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第30話 帰宅の挨拶

 出発から2日後の朝。ようやく国都に到着した。

 国都というのは、山を背後にした城塞みたいな恰好の都市だった。

 石組みの城壁は3メートルほどあり、石造りの建物が並ぶさまは壮観ではあったけど、ザウスの国都と比べると小都市と言って過言ではないほどに狭かった。


 こんな無防備でいいのか、と思っているとタヒラ姉さんは、


「ま、元は東のトント、北のノスル、西のウェルス、南のザウスがまとまってイース国だったからね。そこまで防備は要らなかったって話」


 とてつもなく重要な話を聞いた気がした。

 要はもとは大きな国だったのが分裂して、今は中央にある小国になってしまったってことか。趙、韓、魏に分かれた晋かよ。


 え? てかヤバくない?

 つまり周り敵だらけで、こっちは鉄鋼業が頼みの弱小国。

 田畑も狭く、人口(つまり兵力)もそこまで多くない。


 確か、国が亡んだら即死亡とか言ってたよな、あの死神。


 ヤバいヤバいヤバい。マジで滅亡5秒前のアラートだ。早まった。やっちまった。あれほど初期位置は大事だって言ったのに。


 いや、待て待て。慌てるな。これは孔明の罠だ。まだ慌てる時間じゃない。

 あの最弱大名・小田氏治おだうじはるだって、生きながらえたんだ。

 まさかこの世界に北条氏康とか上杉謙信とか佐竹義重とかいるわけないし。何よりここにはキズバールの英雄とかいうタヒラ姉さんがいるんだ。配下に有名武将がいない氏治よりはマシだろう。


 ……そう無理やり鼓舞してみたけど、現実世界でハードモードはきついって。


 というわけで、様々な知識を(大部分は気の滅入るようなものだったが)手に入れた僕は、ついに国都に入った。


「おぉ……」


 思わず声をあげた。


 重厚そうな門をくぐり、一歩中に入って感じたのは、広い、だ。

 周囲を壁に囲まれているものの、空は高く、遠くまで建物が見渡せる。どうやら山城のようになっていて、狭い敷地を段差を生かした都市。

 それで想像していたより家屋が多く、広いという感想を生んだのかもしれない。


 少し歩けば、それは錯覚でなかったことに気づく。

 道行く人々は活気に満ちていて、笑顔でショッピングをしている親子連れや、金で作られているらしいアクセサリー進める商人、荷物を運んだ馬車を必死に通そうとしている運送者など、様々な人の顔が見える。

 ところどころに鎧を着て槍を持った兵がいるため治安も良いのか、未舗装で土とはいえ道は綺麗だし、言い争う声も聞こえない。


 思えば中世のころの文明レベルだとして、そのころの人間は誰もが貧困にあえぎ、上流階級のみが贅沢をしていた印象がある。

 けどこうしてみると、それは間違いだったのかもしれない。それなりに豊かで、それなりに幸せで、それなりに謳歌しているんだと実感する。

 もちろんここがすべてではないし、一歩外に出れば痩せた土地にしがみつく農民の人たちが目につくわけだし。


 そんな感想を抱いていると、横にいたタヒラ姉さんの馬がドンっと突っかかってきて、


「なにぼさっとしてるのイリリ。さっさと行くわよ」


 促されて、ハッとしたように馬を進めた。


 そうか、ここは彼女が生まれ育った場所。自分にとっては当たり前の光景だったのか。


 あまり不審な言動をしないようにと思ったけど、どうやら自分にそういう才能はなさそうだ。

 できるだけ、努力していこう。


 タヒラ姉さんとその部下の後について、王都の奥へ進んでいく。

 トウヨやカミュ、その他の人たちは入り口で別れた。

 トウヨたちは国都にある叔父の家から迎えが来るようだし、他の人たちは事情聴取と彼らが落ち着く場所を定めるために、一か所に待機してもらう必要があるということだ。


 そしてタヒラ姉さんの部下も途中で別れる。

 ここから先は太守のいる政庁だ。一般の人には入れない領域となる。


 太守たいしゅ


 いいね、なんか三国志してきた。


 ちらっとかじった感じだと、この世界に国家は1つしかない。北西にあるアカシャ帝国という国だ。

 そのアカシャ帝国が、群雄割拠した国を滅ぼして全国統一したのだという。


 けどこの広大な大陸を帝国だけで管理運用するのは不都合だということで、各地(旧国家があった地域)に役人を派遣した。

 その役人が土着の豪族らと結びつき、1つの地域を支配する太守となったわけだ。


 要は日本国に対する県、その県知事が太守と思えばいい。

 戦国時代だったら、日本国にある武蔵国とかのイメージが近しいかも。


 つまり国王ではなく、中央から派遣された役人というのが太守。

 その太守の補佐役である大臣の娘で、事の当事者だからこそ、僕らはその太守のいる建物に入れるのだった。


 政庁というのだから、そりゃ立派であるべきだろうけど、豪華なわけでもなく高さを誇るわけでもない。

 それなのに妙に威圧感を感じるのは、そこに住む人々の強力な意志が周囲に影響しているのだろう。

 昔から国の中枢は魑魅魍魎ちみもうりょうの住む伏魔殿パンデモニウムって言われるからなぁ。


 なんとなく気後れしながらも、何も感じた様子のないタヒラ姉さんの後ろについて入っていく。

 政庁の門を守る兵隊さんも、タヒラ姉さんの姿を見ただけでビシッと背筋を伸ばして敬意を払ってくる。

 その付属品でしかない僕も、なんだか偉くなったような気分だ。


 門で馬を預けて、それからは歩き。

 長い廊下を進んでいく。陽が沈み始めた時間だ、電気がないから薄暗い。廊下のところどころにランプがあるそうだが、まだ点いていなかった。


 そんな廊下を、タヒラ姉さんはすいすいと進み、曲がり、途中にある扉にも目をくれず、どんどん先に進んでいく。

 僕はそれに遅れまいとなんとかついていくが。


「あれ、ここはいいの?」


 明らかに偉い人がいそうな中央の大きな扉。

 普通、こういうのって太守に報告とかするんじゃないの?


「いいの。まずはパパに報告」


 パパ……って、うちのパパか!?


 まずい、心の準備が。

 帰って来たからには必ず対面があるとは分かっていても、やっぱり緊張する。


 そんな僕の心境を知らずして、タヒラ姉さんは1つの左右開きの木製の扉の前に立つと、小さく3回ノックする。


「父上、只今戻りました」


 これまでと打って変わって真剣な表情と口調で帰還の報告をするタヒラ姉さん。


「入れ」


 部屋の中から、答えが来た。

 見知らぬ肉親との出会い。それが一体、僕に何をもたらすのか。

 正直、胸中は不安でいっぱいだった。

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