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第55話 ピープ・ピーパー・ピーペスト

「あなたは! 一体! どこで! なにを! していたの! ですか!」


 ホテルに戻って早々、カタリアの雷が落ちた。


「まったく。わたくしはどうでもいいですが、先生がたに迷惑をかけて恥ずかしいと思いませんの?」


「といいつつ、カタリア様はしっかり捜索の指揮を取ってましたからねぇ」


「そうそう。自分では絶対に行かないけど、5分に1度は状況を聞きに来てめんどくさかったっすわ」


「ち、違いますわ! それはあなたたちのやり方がつたなすぎたのを見ていられなくてしただけですわ! それに事件が起きてしまえば、この一団を統括するわたくしの評価が下がってしまいますから!」


「へーーーー、なるほどなーーーー」


「なにをニヤニヤしているんですの、イリス・グーシィン!! ええい、ユーンとサンもうっとおしいですわ!」


 本当に素直じゃないというかなんというか。


「ガダリアぢゃぁん! ごべんねぇ! わだじがわるがっだのぉ!!」


「ちょっと! ラス・ハロール! うっとおしいから抱き着かない! 顔を拭きなさい、顔を! ああ、鼻水がわたくしのパジャマに!!」


 やれやれ。とりあえずこれでカタリアのめんどくさい小言が終わってくれたわけで。


 ただそれで終わりじゃなく、上級生のムサシ生徒会長と引率のカーター先生からもありがたいお叱りを受ける羽目にはなった。とはいえ今回は全面的に僕らが悪いので、それを黙って受け入れるしかないんだけど。


「イリス・グーシィン。俺としてはこんなことはしたくないが、責任者としてここは心を鬼にして叱るぞ。いいな? …………くぅ、そんな見つめないでくれ。そんな真剣なまなざしをされても、俺としても心の準備ができていないんだ。え? もちろん誓いのキッスだろ? 大丈夫だ、分かってる。正直、俺はお前のことは心配してなかった。お前なら何があろうと無事に俺の元に戻ってくると信じていたわけだからな。ただ、そうだな。今度からは俺だけには言ってくれないか。俺はお前と秘密を共有することで、一体となって絆を感じられる――」


「ふふ、まさかラスくんと恋の逃避行とはね。え、違うのかい? そうか、つまり未遂ということか! ならすぐに私の部屋に来るといい。火照った体を静めるのは、肌を重ね合わせるのが一番だ! ラスくんも一緒に、今晩どうかな?」


 ここにはまともな人間はいないのか!!!? こんなの受け入れられるか!!

 なんだかんだ僕らの身を案じてくれたカタリアが一番まともに思えるぞ。


 そんな小言なのかエンジン全開なのか良く分からない妄言を聞くこと10分。

 僕の思考はすでに別の方向へと飛んでいた。


 小言から解放されると、すぐに僕はホテルの入口へと向かう。ただし急いで、静かにだ。

 ただし入口から外に出ることはしない。ホテルの入り口から門の間には10メートル四方ほどの空間がある。小さな庭というべきか、短く刈りあげられた芝生にきちんと手入れされた木々が彩を与える憩いの場として提供されている。


 そこにある3人がけができる椅子に、2人が座っていた。


 どちらもこの世界にはそぐわない羽織を着た姿。

 中沢琴と土方歳三だ。


 僕は彼らの後ろに回り込むようにして、腰の高さくらいの木に身を隠しながら彼らの様子をうかがう。


 正直、怒られている間もずっと気になってた。


 この2人が出会った時、琴さんは見たことのないほど驚いた様子だったし、土方さんの困惑した顔をしていた。何かがあることを示すのに十分な反応だった。


 そう、つまり2人はできているのか。それが気になってしょうがなかった。

 はぁ、こういうとこ俗物っぽいよな、僕も。


「えへへ、やっぱりイリスちゃんも気になったんだね」


 すぐ横にラスがいた。驚いて声をあげそうになったのを必死にこらえた。


 はぁ、危なかった。


 てかこいつも気になってたのか。さっきはカタリアに対してわんわん泣いてたのに、もうケロッとしている。もしかして嘘泣きだったのか? 早く終わらせるための。だとしたらラス……策士だな。というか悪女だな。ああ、ラスの清純なイメージが……いや、今更か。


「ラヴの匂いがする」


 さらにムサシ生徒会長も来た。

 お前もかよ。てかなんだよ、ラヴの匂いって。


 でも叩き出すようなことはしない。音でバレるし、こういうのは皆で仲良くレッツ盗聴ピーピングだ。


 それから僕らは石のように動かずに神経を聴力に全集中させる。だが何も拾わない。誰も、何も声を発しない。

 それがどれだけ続いたのか。はぁ、とため息が聞こえた。


「じゃあ、俺は行くよ」


「ん……そうか」


 土方さんのどこかサバサバしたような口調に、琴さんもなんだか優し気な声で返す。


 おいおい、なんだよ。もう終わっちゃったのか。


「土方、殿……」


「あん?」


 よし、そうだ。琴さん、行け。


「土方殿は、まだ“あの時の約束”を覚えているだろうか?」


「…………ああ」


 約束? なんだ? かなり気になるワードだぞ。


「そうか。ボクとキミの魂の契約だ。それならボクが闇のとりことなることもこの世の摂理さだめなんだな」


 ちょっともうちょっとそこらへん詳しく!


「相変わらずだな、その喋り方。俺にゃ、よく分からんよ」


「いいのさ。言葉ではなく魂で繋がっている。それだけで十全にボクらの世界は回り続けるのさ」


「うん? まぁ、そうか。よくわからんが、お前さんがそれならそれでいい」


 苦笑する土方さんの言葉に僕もうんうんと頷く。やっぱり琴さんの言葉はよく分からないよな。良かった、僕だけが異常じゃなくて。


「さて、じゃあ俺は行くが。その前にだな」


「ああこの不調法者たちはどうする?」


「ま、そうなるだろうな」


 ん? 不調法者? なんだ? なんだか……嫌な、予感。軍神がささやく命の危機っぽい?


「というわけだ、いりす殿。それとらす殿と、武蔵むさし殿だったか? 覚悟を決められよ」


局中法度きょくちゅうはっと第6条、他人の内緒話を盗み聞きすること。てか“いの一番”の『士道に背くまじきこと』だ! そこに直れ、てめぇら!!」


「ばれてるぅ!!」


 てか他人の内緒話を盗み聞きすることってなに!? 勝手に局中法度増やすなし!


「よし、ラス! 逃げるぞ!」


「え、あ、うん!」


「まったく、いけないぞ君たち。生徒会長として私は止めようとしたのに、君らが無理やり引きずり込んで」


「しれっと人を売らないでくれますか、先輩っ!!」


 刀を抜いた(大人げない)土方さんから3人ともに逃げ出す。なんともしまらない感じだけど、この出会いが僕のアカシャ帝国滞在に大きな影響を与えたのだと、僕は後に知ることになる。

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