、なんかちょっと格好いいこと言い始めたぞ。


「法神の力はすべてこの時のために。安心しろ、いりす。君もすべて、ボクの暗黒魔境活殺剣で守ってみせる」


「本当に、いりす殿についてくと退屈しないっすよ」


「琴さん、小太郎……」


 あとはここにいないラスだけど、彼女はもう皇帝陛下の傍を離れないだろう。

 こうして僕らイース国の面々の闘志は統一を見せた。


 そんな時だ。


 ドォォン!!


 破砕音が響く。


 何が? 爆発?


 誰もが身をすくめる中、からからとした笑い声が城壁に響く。


「はっは、さすがは鎮西八郎だ。粋なことすんじゃねぇか」


 見れば土方さんが立っていた場所。城壁のふちにあるでっぱりが土煙を上げている。そこにはまるで何かオブジェのように、細い線のような物体がでっぱりを貫き、土方さんへと伸びている。

 それは矢のようなもので、


「土方殿!」


「安心しろ、琴。刺さっちゃいねぇよ」


 すっと土方さんが体を動かすと、なるほど矢じりが寸前まで来ているが土方さんの体を貫いてはいない。いや、安心しろって……あわや串刺しにされるところだったのに、この人の精神は化け物か。

 え、いや待て。それってどこから撃たれた? 矢が土方さんに向けられてってことと、角度からして斜め下。下っていってもここは20メートルの高さを持つ断崖絶壁。その上でこの柔らかいとは言えないブロックを突き刺すなんて……。


「嬉しいねぇ。この世界にも、こんな馬鹿がいるとは。おい、イリス。喜べよ。西の英雄からの恋文だ」


 土方さんは、突き刺さった矢。その向こう側の矢羽のところに巻き付けてある紙を取ると、こちらに向けて陽気に笑った。

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