第37話 スカウティング
一瞬、言われた意味が分からなかった。
わしにくれ? 何を? この者たちって誰? まさか僕とカタリア? でもなに? くれって? そんな物みたいに貸し借りできたっけ、僕ら? いや、マジでどういうこと!?
「太守様、いきなり結論を出すのは悪い癖です。見てください、3人とも混乱しているではありませんか」
「む……そうか。では言い直そう。わしらの元へ来い」
「太守様、変わっておりません」
なんだ、これ。漫才か? いや、そんなことはどうでもいい。
「せ、説明を、お願いできますか?」
カーター先生が小さく手を挙げて、なんとか質問を口にした。
「うむ、では説明し――」
「説明は私からさせていただきます」
と、高師直が一歩前に出る。おそらく太守の説明だと説明にならないのだろう。それはこちらとしても望むところだったから、彼の言葉を待つことにした。
「我が国は先年、軍を統括する総帥を亡くしまして。それの後任となる者がいるのですが……それがまぁその。少しだけ問題のある人間でしてね」
「ふん。わしは気に食わん。何が嬉しくて貧民を兵にしなくてはいけないのか。伝統あるツァン国の歴史を馬鹿にしておる。あんな者、即刻追い出してお主らに軍を率いてもらいたいのだ」
「いや私としては彼の革新的な思考は総大将の器たると考えているのですが……太守様がこうですので」
あー、なるほど。太守と軍のトップが上手くいかないから、昨年活躍目覚ましい僕らを総大将に……。
「って、えぇ!? もしかして僕らに総帥になれと!? ツァン国の!?」
「はい。その通りです」
はっきりと、しかもすんなり言い切られた!
この男。本当に高師直か? 馬鹿なのか?
ポッと出の初陣を果たしたばかりの子供を、しかも他国の重臣の娘を軍のトップに置くなんて。元からいる兵からすれば、なんで他国の小娘の言うことを聞かなきゃならなん、ということになる。しかも将軍級の人間からは「次は俺が総帥になるはずだったのに、なんだこの小娘は」と露骨に敵意を向けられる可能性がある。
そんな危険性を彼が考えなかったわけがない。
いや、考えたうえであえて言っているのかもしれない。高師直。武士や公家にも人気なかったらしいからなぁ。
「今のこの国の軍は硬直している。そう言った意味で、あのトーギョという男は適役だったのです。しかし……」
トーギョ。それがきっと今、この国の総帥で、だけど太守に盛大に嫌われているってことか。
「あやつはどこの馬の骨とも知れぬ男ではないか。そんな者が信用できるか」
「それでも前総帥の補佐役に抜擢されるほど優秀だったのです。それにどこの馬の骨とも知れないと言えば、私もそうなってしまいます」
「む、そうだな。では馬の骨ではなくそう。そうだな、鳥の骨でどうだ? 肉を食べた後にもスープの出汁としていい味を出すというぞ?」
「はっは、これは一本取られましたな」
いや、いいから。そのわけのわからない漫才は。
「な……なな。そ、そそそ……そんんんん、な」
カーター先生はあまりのことに言葉を失っているようだ。
仕方ない。先生に替わって僕から断りを入れておこう。
「評価いただいたのはありがたいのですが――」
「その話、もう少し聞かせてくださりますか?」
僕の言葉を遮ってカタリアが前に出た。
「ほほぅ!」
カタリアァァァ!!!!!! 何言ってんの!!!??
お前だってツァン国総帥なんて危険だらけで話にならない物件だって分かってるはずだ。それともそれすら分からないほどに、僕への当てつけとしてそう判断したというなら失望した。
彼女がことあると言っていること。自分がイース国の頂点に立って、イース国を最強の国にすると。だからイース国を動かす父を、姉を、そしてタヒラ姉さんを尊敬していたはずだ。
それがこんなの。裏切りだ。イースを見限っていい話が来たからとほいほい寝返る。
そんな意志の軽い女だとは思わなかった。だから失望して、盛大に軽蔑した。
それが本気なら、だが。
「カタリア、お前本気で言ってんのか」
「本気でなければ言えないことくらいわたくしにも分かっていますわ。貴女は本気で考えて?」
「当たり前だ。こんなこと絶対上手くいかない。賭けてもいい」
「見る前に、知る前に判断できると? 貴女はどこまで増長すれば気が済むんですの? 神にでもなったつもり?」
「増長してるのはお前だろ! こんな裏がありまくりの話、いつものお前なら一笑にふす内容だろ!」
「いつのもわたくし? 貴女はいつものわたくしと言えるほど、わたくしのことを知っていて?」
「お前……」
「まぁまぁ、お二人。そう仲たがいしなくてもいいではないですか。少し冷静になって考えてみてください」
「わたくしは冷静ですわ、宰相様」
「僕も、だ」
いや、全然冷静じゃない。それは分かる。けど、この胸の中にある怒りの炎。それを消すなんて認めちゃいけない。
「ふむ……困りましたね。どうでしょうか、先生?」
「え、あ、はい!?」
「彼女たちもまだ事態が飲み込めないのでしょう。お聞きしますが、出発はいつの予定でしょう?」
「あ、明日の予定です」
「明日、1日お時間いただけますか? もちろんホテルおよび飲食などのお題は我が国が補償いたします。お二人の頭を冷やしていただくには時間が必要と思いますし、何より我が国の軍というものを見ていただきたい。明日、太守様の閲兵の儀を行います。お昼ごろに今度はそちらに馬車を向かわせますので、ああ、ご学友さんたちもいらっしゃるのであれば皆さんもいらっしゃいますか」
「あ、え、えと、それは……」
ダメだ。カーター先生は完全に呑まれている。
いきなり太守と宰相という雲の上の存在に、こうも矢継ぎ早に色々突きつけられ、さらにカタリアの乱心とあれば頭が真っ白になっても仕方ないだろう。
けど僕としてはそれを呑むしかない。
カタリアの真意を知るまでは。
「分かりました。明日、またこの時間にお会いしましょう」
「では、話はまとまりましたね。いや、良かった良かった。ですね、太守?」
「うむ! これもわしの人徳かのぅ! はっは!」
なんとなく高師直が嫌われる理由が分かった気がした。優秀なんだけど、合理的すぎるというか。人を見ていない。
軍の総帥がいない。優秀な人を当てたけど、太守と仲が悪い。じゃあちょうどいいから僕らを添えよう。そんな感じでしか考えていないんじゃないか。僕らが引き抜かれた後のこととか、僕らの心情とかはまったく考えていない。
1日の猶予を与えられたけど、それをどう活かすか。そして高師直は何を企んでいるのか。
これはまたヘヴィな滞在になりそうだ。なんて思っていると。
「1つ、お願いがあります」
「ん、どうしたのじゃ、カタリア・インジュイン?」
カタリア。何を言うつもりだ。
うぅ、果てしなく嫌な予感がする。
そしてそれは現実となる。
「その閲兵式。その場でわたくしと、このイリス・グーシィン。軍の指揮で勝負をさせていただきませんこと?」