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第75話 狩りの会

 果てなく広い平原。

 空は青く、3月も下旬となればポカポカとした陽光が気持ちよくて、このような場所にいると昔ピクニックに行ったことを思い出す。まぁ20年くらい前の記憶で、それ以降は圧倒的インドア派になってこのような春の陽気といったものとは無縁の生活を送って来たわけだが。


 そんな気持ちの良い日に僕、もといイース国の皆が総出で帝都郊外にいる。

 しかも僕らだけではなく、アイリーンらウトリア帝国学園の生徒やら、皇帝陛下とその取り巻き、さらには土方さんら帝都警備隊の面々で総勢200名近い大所帯なわけで。


 なんでそんなメンツで、こんなところにいるかというと――


『お呼びらしいわ、ラス・ハロール』


 どたばたの内に終わったパーティから開けて翌日。あからさまに嫌そうな顔をしながら、アイリーンがラスに招待状を渡したのは3日前のことだ。

 受け取った招待状は上質な紙で折られ、赤い封蝋が押されているちょっと格式ばったもの。


 その時点で嫌な予感しかしなかったが、


『皇帝陛下から?』


『狩りのお誘いですって。まったく。なんでワタシがこんな手紙の仲介なんか』


『ふっ、ラスくんに代わり答えようじゃないか。それはここのラスくんが、皇帝陛下の寵愛を受けたからだよ。どこかの位意識だけが高いお嬢様と違ってね!』


『ぬわんですって!? あなた、ムサシとか言いましたわよね。いいでしょう、その挑戦、受けて立ちましょう!』


 この2人。意外といい組み合わせなんじゃないか? いや、どうでもいい。重要なのは皇帝陛下からの半ば強制のお誘いが早速来たということ。


 もちろん僕らには断る理由も立場でもないということから、全員参加せざるを得なかった。


「やれやれ、なんで俺たちが」


「すみません、土方さん。なんでも人手が必要ってことで」


「そりゃわかっちゃいるがよ。俺たちの本分は府内警備だぜ。それが要人護衛なんてよ」


「ふっ、案じるないりす。土方殿はその職務は果たす魂を胸に持つ男。つまり、ただの照れ隠しだ」


「お前はなんで俺の心を代弁しようとする、琴」


 なんというか。ちょっと仲良くなった? 少なくとも遠慮がなくなったみたいなのは良いことだ。


 そんなこんなで狩りが始まったというわけだけど。

 正直、僕にそんな貴族の遊びができるわけない。ここで一番に気を吐いたのは、


「はっ!!」


「おお、見事だ! アイシャ! 褒美を取らせよう!」


 皇帝陛下が隣にラスを乗せた荷車で、上機嫌に宣言する。


 アイリーンが見事に、勢子せこによって追い出された兎を仕留めたのだ。本当に何でもできるな、あの子。あれで選民思想がなければどれだけ良かったか。そこは“うちの誰かさん”によく似てる。


 で、その“うちの誰かさん”は、


「ええい、なんで当たりませんの!!」


 アイリーンに対抗意識をバチバチ燃やして、自ら狩りに出るもことごとく外し。どうやらカタリアにも苦手があるようだ。


「おっーっほっほ! このようなこともできないなら、イース国というのも大したことがありませんね!」


「う、うるさいですわ! わたくしは本陣でデンと構えるタイプの人間ですの! このようにちまちまとしたことをするなんて、性に合いませんわ!」


「将にも武略がなければ誰もついてこれなくてよ?」


「ぐぐぐ、こうなったら……」


 カタリアがちらっと僕を振り返る。それで何を言わんとしているか察知したので、僕はぶんぶんと首を横に振った。

 それを見たカタリアが「本当に使えませんわね」と目で言ってきたので、僕は「じゃあお前が続けろよ」と視線で返す。


「はぁ、まったく」


「あなたたち……目で会話ができるのね」


「仕方ありませんわ。ユーン、やっておしまいなさい!」


「え、私です?」


 ユーンが驚いたように自分を指す。


「あなたが一番、マシです。その弓の腕、しっかり見せなさい!」


「うぅ、こうなった時のカタリア様は何も聞かなくなるんだから……」


 肩を落としてぶつくさ言いながら弓の準備をするユーン。

 そういえば彼女って何ができるか見たことないな。弓が得意なのか?


「ん、不安? イリスっち?」


 と、サンが僕の様子を見て取ったのか、そう話しかけてきた。

 サンは馬術が得意だったな。去年の戦いで大いに役立ってくれたし。


「そっか。イリスっちは見たことなかったんだっけ。ユーンはマジで上手いよ、弓が。だからお嬢の隣にいるのさ」


「でも、それならカタリアだって最初からユーンに任せておいたんじゃないの?」


「あー、それは……」


「さぁ、それではやってもらいましょうか!」


 アイリーンが合図する。それで勢子が茂みから獣を追い出そうと音を立て始める。


 しばらくすると、一頭の鹿が茂みから追い出されてきた。鹿は逃げるように、草原を走る。

 それを馬で追って仕留める。そのはずだが――


「ユーン?」


 ユーンが動かない。どうしたんだろうか。なんて思っていると、


「あのー、私。馬が苦手で……」


 その言葉に脱力した。カタリアもやれやれと肩をすくめている。


「というわけさ、イリスっち。ユーンは馬が嫌いなんだ」


「いや、でも去年は……」


「必死にしがみついてるだけで、何もしてなかったからな」


 そういうわけか。


「おーっほっほ! まさか馬に乗れないなんて! それでも学生かしら? そちらは一体、学校で何を習っていたの?」


 アイリーンが勝ち誇ったように嘲笑してくる。はぁ、こうなったら僕が出るしかないのか? 軍神ならなんとかなるだろう。

 そう後ろ向きな決意をしていた時だ。


「なので、ここから射ますね」


「は?」


 ユーンは言うが早いが、弓に矢をつがえて引き絞る。

 馬鹿な。ここから鹿まで何百メートルあると思ってる。鹿はこれ以上敵がいないと、走るのをやめているけど、周囲への警戒は怠っていない。


 だが――


「ふっ!」


 ユーンが矢を放つ。上にだ。

 山なりにすれば確かに飛距離が出る。ただ、それは距離を稼ぐためであって、その分威力は落ちることになる。けどユーンの放った矢は、


「高っ!」


 そう、高い。

 高ければその分だけ重力に引かれて突き刺さるための威力を増させる。けどそんなもの、狙ったと言えるものじゃない。まぐれ当たりに期待するレベルの神業。


 矢が放たれてから十秒近く。誰もが無言で固唾をのんで見守る中。

 遠く、何事もなかったかのように草をはみ始めた鹿。それが急に倒れた。


「当たりました」


 何事もなかったかのようにそう言ってのけるユーン。確認の人が走り、そして矢が刺さって絶命している鹿を引きずってきた時には、誰もが喚声を上げた。皇帝もスタンディングオベーションで感激を示して、それからはお祭り騒ぎのような状態になって狩りどころではなくなってしまった。

 けど、ま、いっか。あんな神業を見たら、それはもう僕でさえも血が湧きたつ思いだ。ユーンがあれほどとは知らなかったから、その分の思いもひとしお。


 そんなわけで、狩りの会も何事もなく終了。なんて思っていたころだ。


 遠く。誰かが走ってくる。まさか皇帝を暗殺しようと? いや、違う。あれは……小太郎だ。風魔小太郎がこちらに走って、何かを叫んでいる。


 そしてその声が意味を持って聞こえた時、新たなる戦いの幕が切って落とされたと、僕は感じた。


「全員、逃げろ! 敵が、軍がこちらに向かって来る!」

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