第32話 登校タイム
結局昨日は遅くまで実家でどんちゃん騒ぎだった。
久しぶりに酒を飲みたかったけど、断固断られた。悲しい。
成人済みの大人3人は速攻で出来上がって、
『軍事費をあげろ、足りないなら税金をあげろだ!? 簡単に言いやがって! インジュイン家がなんぼのもんじゃーい!』
『あははー! あたしもあのおっさん、無理! なんであんなのが総司令官やってんのー?』
『ぐははー! いいぞ2人とも! そうだ! 武門の名家などと言って、戦場に出たことのない素人なんぞ追い出してやれ!』
なんというか、これがこの国の上層部にいる人たちか、と思うと頭が痛くなりそうだ。
話を聞いていてなんとなく理解したのは、インジュイン家というのはグーシィン家と敵対している一族で、このイース国の代々の重臣だという。
グーシィン家が財政、インジュイン家が軍事を担うことで国が回っているのだが、どうやら武官と文官の仲が悪いのはどの世界でも同じらしい。お互いに嫌いあって、足の引っ張り合いが定常化しているという。
たいてい、歴史ものとかで滅ぶのってこういうのだよね。
春秋戦国時代の藺相如と廉頗みたいに、お互い大人になれないと簡単に滅ぶからなぁ。
大人3人の乱痴気騒ぎを傍目にしながら、この国、もとい自分の寿命について考えると嘆息しか出ない。
財政は逼迫、周囲を4国に固められ、国都の防備は貧弱。さらに国の重臣がお互いを嫌いあってるとか。
大三元字一色四暗刻単騎の四倍役満だよ。見事に詰んでるね。どうしよう。
『てかさ! あの後だよ! あの馬鹿太守に報告に行ったら、総司令官がイリリを連れてこいって言われて。そんで、なんて言ったと思う? 「これがあの暴力娘か。ふん、貧相なのは頭だけじゃなく体もか」だって!!』
『なに!? イリスにそんなことを!? イリスは世界一可愛いだろ!』
『許せん……娘にそんな暴言を吐くなど! よろしい! ならば戦争だ!』
『よし! あのインジュインの馬鹿殿の首をねじきってこよう!』
…………本当にどうしよう(この家族)。
もちろん酒の席での話だろうけど、本当に頭が痛くなってきた。
というか本当に痛い。
ただそれはうちの家族についてじゃない。
夜が明けて、自分が実際に直面している問題だ。
かれこれ10分ほど、前の自分のとは比べ物にならないほどの広さと豪華さを持つ自室のベッドの前で頭を悩ませている問題。
それは――
「お嬢様、お着替えは終わりましたでしょうか」
ノックする音が聞こえ、そんな声も聞こえた。
この家に仕えるメイドだ。聞こえたくなかった。
そう、着替えだ。
それが今、自分を悩ませている問題で、というのも昨夜に父親からこう言われたのだ。
『大変だったのは分かっているが、お前の休学申請はすでに終わっている。ザウスの風土を学ぶというていで行ったのだがな。だから明日からはきちんと学校に行きなさい』
あんだけすちゃらかな醜態を見せていたのに、急に厳格な父親の顔でそう告げてきたのは卑怯だろ。
てか死にそうになったのにすぐ学校行けって、どんな父親だよ。これが乱世なのか。
学校か。
全力で行きたくないな。
だってもう卒業して十年以上が経っているわけで。いまさら何を学ぶっていうんだ。それにこの世代の子が何を考えてるか分からない。いや、そもそも世界が違うのだから勉強も同級生も何もかも違うのかもしれない。
友達なんて1人もいないし、顔見知りレベルも存在しない。勉強もどんなものか分からないし、めんどくさいの3乗だ。
けど、ここで変な態度を見せると怪しまれかねない。
だからしぶしぶながらも了承すると、
『……いいのか? いつもなら『めんどくさ』とか『うっさい、クソ親父』とか言ってくれたのに。それに始業式の次の日だったな。うるさいのがいるとか言って、早退して3日くらい学校を休んだこともあったが……』
くそ、駄々こねてよかったのか!
……っていうかそんなことを言う娘も娘だけど、言ってくれたってなんだ。罵倒されて喜んでるんじゃない変態親父。
てか始業式の後、3日もサボったとかどんだけワイルドだよ、イリスちゃん。
というわけで仕方なくの登校ということになるんだけど。
ここで大きな関門。
そう、制服だ。
濃い赤を基調としたシンプルなデザインの制服。
正直、学生服なんて10年以上ご無沙汰なわけで、今それを着るなんてコスプレ以外の何物でもなく。
いや、最低限、100歩ゆずってそこはまだいい。
問題は下。
そう、スカート。
あろうことか、スカート。
それもそうだ。だって僕は今、女の子なんだ。
だから制服は女子のものが自然。
だけど……だけど、なんかこれを履いてしまうと、男として何かが終わってしまうようなそんな気分。
いや、今はそんな男だとか女だとか気にしない! 男女平等! 男だってスカートを履く時代! イギリスでは男もスカートを履く文化があるんだ! ユニセックス万歳!
「とはならないよなぁ……」
ならないんだよ。一線越えるってのはさ!
それより上は着たものの、下は丸出しの下着姿で悶々としていると、なんか変態みたいだ。
と、そこへ、
「あ、タヒラお嬢様。今はイリス様が……」
「いいからいいから!」
廊下が騒がしくなったかと思うと、ガチャっという音と共に扉が開き、
「イリリ。準備できたー? 今日は非番だからね、お姉さんが一緒に登校――って、なんじゃこりゃー!」
勝手に部屋に入ってきたと思ったら、口を大きく開けたまま固まった姉。
その視線が僕と合い、それから下に下がって、そしてまた上にきて、そして下に。そこのある部分で止まる。
なにが――って、しまった!
急に羞恥心がこみあげてくる。
こんな姿を姉とはいえ異性――いや、今は同性だけれど、見られるのはなんとも恥ずかしい。
慌てて制服の裾で隠そうとするも丈が足りない。
何か! 何か履くもの!
と、すぐ近くにあった布を掴むと思い切って跳躍。そのまま、布に足を通して腰回りに装着! 完了! 完璧!
「……あ」
履いちゃった。
とっさとはいえ、急場しのぎとはいえ、それでもスカートを履いてしまったという事実は覆らない。
屈辱だ。いや、もうこれは受け入れるしかないのか。今の自分は女子。だから女子に……って言われてなれたら苦労はしないっての!
そんな煩悶とした様子を、両手で口元を隠しながらも、なぜか鼻血を出して、熱のこもった視線を向けてくる姉は、
「もしかして誘ってる? 上を着て、下は履いてないとか……お姉さん、ちょっと新しい扉開いちゃったかも」
「開いちゃったかもじゃない!」
さらに手近にあった枕を姉と称する変態にぶん投げる。左手はスカートが落ちないよう支えてたので、右手だけで。
もちろんそこは武闘に自信のある姉のこと。顔面に直撃を避けた――と思いきや全力でぶつかって、両手で受け止められた。
「あぁ、イリリのにほい……」
「この変態姉貴!」