第79話 死闘の後で
「あ、帰って来たよ、イリスっち!」
帝都の城門前でサンが叫ぶ。その横にはカタリアとユーン、カーター先生にムサシ生徒会長、そして先に部隊を逃がしていた琴さんが待っていてくれた。
「良かったですね、カタリア様」
「わたくしは別に。本当に死なない遺伝子でも持ってるんじゃなくて?」
「まーまー、カタリアくん。ここは1つ素直に喜ぼうじゃないか」
なんて感じで迎えてくれたけど、僕の心はまったく晴れない。
「琴、新選組は?」
「もう屯所に戻らせた。怪我の手当てをしているが、彼らはもう無理かもな。彼らの受けた傷は精神の傷。いくら法神の極みに達しようと、人の心の傷はそう簡単には癒せない」
「……そうか」
どうやらこちらも深刻なダメージを負っているようだ。
いや、それ以上にこの状況は最悪極まっている。
「先生、ラスは?」
「ああ。ラス・ハロールは皇帝陛下につきっきりだ。陛下はお心を乱されたようで、ラス以外に心を開かんらしい」
それはそれで皇帝に上手く取り入ったと見て喜ぶべきだが……なんとなくラスを取られたようで寂しい気もする。
「とにかくラスに伝えなくちゃ。今すぐ帝都の守りを固めて。それから諸外国に無駄だとは思うけど救援の使者を!」
「ちょ、ちょっと待ってくれイリス・グーシィン。一体何が起きたんだ? 結局あれは敵でいいのか!?」
敵。そう、敵に間違いない。
けどこれ以上ないくらいに最強最悪の敵。それは呂布――だけの問題ではない。
あの時、知った衝撃はおそらく当分消えないだろうものだった。
「そうか。ならば死ね」
呂布が方天画戟を構えてこちらに来る。対する土方さんは刀を引き抜き、応戦しようとする。
けどダメだ。いくら土方歳三とはいえ、呂布に敵うわけがない。いくら土方歳三が強いとはいえ、それは対人間の話。しかも一騎討ちで勝つような闘将ではなく、軍を率いる将軍タイプ。強さのベクトルが違う。
だから土方さんは負ける。いや、というより呂布に勝てるやつがいるのか。
土方さんが死ぬ。その未来が決定的にならなかったのは――
「ぬっ!!」
呂布が赤兎馬を引いた。
その刹那。呂布と土方さんの間に雷が走った。いや、そう見えただけでそれは矢だったのかもしれない。
「なんのつもりだ、為朝っ!!」
呂布が矢の飛んできた方向を睨みつけ、叫ぶ。
その視線の先。馬に乗った男が2人。そのどちらも巨体だ。
そして右側の弓を持った男が、
「呂将軍ー、それ以上遊んでると怒られますよー」
男、いやこの声。少年か。それほど隣の男とそん色ない体躯の持ち主。
待て。さっき呂布はなんて言った? 為朝? 源為朝? あの源平時代に武技最強と呼ばれた、あの鎮西八郎?
「そういうわけだ。これ以上、遊んで白起を待たせるな。お前だけ怒られるのはいいが、俺たちも怒られてはかなわん」
左側の男も為朝に同調する。いや待て待て。こっちも待て。白起? 白起? あの白起!?
「項羽……」
呂布が忌々しそうに男の名前を呼ぶ。
もう何がなんだか分からなかった。頭が飽和していた。
呂布だけでもお腹いっぱいなのに、源為朝、白起、さらに項羽とまできたもんだ。
なにこれ。なにこの布陣。最強脳筋軍団で、そのトップにあの冷酷無情の白起がいるとか。最凶最悪の布陣だ。これ、普通に天下取れるぞ。
「てかその2人。すごいね! あの呂将軍を前に、あれだけ生きてられるなんて! ね、ね、俺がやってもいい?」
「ダメだ、為朝。すでに包囲は成った。戻らないと大将軍にどやされるぞ」
「もう、鎮西八郎ですって! ちぇー。まー、確かにあの大将軍にねちねち言われるのはどうもね。ねー、そこの。もしかして帝都にいる人? だったらまた今度、殺し合おうねー!」
無邪気な子供が遊びの約束をするように、さらっと恐ろしいことを言ってのける為朝。
ただそれで呂布が収まるのか。そう思ったが、
「貴様ら、名は」
全身を怒気と闘志で滾らせながらも、こちらを攻撃する意志はなくなったようだ。
助かったと気を緩めながらも、それでも緊張は変わらず。
「新選組副長、土方歳三」
「イースの、イリス……だ」
「ふっ、また会おう。土方。いりす」
呂布は赤兎馬を操ると、あっという間に項羽たちの元へと、そしてそのまま3人は西の方へと駆け去ってしまった。
「ふー……見逃してくれたのか」
土方さんが大きく息を吐く。あの土方さんでさえも、対峙しただけでここまで消耗させるなんて。
「あのデカい2人は知らねーが、為朝ってあれか? 椿説弓張月の? 義経の叔父の?」
さすがに土方さんは為朝の名は知ってるようだ。チンセツなんとかってのは僕は知らないけど。
「くっそ、意味が分からねぇ。けど助かったのも事実。いや、助かっちゃいねぇか。これからアレを相手取らないといけないわけだからな。どうする。どう防ぐ」
さすが土方さん。すぐに頭を切り替えて今後の対策を考えている。
けど、さすがにこれはどうするべきか、軍師の僕ですら答えは出ない。呂布、項羽、為朝、白起。その武闘派最強オールスターに対し、威厳しか残っていない帝国に勝ち目はあるのか。
あるいはあのアイリーン・パパが率いる軍にしか希望は残っていないが……。
それから僕らはこのことをすぐに伝えるために、先ほど倒した敵の馬を頂いて帝都に戻って来たわけだ。その最中に、僕は土方さんにイレギュラーのことについて簡単に語った。呂布と項羽についても。
「なるほど、アレが三国志の。読んだことねーけど、サンナンさんなら知ってただろうな」
土方さんが少し悲しそうな目で遠くを見る。
サンナンさん。山南敬助。土方さんの同胞でありながら、すれ違いにより切腹を余儀なくされた新選組副長だ。荒くれ者たちが多かった新選組の中で数少ない知恵者であったようで、それが尊王攘夷へと結びつき永遠の別れとなったとも言える。
ぜひとも彼のことも聞いてみたかったけど、その時の土方さんには聞きづらく、そのまま帝都までほぼ無言だった。
そんなわけで現在。
「そんなことが……」
カーター先生が絶句、というか僕の無茶に卒倒しそうな勢いだったが、すぐに気を取り直し、
「よし、こうなったらラス・ハロールを伝って皇帝陛下に、いや、それ以前に僕らは皇帝区画には入れないぞ……」
「あの女を頼りましょう」
「カタリア」
「あの女。気にくいませんが、手段を選んでいる時期ではないのでしょう? なら使える者は親の仇でも使わなければ。さぁいきますよ。あの大将軍を父に持つ、アイリーン・マクベスのところへ!」




