第56話 帝国の鎧
アカシャ帝国の中枢、帝都その名も同じくアカシャ。
それはまさに山だった。
外周を大きな城壁で囲い込むようにしており、全体的に円形を形成している。それが中心に向かうにつれて段々になっており、それが山に見えるのだ。
「ふわぁぁ……おっきいねぇ」
馬車の中。窓から身を乗り出すようにしてラスが感嘆をあげる。
僕も顔をのぞかせて見て、その迫力に圧倒される。東京タワーとかスカイツリーとか見てきた僕だけど、高さはさるものこの広さは見たことがない。
「直系3キロの都市を囲む城壁は23メートルあるらしい。イース国のざっと7倍だな。建国から今までにあって、一度も陥とされたことのない鉄壁の城壁だというぞ」
同乗しているカーター先生の解説によると、高層ビル約8階分ってことか。えっと、円周が確か、直径×円周率だったか? ということは9キロほどの壁がぐるりとあることを考えるととんでもないものだ。
「ザカウさんが言ってましたね、帝都アカシャは3つの区画から成るって。それってあの段々になってるのと関係あるんですか?」
ぐるりと城壁が囲む中に、もう2段ほど段差がある。3段重ねのウェディングケーキを思い浮かべれば分かりやすいだろう。
「そうだ、イリス・グーシィン。一番外側が一般区画。文字通り一般都民が住む場所だな。俺たち外国から来た人の宿泊施設や出張店舗なんてものもここに集まっている」
「ふん、帝都に住むというだけで自分が偉くなったと錯覚して、他国人を傷つけるしかできない愚か者の集まりだよ」
カーター先生の横に座るムサシ生徒会長が吐き捨てるように言う。
「一般区画の中に行ったところにある一団高い区画が上級区画。こちらは帝国貴族様が住まうエリアだな。そう簡単に誰でも入れるところじゃないが、俺たちはそこのウトリア帝国学園に用があるわけだからな。おそらく寝泊りはそこになるだろう」
「自分たちの世界に引きこもって、閉じた世界で満足している愚者たちの集まりさ。なんで自分たちが何もせずとも生活できているかも知らない知ろうとしないどうしようもない連中」
「そして最後。一番中央にどでかくそびえたつのが皇帝区画。これも文字通り、皇帝陛下のおわす宮殿のある場所で、他には主に帝室に連なる方々がお住まいになっている。ま、さすがにここには俺たちは入れないだろうな」
「時代の変化に乗り遅れた生きた化石どもが、かつての栄華を諦めきれずにうごめく伏魔殿さ。イリスくんやラスくんみたいな可憐な少女が行っていい場所じゃない」
なるほど。帝都の構造はよく分かった。
けど――
「生徒会長、帝都にいたことあるんです?」
「……そんなことはないさ」
「いやいや、それにしては詳しすぎますって。それに恩讐の方も結構」
「…………昔に一時期ね」
そうつぶやいたものの、ムサシ生徒会長はそれ以上は語るつもりはないようだ。
ちらと先生を見る。知っているのか、と目で訴えかけるが返って来たのは首を振る否定のポーズだった。
「ちなみに先生が詳しいのは、もちろん予習してきたからで――」
「あ、先生が帝都なんかに行ったことないのは知ってるのでいいです」
「……食い気味に否定しなくてもいいじゃないか」
なんかめんどくさい自慢話(主に僕に対して)が続きそうだったので打ち切りたかったんだよ。
「それにしても、すごいねぇ。こんな見渡しのいい中にあんなドッカンって感じであるんだもん。道も平らで馬車も走りやすいみたいだし。うちもこうなるといいね!」
「ああ、そうだ。ラス・ハロール。帝都には城門が東西南北に4つあってそれぞれ舗装された大型の道路が伸びている。北が今、俺たちが使っているイェロ河に続く道。南は近隣の街並みが続き険しい山脈を越えればデュエン国に出る。東はこれまで滞在していたツァン国に出るし、西はイェロ河ほどではないが河を挟んで西の大国ゼドラ国に続くんだ。それぞれこれぞまさに天下の中心といったところだな」
無邪気にはしゃぐラスに、先生が補足している。
確かに立地はいい。そして権威と流通の象徴とも言える帝都なのだが、正直あまりよろしくないと思った。
それは別に僕がイース国の重臣の娘なのに、一般区画の人にも下に見られるのかという思い(もちょっとあるけど)ではなく、防衛拠点として、明らかに脆弱だという点だ。
まず見渡しが良すぎる。
ツァン国でも、多少なりとも起伏があったり森が点在したりしていたが、こちらはほぼ何もない平地。まだ北側だけしか見ていないけど、他も似たり寄ったりとのこと。
見渡しが良ければ敵を発見しやすいので奇襲を受けづらく、身を隠すところがないから遠距離攻撃が有効で、伏兵の置き場所なども難しいという利点がある。けどそれは敵にも言えること。むしろ敵の方が恩恵を受けやすい。
迎撃戦では攻城戦に入る前にいかに敵を削れるかが勝負なのに、これでは建物や茂みを使ったゲリラ戦ができない。いきなり真正面からの決戦をしなければいけないのだ。
そういった点をツァン国は周囲に砦群を築いてカヴァーしていたけど、ここにはそういったものはない。それが1つ目の弱点。
そしてこの巨大な城壁。
圧倒的な高さで敵を威圧できるのは確かだが、あまりに高すぎる。高いということは逆に言えば防衛しづらいということ。城壁から攻撃しようにも真下に弓や鉄砲を撃つなんてことはできないのだ。だから敵からすれば、城壁にたどり着けば逆に安全ということになる(もちろん石とかを落とせば効果的だが、そもそも石を20メートルも運ぶのが大変だ)。
途中に挟間(城壁の途中に穴を開けて、そこから弓鉄砲を撃てるようにする場所)があるわけでもなく、ただ物理的に高いというだけで高い防衛力を持っているとは言い難い。
さらにこの巨大な都市というのが厄介だ。
小田原城みたく、中に田畑や牧場といった生産施設を持つ総構えの構造ではない以上、長期戦に圧倒的に弱い。
もちろんこんな巨城を完全包囲するのは10万いや20万の大軍が必要だろう。けど補給路を断つという包囲の仕方なら数万でも十分だ。
要は4つの城門から続く公道に砦を築き、帝都に入る物資を止める。平地なのだから公道以外からも物資を運ぶことはできるが、整備されていない悪道をひたすら行くことになる。それらは1千ほどの騎馬隊をいくつか巡回させるだけで簡単に補足できる。
そうなれば100万単位の人を飲み込む巨大都市だ。兵糧攻めにあえばすぐに飢える。
「――イリスちゃん!」
肩を叩かれ、ハッとした。
見ればラス、ムサシ生徒会長、カーター先生がこちらをまじまじと見ている。
え? なに? もしかして何か僕、やっちゃってた?
「イリスくん、君はやはりすごいな。一目見てそれだけ考えられるのか……」
ムサシ生徒会長が関心したように言う。褒めてくれるのはありがたいけど、何かしたっけか。
いや、まさか――
「もしかして、声に出てた?」
「うん、ものすごく。ちょっと怖かった」
ショックだった。それはラスに怖かったと言われたことじゃなく、独り言を聞かれたという方。
それにこの3人に聞かれていたということは……。
「ははは、辺境産にしてはなかなか鋭い考察をなさるお人ですなぁ」
頼むから聞こえてくれるなと願った人がしっかり聞いていた。
馬に鞭をくれる御者として前に座っていたザカウさんだ。このある意味帝国ディスりとも言える内容を、帝国至上主義とも言える人が聞けば、どんな痛烈な言葉が返ってくるか。今も若干ディスってきたし。
「しかし安心されよ。この帝都を襲うなどという不埒者は周辺諸国含めありえません。それこそ天に唾するようなものですから。さらに我が軍は野戦にして最強の帝国軍。お嬢さんの言うことはすべて机上の空論、むなしい戦いの素人の妄言と言っておきましょう」
ホッと安心した。それは帝都が安全というより、この程度の返しで済んだということに。
そして同時に恐怖した。
帝都の人がその程度の認識だということに。
かつては全国を完全統治する絶対帝国だったから、この帝都が攻められることなんてこれまでなかったのだろう。だがそれが今後もそうとは限らない。
現にツァン国宰相の高師直から西のゼドラ国が侵攻を計画中という話が出ている。それを帝都に比べて離れたツァン国が知って、当事者の帝国が知らないというのはどういうことか。
いや、一般都民が知れば大変なことになるからとはいえ、このザカウさんは明らかに上流階級に仕える人間。それをこうも無関心や楽観的でいいのか、と思う。
織田信長の安土城も、防備が皆無に等しい平城と言われているが、それは周辺諸国が版図になっており、安土城が攻められることがないためという側面があってこそだ。
今、この帝都が同じ状況だとは、少なくとも僕は思えない。
とはいえここでザカウさんとディベートしても意味はないし、せっかく案内してくれている人を不快にさせる必要もない。
「なるほど、十分に分かりました。失礼しました」
「いえいえ。世界の中心たる豪華絢爛な帝都に来て不安に思う気持ちがそうさせたのでしょうから。それに素直に謝ることができるというのは素晴らしいことです。さすがはアカシャ帝国建国の忠臣が治めた国の子女ですね。さ、その帝都がいよいよですぞ」
ただ、この上から目線はやめてほしいなぁと切に願う次第だった。
9/29 読み文字に誤記がありましたので修正しました。




