第41話 イリスVSカタリア
「おおおおお!」「すげぇ! 何騎か落とした!」「つか今の、ソルジュじゃね? はっ、ざまぁ!」
喚声が上がる。開始早々に敵を数騎落としたことに勝ちの空気をかぎ取ったのかもしれない。
半面、僕は軽く落胆していた。
避けられた。必殺の開幕の一撃が。
ただその思いとは裏腹に、笑みが浮かんでくる。さすがカタリアだ、と。そうでなくっちゃと。
僕の知ってるカタリアなら、今ので脱落なんてことはならないだろう。だからその通りの結果で嬉しかった。
ただそうなると違和感が強くなる。ツァン国軍総帥を受けようとしたカタリアと。
けどそれは今、考えることじゃない。
それほどに強力な敵となったカタリアをどう倒すか。それに集中すべきだ。
つかもうちょっと弓を練習しておけば良かったなぁとも思いつつ。
「騎馬が来る! 取り決め通り動いてください!」
兵たちが声をあげ、動き始める。その動きに迷いはない。
カタリアを仕留め損ねたけど、ソルジュという本来の重騎兵の部隊長を落としたみたいだし、何より皆が僕のことを認めてくれたらしく指示に従うようになってくれたのが大きい。
1千に固まっていた弓兵が一気に散会する。陣形を解いてただ散らばっただけじゃない。全員が全員、全速力で逃げ散ったのだ。
相手からすれば、ボーリングのピンのようにまとまった敵を一気にぶちのめそうと考えていたところ、ピンが勝手にばらばらと逃げ始めたようなものだ。一瞬、どこを狙えばいいか分からなくなる。
そこを狙う。
「撃てっ!!」
声をあげた。模擬戦のフィールド全体に伝わるはずはないが、それでもそれぞれが思い思いに相手に向かって矢を射る。とはいえ敵はゴリゴリに重装備で防御を固めた重騎兵だ。矢一本では落とせない。(僕はスキルを使ったわけだけど)
だから兵たちに伝えたのは集中砲火。近場にいる味方と連携して1騎を集中的に狙うこと。1本でもダメなら2本、2本でもダメなら3本。3本でもダメなら……100本当てれば、さすがの重騎兵もバランスを崩して落下する。重たい分、バランスを崩したら立て直すのに力がいるのだ。
突進してくる猛牛をさっとかわして刺す闘牛士や、インファイターを避けてパンチをあてるアウトボクサーのようなものと考えてくれればあながち間違いじゃない。
これが僕の考えた、重騎兵殺しの戦法。
といってもこれは重騎兵だからこそ通用した技。重騎兵は真正面への突破力はすごいが、鎧を着て馬の速度はかなり落ちている。さらにその重さによって急激な方向転換も難しい。
だから真正面以外の、たとえば横とか後ろへの攻撃は格段に難度が上がる。
難度が上がるということは、そこが弱点ということ。
ただこれが誰でもできるわけにはいかない。
さっきも感じた通り、重騎兵の突撃はまるでブルドーザーが突っ込んでくるようなものだ。それをギリギリまで逃げずに踏みとどまる胆力。そして何より、散会してから逃げる脚力が重要だ。
「ふぅ……」
大きくため息をつく。正直、最初が勝負だった。最初が失敗すれば、もうそこで終わり。蹂躙されて僕の敗けになった。
それが成功した。
それは大きな一歩だけど、ようやくこれでスタートラインに立てたということ。ここからが本当の勝負で、1つでもミスを犯せば即負けにつながる詰将棋みたいなものだ。
カタリアら重騎兵はフィールドを一直線に横切って、そこで方向転換をし始めた。こちらの奇襲が上手くいったといっても、減ったのは数騎。依然として相手の有利は揺るがない。
僕が手を挙げると、半数ほどの弓兵がこちらに集まり、もう片方が弓兵隊の元の隊長の元に集まる。
僕がやられて一番困るのが、重騎兵を分割してこちらを各個撃破されていくこと。それをやられたら本当にキツイ、いや、ゲームオーバーだ。
けどそれはないと考えている。
重騎兵はまとまってこそ破壊力を出す部隊。部隊を分けるなんて発想が元からないはず。そういった調練がなされていないのは、身内の弓兵隊に確認済み。
カタリアが率いることで部隊を割ることも考えたけど、それはすぐに棄却した。なんていっても僕らは部外者。それをいきなり別動隊を率いて挟撃なんて芸当、できるわけがない。特に騎馬隊なんてものは、人だけじゃなく馬の呼吸も合わせないといけないから、新米の指揮官にいきなりやれと言うのは無理な話。
さらに幸運なことに、重騎兵の隊長は開始早々に僕の弓矢で退場していた。だから相手に別動隊を指揮する人間がいないと考えていいだろう。
もちろん僕の弓兵隊の方も新米指揮官の立ち位置だ。
けどやることはいたってシンプル。合図と共に「僕のもとに集まれ」「散開しろ」「攻撃しろ」の3点だけを言い含めた。
それなら馬鹿でも分かるし、分からない馬鹿がいても犠牲はその馬鹿1人だけで済む。(幸い、そんな人はいなかったわけだけど)
それに開始早々の奇襲で僕の指揮に対する、兵たちの信用を勝ち取ったのは大きい。
これならあと数回の突撃をかわすだけでケリをつけられる。
そう思っていた時だ。
「あぁ……おい、嬢ちゃん。やばい。あれは。すっげぇやばい」
隣に来ていた兵がわななく。
ああ、なるほど。僕にも見えている。確かにヤバい。これ以上ないくらいに。
陽光に照らされた黒い鎧。それが横一列にならんでいる。1千、はいない。おそらく500を並べて2段に分けたか。
「き、来た!」
馬が走り出す。それはまるで巨大な黒い壁が猛スピードで突っ込んでくるように思えた。
カタリアが思い切ったのだ。
このまま突撃を続けても戦果はわずか。逆に翻弄されて犠牲が多いことを彼女は考えたに違いない。だからこの手。左右に長く伸びて、逃げ場をなくす。それで僕たちをぐるりと囲んで包囲殲滅しようというのだろう。
要は騎馬隊による鶴翼の陣といったところか。
これなら単純な命令だけで済むし、部隊を分けたわけじゃないからカタリアの指揮でも問題ない。
はっ。さすがカタリアだ。口だけじゃないのは知ってたけど、こんな縁もゆかりもない場所で、即座に対応してくるなんて。
本当。喋らなければ完璧なのになぁ。
「ど、どうするよ、嬢ちゃん! このままじゃ、俺たち……」
言いたいことは分かる。なら考えろ。この事態を逆転する方法。いや、思いついた。やれることは1つしかない。
鶴翼の陣に対抗するなら――
「全軍、こちらに集まってください!」
手を振り命じる。それで別れていた別動隊を呼び戻した。
「お、おい! これじゃあ余計に一網打尽だろう!?」
「はい。なのでこれから中央突破します」
「は、はぁ!? ふざけるなよ!? あの重騎兵に、突っ込むだって!? イカれてるのか!?」
「イカれても正気を……勝機を失ったわけでもないので安心して。僕が先頭で行きます」
「え?」
反応が返る前に走り出す。黒の壁、重騎兵の方へ。
馬群の織りなす蹄が大地を踏み鳴らす音が、僕の恐怖心を増大させていく。けど、その恐怖を振り払う。その先に、勝機がある。
「死ぬぞぉぉぉ、嬢ちゃんっ!!」
「死ぬもんか!」
走りながら弓。構える。タヒラ姉さんにしごかれた時にコツは教わった。そこに軍神の力を乗せれば、正鵠必中の武器になる。
「っ!!」
放つ。一直線に伸びた矢は、目の前から来る敵重騎兵を後方へと飛ばす。
もう一矢。近い。けど射る。もう1人が倒れた。
これで、わずかだけど穴が開いた。
「全軍、ここへ突っ込め!!」
喚声と共に弓隊が僕に続く。それを見て相手の陣形にも変化が起きた。
左右に広がった騎馬隊が角度を変えてこちらに向かって来るのだ。鶴翼の陣の真骨頂。僕らを包み込んでせん滅する気だ。
そうなる前に僕らがこの突破口を突き抜けられるか。時間との勝負になる。
弓を捨てた。もう乱戦となっては無意味。すぐに2列目の重騎兵が来る。
落馬した騎兵。その持っていた稽古用の棒を奪う。
そのまま2列目の敵に向かおうとして、
「イリス・グーシィン!!」
「カタリア!!」
カタリアがいた。目の前。鎧は来ていないが、武装された馬に乗って、左手に手綱、右手に振り上げた訓練用の棒。振り下ろしてきた。
「くっ!!」
当たれば僕も脱落、というか負けだ。咄嗟に拾った棒を突き上げてカタリアの一撃を防ぐ。
重い。
馬上からの打ち下ろしというのもあるけど、間違いなく僕を負かそうとする執念が読み取れた一撃。
接触は一瞬。カタリアの馬はすぐに背後へと抜けていった。
それは同時に、敵の構えを突破したことと同義。
「皆は!?」
振り返る。そこには虚脱してへたり込む者や、棒で打たれて倒れる者などまさに死屍累々。
その後方には重騎兵がいるが、叩き落されて馬が立ち尽くしているのは数十騎といったところか。
その犠牲の差に唖然とする間もなく、僕とカタリアの決戦は決着へと向けてのカウントダウンを刻み始めた。