第33話 騒乱の中へ
悲鳴。そして銃声が聞こえた時には走り出していた。
「おい、イリスくん!」
ムサシ生徒会長の制止を振り切って走る。方向はおおよそ。だが間違わない。喚声が聞こえるから、いや、それ以前に人がこちらに逃げてくる。どうやら何か騒動が起きてそれから逃げようとしているようだ。
僕はその流れに逆らって、さらに前へ。
「いりす殿。嫌な臭いがする」
小太郎だ。いつの間にか、僕と同じ速度で隣を走っている。
「嫌な臭い?」
「血と硝煙」
「!!」
角を曲がる。そこは騒乱の中心地だった。
十数人の男女が、激しい金属音をまき散らして剣戟を交わしている。その中心にあるのは馬車、僕らの乗って来た幌馬車というタイプではなく黒光りする箱型のワゴンを引く高級なものだ。
それを守る制服制帽のビシッとした人たちと、剣を交わす不揃いの薄汚れた格好の者たち。戦況は制服制帽の方が押され気味で、それは数による差もあるものの、馬車の近くに転がっている彼らの仲間――おそらく銃撃により命を落とした者たちだろう――からして奇襲されてまともな迎撃態勢が取られていなかったのもあるだろう。
そしてその近くでは泣き叫ぶ子供を抱きすくめるようにして倒れる母親らしき人や、血を流してわめく男の人、さらには露店だったのだろうが踏み荒らされてもはやゴミの山と化している場所。
それらを観察しながら乱れた呼吸を取り戻すまで5秒。
それでここで何が起こったかを理解した。市街で堂々と要人の暗殺。それがすぐに浮かんだ。銃で護衛の制服制帽を倒し、ひるんだすきに剣で突撃。馬車ごと叩き斬ってやろうという算段だろう。
正直、それが分かったところで僕としてはどうでもいいことだった。自らの立つイース国ならまだしも、ここは縁もゆかりもない別の国。ましてや八大国に数えられる大国だ。問題は勝手に処理してくれと思うし、首を突っ込もうとは思わない。
それに狙われているということは悪いことをしているだろう権力者か悪徳商人か。それを思えば襲撃者の心情も分からないでもない。
けど体は動いてしまった。
ここで起きた悲鳴。そして今も倒れる一般の人を見て、心も決まった。
「いりす殿、どうす――」
「小太郎、援護をお願い。殺さないように」
「え、どっちに加勢を……って聞くまでもないか。仕方ない」
駆ける。混乱した乱戦となった戦場。目は即座に排除すべき敵を見つけ、脳は狙うべき相手の弱点を判断し、体は自動で動く。
潰された店に転がっていた50センチほどの角材のようなものを手にする。何もないよりマシだ。まず切り結んでいた1組の、その剣を蹴り飛ばす。そのまま回転の勢いで、制服制帽でない方を角材で殴りつける。血しぶきが舞った。制服制帽が斬られた。その斬った男を膝蹴りでダウンさせる。
次。少し距離がある。左右に2人ずつ。その2人が肩から血を流してひるんだ。いや、計4人。制服制帽もだ。
「まったく、あの男は面倒なことばかり私に押し付けて。というわけで喧嘩両成敗です」
小太郎、いや女性の声。サラか。
確かに襲撃者の方を叩きのめすと、助けられた制服制帽はその襲撃者を斬り殺すだろう。当然だ。なら喧嘩両成敗。悪くない。
小太郎、じゃなくサラと協力して乱闘を鎮圧していく。残るは1人。口ひげと筋肉たくましい年かさの偉丈夫。彼はフリーで馬車にあと一歩でたどり着くところだったが、周囲で起きている事態を見て、僕に視線を向けると、
「なんだ、お前――」
「正義の味方だ!」
冷静に考えれば恥ずかしいことこの上ない言葉も、この状況下では普通に言えた。それほどこの場所には悪と不条理と死が蔓延しすぎている。
年かさの男が手にした剣を振りかぶる。遅い。僕は角材を投げてその腕に命中させると、そのまま懐に入り込み、
「時と場所を、考えろ!」
思い切りボディをどついた。硬い。鋼のような筋肉。だがめり込んだ拳に、男は苦悶の声を響かせてひざを折る。
「これで、全部かな」
頬を伝う汗をぬぐう。見渡せば乱闘は収まっていた。襲撃者らしい男女はうずくまっているし、警護の制服制帽も虚脱したように、へたり込んでいる。
その周囲から一般人は逃げ出しており、先ほどの親子も無事逃げられたようだ。
ピィィィィ!!
笛の音。なんだ?
「ちっ、逃げろ!」
どこから来たのか、襲撃者の仲間らしき人たちが現れては倒れた襲撃者に肩を貸しては逃げ出していく。
それはもちろん、自分の横でうずくまる年かさの男も同様で、
「貴様、カシナの手先か」
カシナ? 誰だ? いや、おそらくこの馬車の主か。けどそんなの知ったこっちゃない。
「いや、知らないけど」
「ちっ……革命の火をよくも」
「なんか分からないけど、一般の人を犠牲にしても必要なことか、それ?」
「…………」
視線が合う。怖い。けど何も悪いことは言ってない。革命だなんだってやってることに酔っている人はそれでもいいけど、それに巻き込まれるのはいつだって普通の人だ。彼ら、僕らは普通に暮らしたいのに、インテリぶって平穏をぶち壊す。
別に僕だって革命戦争が嫌いかと言われれば、歴史・読み物としてのそれは好みの類だ。けど、こうやって現実に目にすると、それもどうなのかと思ってしまうわけで。
「ふっ、カシナの手下にしておくには惜しい奴だ」
「だから違うっての!」
「またな会おう。敵同士ではなくな」
「話を聞けよ!」
にやりと笑いながら男は逃げるように走り去っていく。
まったく、なんだったんだ。
「イリスちゃん!」
ラスの声だ。逃げる連中とすれ違うように、ムサシ生徒会長と共にこちらに駆けてくる。
「大丈夫だった!? ケガしてない!?」
「ああ、大丈夫だよ、ラス」
「いやいや、死屍累々とはこのことか。イリスくんのことは聞いていたが、これほどとは」
「僕だけのせいじゃないですけどね」
肩をすくめる。
その時だ。
「おお、美しいお嬢さんがた。これはこれは助かりました」
と、馬車から声。
誰だ、と思うがそれはこの騒動の中心。おそらくカシナと呼ばれた人物。
ガチャリ、と馬車の扉が開く。そこから現れたのは、
「いやいや、助かりました。護衛が不甲斐ないというか役立たずというか。あなた方は命の恩人。ぜひ、私の屋敷にてお礼のおもてなしをさせていただけないでしょうか、いや、いきなりこう言われても困りますね。ではどうでしょう。そこの定食屋。下等な庶民の中ではなかなか味もいい。ああ、ちょっと血が飛んでますが、まぁ味には問題ないでしょう。さ、いきましょう。もちろん私の驕りですから。遠慮なく。っと、失礼しました。私は、そう、カシナとでも言っておきましょうか。ほら、いつまで倒れている。愚図愚図するな。お嬢さんがたをお連れするんだ」
これまた色んな意味で疲れそうな黒髪の男だった。