第35話 ツァン国太守との謁見
結局、贈答品を持っての政庁参内となった。
リューウェンさんはまだ国都についていないのと、会見は昼ということで買い求める時間もなく(というかそもそもツァン国都で買い求めたものをツァン国の代表に献上するのも馬鹿らしい)、今あるものの半分を馬車に積んだ。買い求めた場所が港町だったことから、ツァン国以外から流入している物資もあったので、一応目新しさはできたと思う。
服装は公式というわけではないので、学校の制服だ。一応、学校としての課外授業の一環なわけで学校の制服は常備。逆にドレスみたいな窮屈な服装をしないで助かった。
そして昼に出発したのは、僕とカタリアと先生の3人。ユーンとサン、琴さんはムサシ生徒会長と共にホテルに待機。ラスと小太郎は外に出て国都の外れに買い物に行かせた。
というのも、まずは太守に名指しされた以上、僕は必須。そして当然というか、僕が行くということはカタリアも行くということは決定。子供だけでは礼を失するということで、この一団の唯一の大人である先生が同席する。
ホテル居残り組は、こちらの信用の証と言ってもいい。何もしないだろうと信じているのでホテルで待機していますよ、という太守へのアピールだ。
けど、それで政庁とホテルを包囲されたら僕たちは全滅だ。そうなった場合のために、ラスと昨日脱出経路を確保して、かつ身軽な小太郎をホテルから出した。買い物というていで国都をぶらつき、万が一の時には国都から脱出してイース国へとなんとか逃げるという手筈。
『そんな! イリスちゃんが死ぬなら私も死ぬ! だから嫌!』
と、なんか重すぎる駄々をこねたラスだったけど、何がなんでも帰る約束で安心させて納得させた。
というわけで今。
太陽は中天にのぼり、午後を告げる鉦の音が鳴る中を政庁の前に到着したわけで。
さすがに政庁。国の中心ということで門と兵で区切られた場所は防備がある。国都自体が開けた場所だからと思ったけど、ここまでは不用心ではない。というか中世のお城のように白く大きく荘厳な感じは、見る者を圧倒する。というか、ここがアカシャ帝国前に首都だった場所だから王族がいたのかもしれない。
門番にいる兵に照会すると、すぐに門の中に通された。もちろん荷物チェックやらボディチェックをした上で、だ。
それから案内役の女性に連れられ政庁の中へ。
高い天井に広い間口。うちみたく人が慌ただしく働いているのかと思いきや、人の気配がない。唾をのむ音すらうるさいと感じるしんと静まり返った空間に圧倒されながらも、生けられたたくさんの花や高名な人が描いただろう絵画が並ぶ中を、淡い色の絨毯に足音を吸い込ませながら中へ。
どうやら入ってすぐ、といっても20メートルほど奥だが、そこがメインの太守の間らしい。大きな板張りの扉が堂々と置かれている。
「こちらで太守と宰相がお待ちです。失礼のないように」
ぎぃ、と扉の前に立つ衛兵がその大きな扉を開ける。
「失礼のないように、ですって。分かってらして、誰かさん?」
「誰がだよ、誰が」
「お前ら静かにしろ」
怒られながらも扉を通る。
そして圧倒された。
どこかのダンスホールと思ってしまうほど広い。小さな体育館くらいはあるんじゃないか。それをすべて絨毯が覆っているのだから、大したものだ。
窓は大きく取られ、装飾は派手な金をあしらった造形が多く、陽光がそれをキラキラと光り輝かせる。
室内には誰もいない。衛兵とかがずらっと並んでいるのかと思ったけど、そんなことはない。閑散としているが、代わりに金ぴかの鎧とか壺、そして派手な額縁の肖像画(それも同じ人物をひたすらに書いているようだ)がずらっと並び、なんとなく疲れる空間だ。
その広間の奥。玉座のような派手な大き目の椅子が、階段の上に置いてあり、そこには1つの人影が着席しているように見えた。
玉座のような、と言ったけど、ひょっとしたら本当に玉座なのかもしれない。アカシャ帝国の前の王朝。それをそのまま使用しているのではないかと考えるがあながち間違いではないだろう。
「行こう」
カーター先生がそう言い、中央に立って歩を進める。僕とカタリアはその後ろ、左右に続く。
やがて玉座が近づくと、おそらくツァン国の太守だろう人間の全貌が明らかになっていく。見た目は、なんだろう。とても不愉快なイメージ。歳は20台中盤から後半。ぶくぶくと太った体を震わせ、しまりのない顔をこちらに向けている。
カーター先生はその玉座のある階段下にたどり着くと、そのまま膝をついて頭を下げた。僕らもそれにならう。
「イース国の方々。面をあげられよ」
太守の声か。落ち着いたどこか渋みのある声で、太守の外見にはミスマッチな感じがした。もちろんそれは声に出さない。
そして顔はあげない。言われてすぐにあげては失礼に当たるからだ。
「よいよい、面をあげるがよいのじゃ」
のじゃ?
誰だ?
最初の声と違うぞ?
それでもまだぐっと我慢。数秒して、ようやく顔をあげる。
「ほぅ、そこな2人はなかなかの美人じゃのぅ」
丸々太った太守が愉快そうに笑う。
のじゃ言葉にどこか軽薄そうな声をにじませる男。これこそ外見にふさわしい醜悪な声というべきか。
だとすると、さっきの渋みのある声は? もう1人いたのか?
「しかし宰相。本当にお主の言う通りなのか? この者たちがすさまじく強いというのか?」
宰相。今、この男は宰相と言った。
すると、玉座の陰からすっと1つの陰が躍り出る。
それは痩身の男。歳は30前後くらいか。
オールバックにタキシードという、どっかの執事かなんかかと思うような見た目の男性。キリっとした目元にシュッとした顎のライン。そして理知的な眼鏡をかけている。男の僕が嫉妬するくらいのイケメンだ。
ただどこか違和感。というかこの宰相とやら、僕らを知っている? けどこんなイケメン知らないし、見たこともない。
「はっ。そこの金色の髪をしたそこの少女。かのものはまさに一騎当千。数十人の賊徒など鎧袖一触でございます」
だいぶ誇張されているようだけど、昨日のことを知っている?
それもそうか。あれだけ暴れたんだから、宰相の耳に入って来るのは間違いない。
「これはお嬢さん。よく来てくれました。他のお仲間は今はいないかな」
執事、じゃなかった宰相が微笑む。その笑み。目線。
それになんというか、この声の調子、つい最近聞いたような……いや、まさか――
僕の表情を読み取ったのか、オールバックにした髪を前に下げてみる宰相。
その顔は、昨日。襲撃者を助けたどこぞの商人と思わしき人物と同じ顔。カシナと名乗った男。
僕の驚愕に満足したように、宰相はニッと笑みを浮かべてこう言った。
「昨日は助けていただいてありがとうございます。それでは改めて。初めまして、“つあん国”の宰相を務めます高階師直と申します。高師直の方が呼ばれ慣れていますがどちらでも」
8/25 一部表現を修正しました。




