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第59話 バイト面接

 翌日の朝。

 昨夜買った安いパンを詰め込んでから、みんなで外に出ることに。

 とはいえ初めての外国。何があるか分からないから、基本2人以上での行動をカーター先生から義務付けられた。


 そうなったからには、てっきりラスがぐいぐい来るかと思ったけど、


「イリスちゃん、私、自分で頑張ってみる! だから一緒に行けないの、ごめんね」


「そういうことだ。ラスくんのことは私に任せて、君は君の思うことをするといい」


 と、ムサシ生徒会長と共に出て行ってしまった。

 ちょっと肩透かしだけど、ラスが僕から離れてやる気になってくれるのはありがたい。ちょっと寂しい気もしないでもないけど。


 カタリアはもちろんユーンとサンと一緒。そして小太郎は勝手にどっか行ったし先生は、


「俺は今日は留守居させてもらうよ。とりあえずこのボロ小屋をなんとか使えるようにはしないと」


 と言って、掃除道具を手に張り切っていた。

 確かにボロだし、掃除も行き届いてないからかかなり汚い。昨日は夜だったから目立たなかったけど、朝っぱらからカタリアが不潔だと騒いでいた。

 ここは先生の手腕に期待しよう。


 そうなると僕としては残った1人。琴さんと行動をすることになるわけだが。これが願ったりかなったりだったりする。


「琴さんは土方さんのところに行くんでしょ。僕も行くよ」


「……やはり気づいていたか。さすがはいりす。万里を駆けるその邪眼からは逃れられないか」


 いや、そんな邪気眼なんてもってないんですけど。


 というわけで僕と琴さんは土方さんがいるだろう、屯所に向かって朝の帝都に繰り出した。


 昨日は馬車からの眺めだけだったから分からなかったけど、歩道はかなり整備されていて歩きやすい。繁華街の方はごったがえしていたけど、こうして少し離れればどこもかしこも人通りが多いわけではないみたいだ。

 位置的には外周部、いくら帝都とはいえ全員が金持ちで豪勢な暮らしをしているわけではなく、ここらは一般階級の住宅街といったものが並んでいるらしい。

 ここからどんどんと中心に向かうにつれて、家格がランクアップしていき、家の大きさも比例していくのだろう。


 だからここだけ見ればイース国の国都とあまり変わらない印象だ。今の僕らよりは良い暮らしぶりだけど。


 道行く人に場所を訪ねながら進んでいく。

 おそらく帝都に居を構える人だろうけど、その人の視線がなんとなーく嫌な感じがする。さすがの休日だから僕としてもラフな格好でいるけど、少なくともそこらで着ているような上等なものではないからどうしても野暮ったく見えるのだろう。そこらへんは腐っても帝都といったところか。

 まぁその横にはいつも通りの和服という物珍しい格好をしている琴さんがいるから、そっちに対する奇異の目線なのかもしれないけど。


 あるいは土方さんの仲間と思われていたのかもしれない。

 だんだら羽織は新選組のトレードマークだが、まさかこの世界でもそれを着ているとは思わなかった。


 しかし土方歳三か……。

 まさかすぎるイレギュラーで、何て言ったらいいか。


 陰謀と暗殺が渦巻く幕末の京で、その治安維持にあたった新選組を実質的に運用管理する役職にありながら、率先して先頭を切って不逞浪士を捕えてきた歴戦の剣士。

 剣の腕だけじゃなく、鳥羽伏見の敗戦を受け、ほんのわずかな間に洋式の軍学をマスターし、宇都宮、会津、北海道と転戦しながら不敗という伝説を残すまさに戦争の天才。


 そんな彼が共に戦ってくれるというなら、心底心強い。

 けど……僕らが支配地域を広げて行けばいずれはぶつかる相手。その時に土方歳三相手に勝てるのか。そんなこと考えたくもないぞ……。


「どうやらあそこのようだな」


 歩くこと30分。少し汗ばんできたところで、ようやくお目当ての建物を見つけた。


 レンガでつくられた門の中に、ちょっとした広場と2階建ての洋館が建っている。なんというかちょっとオシャレな中世建築といった佇まいの建物。


 ただその入り口の壁に、『新選組屯所帝国支部』と木の板に筆で書かれていたのには苦笑した。

 洋風なレンガ造りの門構えに、堂々と墨でしかも漢字で書かれているのだからまったく似つかわしくない。仕方ないか。ここは八木邸でも西本願寺でもないわけだから。


 その門の左右には、甲冑姿の兵が2人立っていて、その片方がこちらを見つけ、


「何者だ。ここに何の用がある?」


 高圧的な態度で問いただしてきた。


「ここに土方さんがいると思うんですけど」


「ヒジカタぁ? もしや隊長のことか。おい、何か聞いてるか?」


 門番の兵がもう1人に聞く。


「いや、なにも。今日は用事はないはずだが」


「怪しいな……おい、お前ら。そこを動くな」


「ちょ、ちょっと! ただ会いに来ただけですって!」


「いや、会いに来たところを懐の剣でグサリ、という奴だろう。おい、お前はそっちのデカいのを頼む」


 くそ! いきなりそんな風に思われるなんて、帝都の治安はどうなってるんだ!?


「やれやれ。本当に上手くいかない世界だ。この不協和音、ボクたちがボクたちである意味を知る必要があるんだろうな」


「琴さん、わけわからないこと言ってないで、どうする!?」


「なに、簡単なことさ。冥府の門がボクらの邪魔をするのなら、それは斬って進むだけのこと」


 つかみかかって来た兵の腕を跳ね上げ、琴さんは背負っていた薙刀をくるりと回転させて手に収める。


「なっ、抵抗したな貴様! おい、増援を呼べ!」


 おいおいおいおい、なんか大事になっているぞ!


 おそらく戦いになれば勝てるだろう。僕と琴さんなら、たぶんこの目の前にいるレベルのが30人いても勝てる。そう感じ取れた。

 けどそうなったが最後。土方さんとのつながりは断絶となり、しかも帝都で暴れたということから特別派遣研修生の立場も怪しくなる。果ては国同士の問題に発展しかねない。


 だからなんとかこの場を収めようと頭をひねっていると、


「あ、なにやってんだお前ら?」


 ぶっきらぼうな、そんな声がした。


「土方さん!」


「土方殿」


 見れば僕たちと反対の方から、浴衣姿のラフな格好の土方さんが歩いてきていた。手に何か風呂敷包みを持っているから、買い物の帰りだったのかもしれない。


「あ、隊長! この不逞浪士が隊長を出せと」


「あー?」


 土方さんが首を伸ばして、僕らの方を見る。


「こりゃ、俺の客だ。手荒なことしてねぇで、奥に案内しとけ。あと茶な」


「な――あ、し、失礼しました!」


 これまで高圧的な態度を取っていた門番が、平謝りをしてくるのを、恐縮しながら受け容れた。


「なぁ、イリスとやら。お前なら何人いけた?」


 不意に土方さんに聞かれた。何のことか、と数秒迷って、たぶん合ってるだろう答えを返す。


「30人は……」


「へっ、だろうな。お前さんならよ。ったく、まだまだ練度が足りてねぇな」


 そう言いながら、さっさと屯所の中へと入っていってしまった。


 どうやらこの答えはお気に召したようだ。要は「もしあのまま戦いになっていたら何人まで倒せる?」という問いだったのだろう。なんというか、物騒な話だけど土方さんらしいといえばらしい。

 ただ、琴さんと一緒の数を答えたら僕個人の人数と勘違いされた。どうやら僕は過大評価されているらしい。


「では行こうか、いりす」


「あ、はい」


 琴さんに促されると、先導の兵に案内されて屯所の中へ。


「で? 今日は何の用だ? まさか本当に茶でも飲みに来たか?」


 と言いつつも、すぐにお茶が出てきた。しかも緑茶だ。

 ほわんとどこか落ち着く匂いが部屋に充満していく。


「緑茶が、あるんですね」


「そりゃ天下の台所様だからな。大坂もびっくりだ。南蛮ものから日本のものまでなんでもござれだ」


 はぁ、それはすごい。

 まさか人生でもう一度緑茶を飲めるとは思っていなかったから、この再会は改めて感動した。体は違えど、心はやはり日本人なんだなぁ。


 さらに土方さんがお茶菓子を出してくれた。それは先ほど手に持っていた風呂敷を広げると、いくつかの饅頭が出てきた。それを僕らに1つずつ譲ってくれたのだ。

 もちもちの皮に、しっとりとした餡子。これもまた絶品だ。


「いやー、やっぱり日本人は緑茶に饅頭だなぁ」


「お前、日本人なのか」


 あ、やべ。あまりに心にクリティカルなおもてなしを受けて、思わず警戒心が鈍った。

 違うと否定することはできる。けど、それをして何になる? 


「実は……」


 と、僕の経緯を話した。もちろんイレギュラーのこととか、ゲームのような世界のこととかはある程度端折って話したけど。


「へぇ、お前。男だったのか」


「いりす、それはボクも初めて聞いたぞ」


「そうだね、ごめんなさい。なんというか、話しても信じてくれないと思って」


「そうか。いや、そうだな。でも今いるいりすは紛れもない真実のいりすだ。君が男だろうと女だろうと関係ない。 ボクは君の光り輝く黄金の意志に経緯を表するよ」


「あ、ありがとう?」


 褒められたのかな、良く分からないけど。それでも琴さんがそれ以上言わないでくれたのはありがたかった。


「ま、俺としてもどうでもいいな。お前が男だろうと女だろうと、俺と渡り合えるってだけで十分だ。いや、ますます興味深いな、これは」


 そんな感じで思わぬカミングアウトから始まった訪問だったが、お茶と饅頭でホッと一息ついたところで、琴さんが切り出した。


「今日は、土方殿にお願いがあった。ボクらを、ここで雇ってくれないか?」


「あぁ?」


 突然言われ戸惑う土方さんに、僕らは事情を説明した。


「ふぅん、生活費ねぇ……いや、分かる。俺らも最初は大変だったからなぁ。お前らのところにかもみたいな奴はいないよな? いねぇな。いたら俺らが捕縛――は無理だからぶった切ることになっただろうから、ま、そこは安心だ」


 さすがに芹沢鴨せりざわかもみたいなのがいたら、ヤバすぎだろ。

 いや、でもカタリアなら豪商の店に大砲ぶちかますくらい……ヤバい、すごい違和感がない。


「だ、大丈夫……です?」


「なんで疑問形なんだよ。こえーな」


 やれやれと肩を落とす土方さん。


 それから少し考えるようにして口を開いたが、


「悪いけど、うちにそんな余裕はねぇな」


「そう、ですか……」


 やはりというか仕方ない。この屯所の様子を見てもそれほどお金に余裕があるわけじゃなさそうだ。僕ら2人を働かして賃金を出すなんてことはできないのだろう。


「ボクのせいかな」


 琴さんが不安な声で聞く。

 それを聞いた土方さんは慌てたように、


「いや、違う。そうじゃないんだ。ここは、大帝都の治安機構とはいえ下部組織だからな。それほど金回りがいい方じゃない。聞いた状況だと、雇ってすぐに出る賃金じゃ焼け石に水だろ。それに……あまりこの仕事、というかこの都市が良いものではないからな」


 最後の方が少し言い淀んだようになっていた。何かあるのか、この帝都?


「そう、か。ボクだからってことじゃないのか」


「当たり前だろ。まぁ、お前さんにもちゃんと居場所ってのがあるならそっちを大事にしな。あの時と一緒だ。兄と共に進んだ、あの時と」


「ああ、そうだったな。あの時は、兄のため、家のため。僕の身命は果たさざるを得なかった」


「……だが、まぁ本当にどうしようもなかったときは、それでもお前がこっちに来たいってなら、まぁなんだ。お前1人くらいなら養ってやってもいい」


 お、なんかいい雰囲気!?

 てか今の、さりげなくプロポーズじゃない? これは大発見だ。ラスやムサシ生徒会長がいたら悶絶ものだろう。


「ちっ、なににやにやして見てんだ、イリスてめぇ。士道不覚悟でぶった斬るぞ!」


「ひ、ひどい!!」


 急に矛先が来た。ただ、土方さんも少し顔を赤らめていたから、もしかして照れ隠しなのかもしれない。

 そう思うと、鬼の副長も人間だったんだなとちょっとほっこり。


「嬉しい。本当に嬉しい言葉だ。この漆黒に包まれたボクの闇を切り払うような光のしるべだ。でも……そうだったな。ボクは彼女らと共に行く。それがボクの誓いなんだ」


「お前がそう決めたなら俺が止める道理はねぇ」


「君とボクとは交わらぬ宿命さだめだったのかもしれないな」


「ああ。こんな血塗られた道をお前さんが進む必要はない」


 お互いに視線を外して無言で黙り込む。どこか気まずい空気が流れた。

 やれやれ。なんだかもどかしいな。こうなったら僕が仲介するしかないか。


「そういえば琴さん、ここにいる1カ月の間、暇だよね」


「ん……ああ、そうだが。いりすたちが学校に行く間は家を守らなければならない」


「けどずっと家にいるわけじゃないでしょ。少し気晴らしでもしに来たらどうかな? 土方さん、ここに道場とかない?」


 土方さんは急に振られ戸惑った様子も一瞬。


「あー、そうだな。じゃあ人手がたんねーから、暇な時に来い。確かお前、料理できたよな。あと腕がまだまだの連中がいる。そいつらを叩きのめして、戦い方を教えてやってくれ。ここにはまともに教えられる奴がいねぇから困ってたんだ。それで日当を出す。根本解決はできねぇだろうが、お前の無聊を解消しつつ、小銭程度は稼げるって寸法だ。悪くはねぇ、だろ?」


 少し照れ臭そうに言う土方さんが、なんか僕の知る彼とは違って新鮮。

 それに対して琴さんは少しはにかむようにして、


「それなら。ぜひお願いするよ」


 今まで見たことのないような、晴れやかな笑顔をする琴さんは、格好良さの中にある可憐さも相まって、何よりも美しいものに見えた。

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