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第58話 サバイバル

「ふっざけんじゃないわよ!!」


 カタリアの怒りが爆発した。

 これまでずっとぶすぶすと壊れた機械みたいにぼうっとしていたのが、突然復活したのだ。


 あれから、ザカウさんが去って緊急の対策会議が開かれた。


 それも当然。特別派遣研修生といってもビジター。招かれる側だ。最低限の保証はあるものだと思っていた。

 まさか1か月もかけて死ぬ思いでたどり着いたにもかかわらず、炊事、掃除、洗濯、すべて自己負担でやるとは思ってもみなかったのだ。


 しかも右も左も分からない場所で放り出されたのが辛い。

 ムサシ生徒会長が昔、ここにいたというが、


「すまないが、ほんの子供の時代だ。そもそもこの移り変わりの帝都、1年もすれば街並みはガラッと変わってしまうのだから、私の記憶は頼りにならないよ」


 ということで、そこすらも手探り。


 いやそれ以上に取り急ぎの問題は何より、


「手持ちは30万ゼリ(約45万円)。これで8人が1か月生活するのか……」


 カーター先生が愕然としたようにつぶやく。


 そう、この圧倒的な資金不足。

 そもそもが多額のお金を持ってきたわけではない。本来ならもっと早くここまでたどり着いてきたわけだし、こちらの生活は世話してくれるという先方の好意を受け取ってここまで来た。それを含めての献上品という意味もあったわけで。

 いや、仮に多くを持ってきたとしてもあの梁山泊での一件ですべて没収されてしまったわけで、今あるお金は僕が梁山泊で重傷を負った時に保護してくれたホーシャンさんから借りたもの。


 だからここには必要最低限の残金しか所持しておらず、さらに言えば帰りの宿泊や食料代を考えると圧倒的に足りなかったりする。

 いや、仮に食費を切り詰めたとしても大きな問題がある。それは家具。このボロ屋なのは外だけでもなく中もで、家具が1つもない。洗濯機、冷蔵庫……は元から存在しないか。ベッドや燭台、お風呂もといシャワーに使うタライ、洗濯機はないにせよ洗濯に必要な石鹸やこれもまたタライなど。さらには僕らの服や下着などなど。


 そんなわけで、諸々の費用の問題をどうすべきかが喫緊きっきんの課題の1つとなった。


 そしてもう1つの問題が。


「ふっざけんじゃないわよ!!」


 カタリア様のご機嫌斜め――というか激怒大噴火問題。冒頭のこれになるわけだ。


「なんですの! あの態度は! 執事の分際で生意気な! 太守様とグーシィンはともかく置いておいても、わたくしの父上を侮辱するなど……許せません! 断罪に、いえ、万死に値します!」


 ともかく置くな。しれっと僕の家族もディスってるんじゃない。


「しかも走って1時間ってどういうことですの! 毎日1時間走って登校しろと!? てかなんで上級区画ノーブルエリアの“東門”から入って、皇帝区画インペリアルエリアの“西門”にある場所にいかなければなりませんの! それなら上級区画ノーブルエリアの西門に泊まらせればいいものを!」


 ああ、やっぱりカタリアも気づいたか。一瞬耳を疑ったけど、どうやら勘違いじゃなかったみたいだ。本当に意地が悪いというかなんというか。

 そこまでして僕らをいじめたいのか。一体どんな奴がと思うけど、多分カタリアみたいな感じだろうなぁ。


「カタリア、それが“いじめ”ってやつだよ。お前は知らないのかもしれないけど」


「それくらい知っていますわ! ソフォス学園にはそんなものなかったから気づくのが遅れただけです!」


 おーおー、どの口が言う。


「無駄ですわ、イリスさん。あれはカタリア様の趣味ですから」


「そーそー、イリスっち。いじめなんて発想があのお嬢にあると思う?」


「ユーン、サン…………てことはお前らはちゃんとそういう認識があったってことだよな?」


「さてと、それでは今日の食材を買って来ますね」


「自分は寝床の工夫でもしますかねー。とりあえずお嬢がキレない程度には」


「答えろよ……」


 まぁもう今更だからいいけど。

 でもいじめ、格好悪い!


「とにかく、資金の面をどうにかしないと、明日からは極貧生活になる。いや、それでは済まないかもしれない以上、どこかで働いて稼がないといけないかも」


 僕が言うと周囲がざわめいた。


「働く? どこで? 誰が? 何を?」


「私、知ってるよカタリアちゃん! お父さんの肩をぽんぽんって叩けばお金もらえるんだよね!」


 あー、だめだ。そうかこいつら、お嬢様だ。働いてお金を稼ぐって概念がない。

 かくいう僕もそんなにバイト歴があるわけじゃないし、正直接客業とか苦手すぎる。


「なるほど、そういうことか。夜の町で金持ちを誘惑して金をせびろうって奴だな!」


 ムサシ生徒会長は黙っとれ。本当にお前、頭いいのか? てか女の子がそういうことを言うんじゃありません!


 それからは喧々諤々の議論になった。

 その中で一番勢力が大きいのが、


「こうなったらその大将軍とやらに直談判に行きましょう! なに、わたくしたちのことを知ってもらえれば相手も態度を変えるはず!」


 というカタリアの強行意見だった。ただのノイジーマイノリティーなだけなのかもしれないけど。てかどこからそんな自信が出てくるんだよ。


 だが、それは闖入者によって遮られた。


「いや、それはやめといた方がいいっすよ」


「小太郎……なんてとこから入って来るんだよ」


 立てつけの悪い窓がいきなり開いたと思ったら小太郎が入って来た。


「まー、忍ですから」


「答えになってない……って、何がやめといた方がいいって?」


「あのザカウっての、調べてきたんすけど」


 ああ、昨夜確かにそう話したけど。


「まさかもう探り当てたのか?」


「ま、風魔ならお手の物……というのもあれっすが、まぁ有名人らしいすからね」


「執事が?」


「いえ、その上っす」


「それって、例の大将軍?」


「ですね。“まくべす”大将軍。その父は軍部の高官で祖父も同じ大将軍。はっきり言って代々この国の代表みたいなものっすね。皇帝の次に人気があるとか。早雲公に氏綱公、そしてお屋形様と続く北条家みたいなものっす」


 それは……すごいな。代々、この国の軍部を牛耳っている家系ってことか。


「家も見てきましたけど、正直半端ないです。あの警備とか、軍がいるみたいなもんで遠目からヤバかったすけど、何よりうちらと同じような忍を飼ってると思います。ある程度近づこうとすると、急に何者かに見張られているような視線を感じてそれ以上はいけなくなってます」


「え? 見てきたって、家を? 上流区画ノーブルエリアに入ったの?」


「風魔っすから」


 それですべて解決するのか……?


「けど、コタローさん? だからこそ直談判が効くんじゃなくて?」


「えっと、かたりあ、さんっすか。すみません、ちょっとこの国の人は名前が覚えづらく。それがダメっすね。あの大将軍、それだけの権威を誇ってるんすが、それが生粋の国粋主義で『帝国人にあらずんば人にあらず』なんて平家みたいなこと平気で言ってるっぽいす。以前、他国の人間が陳情に行ったところ、何も聞かぬまま一刀のもとに切り捨てられたって話があるから、行ったら殺されますよ?」


 マジかよ、何時代だよ。


「それでも帝国人には人気高いみたいで、その陳情事件も他国人の方が悪いってことになって、その国は正式に皇帝に謝罪に来たって話っす。え、てかなんでそんな話になってるんです? てかこの家は何? 皆さんの隠れ家とかなにか? はやく宿に行った方がよくないです?」


 これは……なかなかにマズいな。

 てかよくこれで他国の生徒を受け入れる気になったな。


 いや、違うのか。こうやって格差をはっきりとさせて、二度とたてつかないようにするという外交テクニックってことか。やってくれる。


 とはいえそれで何かが解決するわけではない。とりあえずカタリアの案は安全面から先生が猛反対してボツになった。

 次点としてあるのは、誰か伝手を辿って金を借りるということ。ただそれも伝手ってなんだって話だし、成功確率も低いから正直打つ手なしなんだけど。


 そこで、それまでじっと黙っていた琴さんが口を開いた。


「分かった。金策はボクがなんとかしよう」


「琴さん?」


「護衛としてついてきたが、ここまでそう役に立てていないし、それに皆が学業に集中している間、暇だからね。少しでもみんなの役に立ちたい」


「いいでしょう、あなたに託しますわ、治安維持部隊長さま」


 カタリア、お前は何様だよ。


 けど、反対できないのは琴さんがそう言ってくれるのは嬉しいと思ってしまったわけで。

 これで一応の方針は定まった。急場しのぎでしかないけど。


 だから明日からの土日、あとなぜか来るなと言われた月曜日を使ってお金になりそうなものを探しつつ帝都散策ということで解散となった。


 その日はベッドも何もないから、男女に別れて床にタオルを敷いての雑魚寝だったけど。


 はぁ、やっと帝都についたと思ったのに。これは先が思いやられるな。


 そう思いつつも、色々あって疲れたことと、帝都に着いた安心感から僕はすぐに寝てしまった。

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