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挿話16 白起(ゼドラ国大将軍)

 勝つこと。それが課せられた人生のすべてだった。

 敗北とはすなわち死。ゆえに鍛えに鍛え、磨きに磨き上げた。


 武技を鍛えた。そうすれば戦場で一対一で後れを取らないからだ。

 兵法を鍛えた。そうすれば10万を指揮して負けないからだ。

 策謀を鍛えた。そうすれば犠牲を少なく敵をせん滅できるからだ。


 連携は磨かなかった。他の将がいたところで足手まといになるだけだからだ。

 政治は磨かなかった。軍人にはかかわりのないことだからだ。

 精神は磨かなかった。殺すことにただ邪魔だと感じたからだ。


 その結果、順当に出世し、王の目に留まり一方面軍を指揮できるようになったのは当然だろう。


 そして迎えた趙国との決戦。

 敵将の廉頗れんぱはそれなりの強者だった。だが鍛えに鍛え、磨き上げた我が軍ならば勝てる。そう思った矢先に廉頗が解任された。どうやら宰相が悪知恵を働かせたらしい。

 そしてその後任が趙括ちょうかつという将だった。


 それからあとは楽だった。趙括は廉頗とは比べ物にならないほどに愚かで、武技も兵法も策謀も何もないただの子供だった。


 だから殺した。

 趙括とその主力を誘引して殺した。


 いや、結果として殺しただけで、本来はどれほどの将器を持つのか調べようとしたところ、勝手に死んだと言っていい。どちらでもいいことだが。


 その結果、趙軍は投降した。およそ20万もの兵の降参。


 その時の私の心は一体何を感じていたのだろう。

 大勝にうつつを抜かす幕僚の愚かさか。

 講和により助かると安堵した敗兵の傲慢さか。


 あるいは――これしきのことで勝ててしまった己の戦への飽きと絶望か。


 自分は何のために武技を、兵法を、策謀を鍛えたのか。磨きに磨きをかけたのか。少なくともこんなつまらないことに使うためではない。もっと大きな、何か別の意義があるのでは。

 でなければ何故自分は、一体何のためにこの世に生を受け、このような人を殺すことを仕事とする軍人などになったのか。まったく分からないではないか。


 この勝利は、私にその問いを突き付けるのに十分すぎるほどに愚かで、救いようがなく、恐ろしいまでもの結果だった。


 だから私は問うた。

 王に、人民に、国に、世界に――天に。


『ほ、本当によろしいのでしょうか』


 今でも思い出す。副官の青ざめた顔、そして震える声。


『我が軍には20万もの降兵を養う兵糧はない。ましてや解放すれば、あの20万は再び敵となって我らの前に立ちはだかるだろう。趙国を滅ぼす。その命を我らが大王は不肖、白起に与えた。ならばその命を果たすに、敵を殺さぬ道理はあるまい』


 そう言って納得させて、命令を下した。

 降兵20万の生き埋め。みなごろしを。


 趙国の滅亡や、王の命などどうでもいい。

 20万の命をもって、自分の価値を世界に問う。

 それがその時の私にとってのすべてだった。


 そしてその結果は王による不孝という形で還り、失意のうちにいるとこの世界にやって来た。


 この世界においても人は奪い、争い、殺し合う。そんな不浄に満ちていた。

 今更それをどうこう言い募る自分ではない。むしろその方が手馴れていると感じ、好感すら持ったのかもしれない。


 やがて“ぜどら”という国に拾われ、そして異民族や反乱を潰しているうちに、再び王というものに気に入られた。


『お前を手に入れたことは余の幸運だ。余のため、天下にその力を示すがいい』


 王に言われたその言葉は、私の心には何も響かなかった。

 だが、自分の真価を天下に示すというところは気に入った。それが自分が自分であるためにできる唯一のことだからだ。


「大将軍、全軍の渡河。完了しました」


 鎧を着た少女が報告に来る。

 この世界で出会った副官で、名はともえ。金髪碧眼が主流のこのせかいで珍しい、自分と同じ黒髪黒目のキリっとした瞳が特徴的な少女だ。

 そこらの男の兵が束になっても叶わない武技の持ち主ということで、気になって傍に置いておいたところ、副官の任も多少のあらはあれどこなす。


「ご苦労、ともえ。では、始めようか」


“ぜどら”国と“あかしや”帝国の間には海より注ぐ大河が横たわる。それを船で渡り、帝国側の岸にある港町を制圧したのがほんの1時間前。それから隊列を組みなおし、周囲の偵察を終えてようやく出発というところだ。


「ここより東、2キロのところに帝国の見張り矢倉がありますが」


「不用意すぎる。そんなところに見張りを置いて何になる。岸辺の港町にも大した軍事力はない。この国は終わりだな」


「潰しますか」


「我らは粛々と進軍するだけでいい。そういった露払いはあの3人に任せよう」


「項羽、呂布、そして源為朝殿ですか」


「そうか。巴はあの3人を知っているのか」


「はい。伝説上ですが。その……為朝殿は夫の叔父になりますゆえ」


「そうか」


「噂に聞く鎮西八郎殿がまさかあのような愛らしいお子さまだとは……あ、いえ。もちろん生まれた時代は違うのでしょうが、どうも話に聞いていた人物とはどうも違っているようで。なんといいますか。お可愛らしいと言いますか。いえ、違うのですよ? 私は義仲よしなか様命ですから。けど、どこか義高よしたか(義仲嫡男)様に似ているところもあり……」


「そうか」


 よく喋る。たまにそれを聞かされることがこの少女の瑕疵かしだ。

 恋愛事など自分にはどうでもいいことだった。結婚など自らの家を続かせるための儀式でしかなかった。そんなものに時間を使うよりは、自らの武技や兵法を鍛えた方がどれだけマシか。


 なのに世間巷には恋愛というものが溢れている。度し難い。


「3人には命を出せ。まずは見張りをみなごろしにせよ、と。伝令、通信といったものをすべて潰し、それから帝都へ進軍。各地の見張り台も同様に潰し、帝都の東南北の街道を封鎖せよと」


「はっ。すぐに」


 すぐに伝令が飛ぶ。こういった巴の切り替えの早さ、行動力は買っている。


 帝都のことは調べ上げた。その城の防備は無に等しく、唯一他国からの援軍があることが懸念される。そのために街道を封鎖した。もちろん、衰退した帝国に援軍を出すような奇特な国があるとは思えないが、万が一ということはあり得る。

 周王朝も、無様に醜くも生き残り、周囲の顔色をうかがいながら価値もない命を生き長らえさせていた。いつか王に、王朝を滅ぼし秦が覇王となるよう進言したが、その時ではないと断られた。まだ他の国が周という余命短い王朝に忠義があったからなのだろう。


 そう言った意味では、我が“ぜどら”の国王は思い切りがいい。帝国を滅ぼして、次の帝国に成り代わろうという野心をむき出しにしている。

 何も考えていないだけかもしれないが、その思い切りの良さは軍人にとってとてもやりやすいのだ。


 あとは自分が負けなければいい。


 それで、全てが終わる。いや、始まる。


「全軍、前進せよ。これにて“あかしや”帝国は終わり、我が“ぜどら”が天下を駆ける」


 号令をかける。兵たちは自分たちが新たな天下の中心になることに、喜び勇んで死地へと向かう。度し難い者どもだ。


 だが、そうは思いながらも高揚する気分だけは、今も昔も変わらない。それが自分という人物なのだろう。

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