第67話 決闘イン帝都
「決闘?」
正直、何を言ってるんだ、この娘は。そう思った。
決闘。それって、あれか? 1対1の戦いの? 左手の手袋を投げつけるやつか?
うん、やっぱり何を言ってるんだ、あの娘は。
初顔合わせだけどそう思ってしまった。
「なにを、言っているんですの?」
誰もが突然のことに混乱としている中、いち早く混乱から回復したカタリアが問いただす。こういう時に斟酌なく聞けるカタリアは便利だ。
「昨日のことで勝ったと思わないで欲しいわね。あれはただのお遊び。神聖なる決闘こそ、ワタシたちの優性を示すことができるんですから!」
「そういう勝負だったの?」
「さ、さぁ……?」
ラスが苦笑して首をひねる。
うーん、あのアイリーンとかいう娘。カタリアより面倒だぞ。
「これは回れ右していいやつじゃないか? なんかすごい嫌な予感がする。」
「自分もイリスっちに同感ー。あれ、心底めんどいわ」
「あ、じゃあ私も……」
サンとラスが同意してくれた。ああいうわけの分からないのにはかかわらないのが吉。そう思っていたのだけど……。
「ガレス、さん? これはあなたの差し金?」
カタリアがガレスに聞く。悪い見方をすれば、彼がここまで案内したと言っても過言ではないのだから、見事に嵌められたと見れなくもないだろう。
「いや。さすがにこんなことは聞いてないよ。信じてもらえないとは思うけど、ね。まさか彼女がここまでするなんて」
「そう」
「彼女は生まれが生まれだから。自分以上に優秀な人材は存在しない。そう本気で信じてる。そしてその周囲には、甘い蜜の匂いに惹かれて、姑息な人間ばかりが集まる」
「ふん。それは本当に信じられる人間がいないからでしょう。わたくしにとってのユーンやサンのように」
「カタリア様……」「お嬢……」
なんかいきなり良い話みたいにしちゃってるけど、なんなのこれ?
それは相手にも伝わったようで、アイリーンは剣を地面に垂直に突き立てると、
「なにをごちゃごちゃ相談しているの? もしかして、逃げる相談をなさっているとか? さすがは辺境国のお嬢様がたは誇りというものをとうの昔に売っぱらってしまったようですね。おーっほほほ!!」
アイリーンが高らかに笑う。それにつられたように、周囲の生徒たちが一斉に笑う。
正直、不愉快だった。
不愉快だったけど、こういうのは相手していたらダメだ。勝っても負けても後々面倒になる。初期のカタリアみたいなものだ。
ただあれは同じ学校の生徒だったし、実家という後ろ盾があった、いわばホームゲームだからなんとかこうしてややこしいけど、悪くない関係にもってこれたわけだけど。ここは完全アウェー。後ろ盾もなにもないまま、この国の権力者の娘にケンカ売るのははっきり言って悪手だ。
だからさっさと退散したかったんだけど、僕の行動はすべてにおいて遅かった。
というか最初から考えておくべきだった。
煽り耐性が極端に低い、この人の行動を。
「あら、これは小物過ぎて気づきませんでしたわ。いいでしょう、カタリア・インジュインの名において、その勝負受けてたちましょう!」
「おいっ! カタリア!? なに言ってくれちゃってるの!?」
「何を言ってますの。あの女はわたくしたちを馬鹿にしたのですよ? それを2日連続で。完膚なきまでに叩き潰すのが礼儀というのは決まっているでしょう?」
「何も決まってないけど!? ちょっと、ムサシ生徒会長! 突っ立ってないで、カタリアを止め――」
「良く言った、カタリアくん! 母国を馬鹿にされて、黙っているなんてイースの女がすたる!」
しまったぁ! こういう人だったぁ!!
生徒会長のことはまだ知り合って1か月だけど、あの船上で言われたことを考えれば、この人こそ煽り耐性ゼロ、もといマイナスの人だった。挑発が100%入る脳筋だった。
「勝負の方法は?」
「当然! 剣でっ!」
「ちょ、ちょちょちょっと待ったぁ!!」
と、それまで魂を遠くに飛ばしていたカーター先生が2人に割って入った。
「待つんだ、3人とも。決闘? そんなもの許されるわけがないだろう? しかも剣? 許されるわけがない!」
よし、先生。よく言った。そのままこいつらの頭を氷点下まで冷やしてやれ。
「あら、先生? 先生でよろしいんですよね? 昨日はお会いにならなかった。あまりにもお若いので、学生かと。いえ、その野暮ったいスーツに、ほのかに香る体臭……ええ、失礼。どこぞの山奥から出てきたのかと思いましたわ」
「よし、俺が許す。カタリア・インジュインやってしまえ!」
「お前も煽り耐性ゼロか!!」
もう皆馬鹿だ。馬鹿が馬鹿らしい馬鹿騒ぎをして馬鹿を見る。
ユーンとサンはカタリアを止めるのを諦めてるし(お前ら何しに来たんだよ)、ラスは止めるようなタイプじゃないからおろおろしている。ガレスはいつの間にかいなくなってるし。あの野郎。
はぁ。もうどうにでもなれだ。
圧倒的な負けさえしなければ、とりあえずなんとかなるだろうと呑気に考えていると、
「イリス、やっておしまいなさい!」
「僕かよ!? お前が受けたんだからお前がやれよ!」
「何を言ってるんですの? わたくしは大将ですのよ? 大将がはじめから出る戦などないでしょうに」
「いつからお前が大将になったんだよ」
「当然、生まれた時からですわ! やはり生まれの差というものは、どうしようもなく存在してしまうもの!」
「おかしいなー、グーシィン家とインジュイン家は家格としては同格なはずなんだけど」
「あら、最近衰退著しいグーシィンと同じにしないでいただきたいですわ? あと数年もすればイース国の宰相はこのわたくしがいただきます! そうなった時にはあなたをこき使ってやるんですから、その予行練習と思えば当然でしょう」
「な・に・が当然だ!」
「イリスくん」
「生徒会長からも言ってやってくださいよ。それとも生徒会長が出ます?」
「何を言ってるんだい、私に荒事なんて向かないって言ってるだろ」
そういえばそんなこと言ってたっけか。なら受けるなよ。
「イリスくん。君はしっかりと私の、イース国の屈辱を理解してくれた。増長したウトリアの連中を叩きのめすとも言ってくれた。私は嬉しいぞ……イースの魂は、君に受け継がれたんだ!」
「いや、言ってないって。それと勝手に受け継がせないでもらえます?」
「そう照れるな! イリスくんの力は私がちゃんと理解している! さぁ、イリスくん! 奴らに君の力を見せつけてやるんだ!」
「だから聞いてます?」
「大丈夫! イリスちゃんはすごいんだから! ね?」
ラスも期待の目線で見てくるし……。
ダメだこりゃ。ここに味方は一人もいない。
けど、まぁ。元会社人として命令には弱い。それと、女の子に、しかも可愛い女の子に期待されれば、どうにかしてやろうというのも男の性というかなんというか。
仕方ない。
「というわけで僕が出るよ」
「あら、あなたは……昨日見ない顔ね」
「イリス・グーシィン。まぁ、よろしく」
「ふふふ、そのようなおチビさんで本当によくって? 今ならあちらの高慢ちきお嬢さんに代わってもいいのよ?」
「カタリアが高慢ちきお嬢様なのは認めるけど、いいんだ。夜討ち朝駆け先陣突撃は軍神の真骨頂ってね。さぁ、始めようか」
「ふふ。ではまずはここにいる生徒からお相手させましょう。ええ、まさかワタシがすぐに直々に相手するとでも? これでもワタシはマクベス家の長女。代々伝わる剣技の正統継承者。あ、これは別に自慢で言っているんじゃないですわよ? 下手なレヴェルだと、大怪我を負ってしまう可能性があるわけですから、これは情けというものです」
「相手って、この中から選べって?」
「ええ。ですがここにいるのもワタシが選んだ、剣技優秀者100人。そうですね、それを2人倒せばワタシーーの側近の3連星の誰かの相手をして、それでももし万が一ありえないほどに奇跡的に勝つことができたらワタシが直々に相手してやりましょう」
「そっか。じゃあ全員で」
「いいでしょう、では全員と相手を――――はぁぁぁ!?」
アイリーンが顔をしかめて絶叫する。これまでの余裕ぶった態度が吹っ飛んで、お嬢様がしちゃいけない顔をしている。
「ちょっと、冗談がすぎませんこと? ここにいる100人を、順に相手するですって……?」
目がぴくぴくと痙攣している。怒りを堪えているのが分かる。
けどここはもっと怒ってもらおうか。正直、ここまで色々やってくれたお礼と、味方からの無駄な重みをぶつけさせてもらう。
「違う違う。100人を順に相手をするわけないじゃないか。めんどくさい」
「そうでしょうとも。そんな馬鹿なことをするはずが――」
「100人同時に相手するって言ってるんだよ」
「っ!! ふっざけてんじゃないわよ!!」
アイリーンが今度こそ怒鳴った。
目がつり上がり口が裂け、まさに鬼気迫る表情。おお、怖い。
「100人同時に相手ぇ!? あんたみたいな小娘が!? ワタシにもできねぇーことが、ちんちくりんの田舎モンのてめーにできるわきゃねーだろー!!」
いや、小娘って年齢は1つか2つしか離れてないはずなんだけど。
それに僕の年齢から言えば、アイリーンの方が小娘だ。
「おお、すごいね。もしかしてそれが素?」
「くっ………………こほん」
小さく深呼吸して咳払い1つ。それでアイリーンは落ち着きを取り戻したみたいだ。表面上は。
「ちょっとそこの田舎者たち、このお馬鹿な小娘がおかしなことを言ってるんですけど。何か言うことはないんです?」
「言うことも何も、そこの馬鹿は馬鹿なことを馬鹿にするように馬鹿するだけなので。勝手にどうぞ」
勝手に僕を送り出しといて突き放す。さすがカタリアムーブ。
「私からは別に」「自分もー」
返答を棄権したのはユーンとサン。
「イリスちゃんなら何があっても大丈夫! ね!」
全力で僕を妄信するラス。
「さすがイリスくん。私の見込んだ通り、君ならばこの長きにわたる因習を打破してくれるに違いないと思っていたよ!」
過度な期待はしないで欲しいなぁ、ムサシ生徒会長。
「イリス・グーシィン。お前をずっと見続けた俺だから言う。勝て、それだけだ」
なんか気取った風にビシッと指を突きつける野暮ったい先生。
本当に……本当にこの味方たちは僕の味方をしない。けど、まぁそれでこそ、というのもある。
「くっ……なんなんですの、あなたたちは……」
「理解できない? 理解できないなら、辞書にキチっとメモっておくといいよ。世の中には、あんたの想像もつかない馬鹿がいっぱいいるってね」
ま、正直言って帝都に着いてからの扱いや、話に聞くこのお嬢様たちの態度。それらに僕としても頭きているのは確かで。
だからここらで舐めんなよ、というのは態度で示したい。そしてハードルを激上げすることで、相手の逆らう気力を根こそぎ奪い取るという目論見もある。
だから――
「じゃ、ソフォス学園1年、イリス・グーシィン。行きまーす」