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第40話 正と奇

「ったく、くそついてねぇ。なんで俺たちがこんなことやらなきゃいけねぇんだよ」


 集まった弓隊の兵の1人が吐き捨てる。


 うわーい。出会って早々、本人の目の前で悪態つくとか。この国の教育はステキだね。


 ただそれも分からないでもない。しんどい練兵を終え、ようやく解散かと思いきや、太守の気まぐれで小娘、しかもツァン国には縁もゆかりもない他人に指揮されることになるのだから。

 気持ちは分かる。言いたいのも分かる。けど本人の前で言わなくてもさ。傷つくじゃんか。


 というわけで僕は今、振り当てられた部隊に紹介され、そして冒頭の悪態ってわけで。


「ま、しょうがねーよ。俺たちが歩兵の和を乱すとかで、弓隊に回されたのが運の尽きだよ」


「あなたたちは本当は弓兵じゃないんですか?」


「ん、まぁそうだよ。動くのが早いとか、そんなんで部隊の和を乱すからってんで、今回の閲兵式には弓隊として出ろって言われたんだよ」


「ああ、それでですか」


「あ? それでかってなんだよ。素人丸出しの弓兵ってバカにしてんのか? これでも俺たちゃ、歩兵の訓練の合間に弓の腕も磨いてきたんだ。そこらの素人弓兵よかちゃんと飛ばすぜ」


「あ、うん。それはもうちゃんと見させてもらったから。だからこそ元は歩兵ってので驚いたわけで」


 弓というのは誰もが習ってすぐできるものじゃない。血のにじむような調練が一射必中の弓術を完成させるんだ。


 ただそれは武士の一騎討ちから鉄砲による集団戦に戦闘の体形が変わると、育成にコストのかかる弓隊ではなく、素人でも少し習熟すればある程度の命中率は出て、しかも弓より破壊力のある鉄砲に遠距離戦の主力の座を奪われることになる。


 鉄砲が普及し始めのこの世界。だから弓兵の立ち位置はまだまだ高く、それに応じて歩兵でも弓を習うものが多いのだろう。


 ただ、それにしてもこの人たち。惜しい。

 部隊の和を乱すといっても、ある一点が動きに合わなかっただけだ。しかもそれは戦闘において決して見劣りする点じゃない。


「はぁ、しかもアレだろ? 相手は重騎兵のソルジュ隊長1千だろ? 平原でぶつかったらもう、即死だろ」


「そうそうあんなのとやって勝てる奴らなんか――」


「勝てますよ」


「だろ? そりゃそうなるさ。あいつらに勝てるなんてのは……って、はぁ!?」


 おお、素晴らしいノリツッコミ。やっぱりこういうリアクションは世界が違っても国が違っても共通みたいだ。


「お前さん、頭おかしくなってんのか? あの重騎兵だぞ? ソルジュ隊長だぞ? 勝てるわけねぇだろ」


 おお、すごい迫力だ。去年の戦闘がなければ、それだけで腰を抜かしていたかもしれない。そう言った意味ではちゃんと耐性できてんだよなぁ。


「うん。そうかもしれない」


「てめぇ……」


「けど、僕は知らないですからね。重騎兵も、ソルジュとかいう隊長も。ただあなたたちの実力は見た。他よりも優れている点とかも、全部」


「あ? 優れてるだ? 俺たちゃあの歩兵からも追い出されて弓隊なんてやりたくもねぇとこに回されてるやつらなんだよ。そんなのが勝てるわけねぇだろ」


「あら、それはご愁傷様ですね。上の人に見る目がなさすぎるってことだね。だからあの歩兵には隙がありすぎる」


「ケンカ売ってんのか?」


「売ってるんじゃなですよ。買おうとしてるんです、そのソルジュって隊長から」


「……ダメだ。おい、誰かこいつが言ってるの理解できるやつはいるか? いねぇよな? つか、なんだよ。その俺たちが優れてる点ってのはよ? それともお前、ふかしこいて俺たちを生贄にしようってんじゃねぇよな?」


 ああダメか。ま、そうだね。こういった落ちこぼれには言って理解させるより、実際に動かすしかない。


 本当はあまりやる気はないけど、あのカタリアのことを考えると負けるかって感じはする。


 本番は30分後。あまり時間はない。ちゃきちゃき行こう。


「これでも去年、デュエン国との戦闘をして、いくさのなんたるかの初歩は知っているつもりですよ。その僕が見るあなたたちの優れている点。それは――足だ。足であの最強重騎兵に勝ちます」


「はぁ? 足ぃ!? 馬鹿が、それこそ馬に勝てるわけないだろ!」「あれじゃないか? 重騎兵は遅いから」「馬鹿、それでも馬にしてはってことだろ。鎧を着ても人間様は敵わねぇよ。それにこのフィールドだ。すぐに逃げ場なんてなくなる」


 そう、勝てない。

 直線距離なら馬に勝てる道理はない。


「もちろん走って勝てるとは思ってませんよ」


「あぁ? だからさっきからなんなんだよ! 煙にまくみたいにして、馬鹿にしてんのか? いくら太守様の命令だからって、あんま調子乗ってると、泣かすぞ?」


「兵の人たちが囲んでるのがフィールドなんですよね」


「聞けよ! 人の話を!」


 いやいや、その話に乗っかったらそれこそダメだ。だからここは知らんぷりで話を進める。


「つまり、制限のある空間。なら人間にもやりようがありますよ。それに誰が馬と競争するって言いました?」


「そりゃ、お前が……」


「僕は足で勝負するって言ったんです。何も馬と追いかけっこしようってんじゃない。それとこのフィールド。あとは最初に上手く奇襲が決まれば、十分に勝算はあります。戦いは正と奇。どうです? あのツァン国最強と呼ばれる重騎兵に、僕たちが勝つんですよ。それって、すごい面白いと思いません?」


「そりゃあ……まぁ、そうなりゃだけど」


「じゃあちょっとだけでいいんで、僕の言うこと聞いてくれません? 最初の一撃。上手くすればそれで決まります」

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