第33話 もう1人の兄
階下に降りると、すでに朝食が始まっていた。
食堂ではビシッと正装した父親と、ヨルス兄さん、そしてなぜかメイドさんが食事をしている。
というかこの家、だいぶデカい。
よくテレビで豪邸特集とかやってるけど、それに近しいものがある。さすがは大臣の家ということか。
2階建てだが、天井ははるかうえ。高さだけでは3階分あるんじゃないかな。
2階は主に僕らの私室があるほかに、客室があるのだから、僕ら庶民が考えるような家という概念を大いにぶち壊してくる。
1階はこの食堂のほか居間と厨房、その他にもダンスホールみたいなバカ広い空間があったり、談話室、遊戯室、書庫といった多人数を受け入れる余地があるほどだ。
しかも床にはふかふかの絨毯、ところどころにある油絵や彫刻といった美術品。
それを見るだけでお金持ちというのが十分に分かるというもの。
その子供になることができたというのは、棚ぼたというか、そりゃ嬉しいことだと思うよ。
国際情勢とか寿命がなければ。
「おはようございます、お父様」
「お、おはよう、ございます! お、お父……様!」
タヒラ姉さんが姿勢よく挨拶する。
それにつられ、僕も緊張しながら挨拶。どうもまだ他人の父親だよなぁ。
「うむ、おはよう」
返しはそれだけだったけど、それはいつものことなのだろう。
タヒラ姉さんはひょうひょうと歩を進めると長机の右側、ヨルス兄さんの反対側に座った。
父親がお誕生日席で、その左側にヨルス兄さん、右側にタヒラ姉さん。そしてヨルス兄さんの隣にメイドさんがいるとなると、僕が座るのはタヒラ姉さんの隣しかない。
というわけで、僕も続いてタヒラ姉さんの横に座ろうとすると、
「あっ」
驚きの声をあげたのが2人。
ヨルス兄さんとタヒラ姉さんだ。
「イリリ、そこはトルシュの……」
僕が今座ってしまった椅子の本来の持ち主ということか。
しかし……トルシュ?
どこかで聞いた名前だけど。
「ふん、あのバカ息子。どうせ昨日も夜遅くまで書庫にいたのだろう。あとで自室で食べるだろ。放っておけ」
あ、息子。ってことは、僕の兄で次男のトルシュか。
「父さん、馬鹿は言いすぎでしょう。トルシュは頭がいいんですから」
「要領が悪ければ馬鹿者よ。あいつの辛気臭い顔を見るよりはイリスを見ていた方がいい。構わん、座れイリス」
「え、でも……」
ヨルス兄さんが困惑した様子だ。タヒラ姉さんも何て声をかければいいか迷っている。
と、そこへ、
「悪かったね、要領が悪くて」
扉が開いて1人の男性が入ってきた。
歳は10代後半。背は僕より高いく160くらいか。中肉中背のパッとしない感じで、それを助長するかのように伸びた緑の髪の毛を垂らして右目を隠している。
ヨルス兄さんと比べると、ちょっと陰気な感じのする男性。
言われなくても分かった。
彼がトルシュ兄さんなのだろう。
「トルシュ……」
ヨルス兄さんが声をかけるが反応はない。
ぼぅっと突っ立っていたトルシュ兄さんの視線が、メイドさん、ヨルス兄さん、父親、タヒラ姉さんと来て、僕に注がれた。
右目は隠れて見えないし、左目も眠そうに半分しか開いていない。
だからはっきりと表情を読み解けずに、何を考えているか分からない。
そんな視線がじっと注がれてくるのは少し恐怖で、何より座りが悪い……って、あっ、そうか。
「あ、ごめん……なさい。今、どきます」
今座っているのは彼の席なんだ。
だから慌てて立ち上がったが、それに対する返答も視線も態度も冷淡だった。
「要らない。部屋で食べる。それに」
冷淡。そう思った彼の視線の中に、どこか痛々しいほどの感情が向けられてくる。
「そんなやつが座った席で食べる気はしない」
それだけ言うと、部屋の奥にさっさと進んでしまい(どうやらそちらが厨房なのだろう)手にトレーに乗せられた料理を持って出てくると、そのまま僕らの背後を横切ってしまう。
「トルシュ!」
そんな彼を、我らが父親の威厳たっぷりな声が止める。
「……なんです?」
やれやれ、と言わんばかりにゆっくりと、めんどくさそうに振り返るトルシュ兄さん。
「…………」
「…………」
にらみ合う――そう親子なのにその表現がぴったりだった――2人を、ハラハラした様子で僕らは見守る。
やがて、
「いい、いけ」
「……ふん」
小さく鼻を鳴らしてトルシュはそのまま食堂を出て行ってしまった。
後に残るのは緊張から解放された安堵と嘆息。
対する僕は困惑するしかない。
なんであんな態度とられるのか。
というか、初対面なのに嫌われるとか……いや、違う。僕が、というよりイリスが、ということなのか。
うぅ、気まずい。
彼もこの家に住んでいるのだろうから、これから毎日、顔を合わせなくちゃいけないわけで、それは僕からすればかなりのストレスで、気鬱なことだ。
とはいえ、ここで「僕って嫌われてるんです?」と聞くわけにもいかない。あまりに露骨すぎて、不自然だからだ。
「まったく。あいつは本当に……」
父親が吐き出すようにため息をつく。
こっちもこっちで何かがありそうだ。
「もういい。時間もない。タヒラ、イリス。さっさと食べていきなさい」
「はぁい」
「……はい」
タヒラ姉さんに対して、僕は力なく答える。
国の問題だけじゃなく、家庭の問題まで発生するのかよ。
そう思ったからだ。
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