第72話 パーティ・イン・ザ・帝都
週末の日曜日。
僕たちは馬車に乗ってマクベス邸へと向かう。
もちろん服装はこれまでと同じ。制服だ。
そしてこれも同じ、馬車を引いて宿舎まで来てくれたのはマクベス家の執事のザカウさんだった。
「これは……え、ええ。問題ございません。そうですな、問題ありませんとも。安くて小汚いドレスよりは全然マシですとも。ええ。あ、これについては私は認知しませんので。あしからず」
ザカウさんも僕たちの格好を見て、何も言えなくなっていた。
それほどマズいのか? いや、安物を着て馬鹿にしようと思ってたけど当てが外れたってところか。それでも馬鹿にされたけど。
それから馬車は東門を通って上級区画へと入る。通行証さえあれば入れるんだよなぁ。それなら朝、もうちょっと寝てられるのに。くそ。
馬車に揺られること30分ほど。上級区画のさらに中央、皇帝区画へ続くだろう壁を守るように配置されている巨大な屋敷に僕らは通された。
「これが一個人が持つ敷地かよ……」
ぱっと見の敷地面積はウトリア帝国学園と同程度。広々とした庭に手入れされた木花だけでなく、ところどころにある彫像や噴水も立派な物。さらに屋敷自体も高さはないものの、学園とそん色ないようなほど大きい。
個人というよりは、どこか、そう、やっぱり宮殿と呼ぶのがふさわしいほどの絢爛さだった。
「我が主の家は歴代にわたり、何度も宰相や大将軍を輩出した名門でございます。皇帝陛下の信任厚いのは当然のこと、このように皇帝区画を守護するような立地に屋敷を建てられるのも当然でございます」
ザカウさんが誇らしげに答える。それは主への敬慕の念というより、そこに仕えてる俺すげーだろ、という感がぬぐえないが穿った見方だろうか?
そのまま僕たちは少し道を外れ、庭の一区画へと馬車で連れて来られた。そこは正面玄関とは少し離れた場所でこんなところに降ろされるのか、とちょっと疑った。
さらにそこから正面玄関ではなく、少し離れたところにある、普通のドアのようなところから入れられれば疑念が深まる。
「ちょっと、わたくしたちはゲストではなくって?」
同じように疑念を覚えたカタリアがザカウさんに聞く。
「ええ。ですが我が主……いえ、アイリーンお嬢様よりそのように言いつけられていますので」
「またあの子……」
カタリアが苦虫を嚙み潰したような表情で言う。
つまり、そういうこと。何が来るかは分からないけど、これもあのお嬢様のたくらみってことだ。鬼が出るか蛇が出るかってところだけど。
ただ入ったところはちょっと外れていたけど、中は目を奪うような絢爛豪華な装いだった。ある程度実用性と多くの人が使用する学校とは違い、もうここは己の凄さを示すようなもので、ふわふわのカーペットに埃1つ落ちていないし、壁にかけられた肖像画はありえないほど巨大。さらに天井にはシャンデリアが何個も吊るしてあって、中は電気をつけたように明るい。
「はぁー」
あのお嬢様気質のカタリアも、思わず足を止めて見惚れているようだった。
「珍しいのは分かりますが、このような飾りつけは帝都で当たり前になります。まぁここまでするのは我が主だけでしょうが。どうぞ、こちらになります」
ザカウさんの皮肉も、こればかりは反論できない。確かにこれはすごいからだ。
まるで夢のような感覚で僕らはザカウさんの後を追う。もう皆無言だ。
角を何度か曲がって、するとその先に大きな、3メートル以上はあるだろう大きな扉が現れた。イース国の政庁の太守の間と同じくらいはあるんじゃないかと思う。けど多分、こっちの方が木の材質は良いだろう。漆でも縫っているのか、灯りに照らされて光っているように見える。
その奥から人のざわめきのようなものが聞こえてくる。どうやらこの中が会場らしい。しかも大勢が来ているみたいだ。
「なに、イリスちゃん?」
「ん?」
「やだなー、裾つかんでるじゃない。でも、もっとギュッとしてもいいんだよ?」
「え、あ……いや、違うんだ。その、ちょっとね」
思わず緊張からか、意図せずラスにすがっていたみたいだ。くそ、格好悪い。
いや、でも貴族階級のパーティなんて来たことも出たこともない。当然だ。なのにこいつら、よくも平然と……って、そうか。こいつらも貴族なんだ。
カーター先生も傍流とはいえある程度の名家ではあるし、ムサシ生徒会長はそもそもこういった連中を相手にしてきたのだから今更ビビらない。
この中で唯一、一般階級でこんなものと縁のないのは僕だけってことか。ああ、こういう時だけイリスに変わってほしいなぁ。
「さ、こちらへどうぞ。“すでにパーティは始まっております”ので」
「え?」
ザカウさんがニヤリと笑い、そして両手でその大きな扉を押し開ける。
扉の奥に広がる世界に絶句した。
いや、恐怖にすくんだ。僕が。仮にも軍神と呼ばれた僕が。
扉の奥の広間にあるのは、超一流ホテルも裸足で逃げ出すほどの巨大なホール。
そこにいる人々は、すでに食事やらを済ませてグラスを片手に歓談に華を咲かせていたらしい。上質そうなスーツや色とりどりのドレスに着飾った明らかに上流階級と思われる大人たちが50人は集まっている。
ただもはやその声はない。その誰もが無言である一点を凝視している。
その一点。当然、僕らだ。
闖入者であり、突如現れた制服の集団。それをジッと、誰もが射抜くようにこちらを見つめている。
百もの大人たちの瞳にさらされる。しかも年下に向けられる友愛とか親愛の情はない。そのどれもが値踏みと侮蔑と軽蔑の色を交えたもの。正直、地獄だった。
ただ、思う。こうも全員が全員。こちらを見るなんてあり得るだろうか。まるで何かを示し合わせたようで――
「さぁご紹介させていただきました、辺境イース国より参りました留学生の皆さまです。皆さま、温かい拍手をお願いします」
司会らしき人の声が響く。いや、この声。アイリーンだ。中央の奥にこれまた光り輝くようなドレス姿で立っている。
だが誰も拍手などしない。ただじっとこちらを、しかもニヤニヤした態度で見つめてくる。
そういう、ことか。
ここまでやられれば大体想像はつく。大方、僕らを遅刻した時間に呼び寄せて、興が乗った頃合いを見せて僕らを紹介したわけだ。しかも、こうも特別ゲスト感を出して入場させられては、さらし者もいいところだ。
何かをたくらんでいると思ったけど、まさか初っ端からどでかい罠を仕掛けてくるとは思ってもみなかった。
いや、これだけだったらまだすぐに切り抜けられたかもしれない。徹底的に無視する方法を取れば、今はまだしも今後に影響は少なかっただろう。
ただアイリーンの狡猾なところは、いや、悪辣なところは僕らを捕える蜘蛛の糸を何重にもしていたところだろう。
「ふふふ、いやいやなるほど。これは可愛らしいお嬢さんたちだ」
男が1人、近寄って来た。いや、男というより少年。10歳くらいの金髪ロン毛の子供だ。ただ歳不相応なほどに傲岸で不遜。にやけた顔は、他人に苛立ちを抱かせるのに十分すぎるものだった。
「ふふふ、なるほど。これは確かに粒ぞろえだ。吾輩の側室にするのもやぶさかではないな」
いや、このねめつけるような視線に嫌悪感を感じたからだ。
「なんですの、この子供は。わたくしを誰だと思って?」
「生意気なことを言って。そんな子供にはお仕置きが必要だ」
カタリアとムサシ生徒会長が男の出現に猛反発する。こうも道化のような扱いになったのだから、その怒りも当然というべきか。
だがそれを煽り立てるように、男がにやりと笑う。さらにそれに同調するように周囲の大人たちもクスクスと笑う。
ちらとアイリーンを見た。にんまりとした笑顔。まさに罠の柵が下りたのを満足げに見守る狩人のよう。
なんか、ヤバい。
「待って。その子――ううん、この方はもしかして!」
ラスがハッと気づいたように、僕より先に2人を制した。
その様子を見て、男がさらに笑みを深くする。
「くくく……気づいたようだな。他国の田舎者でも、やはり吾輩のオーラは隠し切れないということか。この高貴にしてあふれんばかりのフェロモンが!」
あ、なんかこいつダメなやつだ。そしてそのダメさ加減である人物を思い出す。いや、まさか。そんな馬鹿な。そんなことが、こいつがそいつなことがあってはならない!
だがその少年は、僕の最悪の想定を軽々と乗り越えてこう言った。
「吾輩こそが第99代アカシャ帝国皇帝ユーキョ・アカーシャ様だ。女ども、頭が高い! ひれ伏せぃ!」