第31話 後始末
「大っ変! 申し訳ありません!」
リューウェンさんが勢いよく頭を下げる。
というか手を地面についての土下座だった。
まぁ彼が雇った人が犯罪を犯していた、それも僕らに迷惑をかけていたとなれば、それも致し方ないか。
商人という信用が大事な商売をしているうえでのこの失点は大きいだろう。
「謝ったら済むって問題じゃないと思うけどなぁ」
「私としては生徒の安全に気を張らなければならないわけですからね」
もちろんそれを素直に受け取るエラさんでもないし、カーター先生も立場上難しい顔をする。
ちなみに毒とはいっても、体が痺れる程度のもので、さらにサラが毒消しを作ってくれたのでそれで皆、少し休めば回復した。
ヤマゾら盗賊団80人は一か所に集めている。武器も没収してきっちりロープで縛った上で、傭兵らを筆頭にエラさんの仲間や、琴さん、カタリアたちが見張っている。数が少し少ないのは、100人いるというのがヤマゾのハッタリで、実は30人弱しかいなかったのだった。
そのうえでこれもまた縛り上げたヤマゾを囲んでこれからどうする、という話をしているわけだけど、リューウェンさんに対する当たりが激しい。
特にエラさんは烈火のごとく怒り、カーター先生は体面上同調する程度。護衛の傭兵隊長は仕事を果たせなかったと自戒し、ヤマギの監視を黙ってしている。
「まーまー、もういいんじゃないですか、お二人とも。そこのおじさんだって、被害者だったわけですし」
そんな3人の間に入ったのは、元に戻った小太郎だった。
善意の塊と言わんばかりの笑みを張り付けた小太郎は、リューウェンさんとエラさん、カーター先生の間に入ると、仲介すると言わんばかりに両手を広げた。
「あんたには助けてもらったって感謝はあるけどね。もう少しであたしら全員、どっかに売り飛ばされるところだったんだよ? いや、その前にあの醜悪な連中にやられちまってただろうよ。金取るならまだしも、無料でやつらに奉仕しろってのは絶対ありえないね。いや、金を積まれてもお断りだい」
収まりつかないのはエラさんだ。
金もらったらやるとかなんとか……あぁ、やっぱりというかなんというか。あまりこの話題は深掘りしない方がよさそうだ。
「まーまーまーまー。そこはさ。ぐっと抑えて。そうやって当たり散らしても1文の得にもならない。助かったんだから儲けもの程度に考えておくといいよ」
「おお……」
リューウェンさんが小太郎のことを拝むようにしている。この大失態の中、擁護してくれる人はそれはもう天使のようにも映るのだろう。
「だからって許すのかい? あたしらの人生、命にかかわることだよ!?」
「もちろんタダで許すとは言ってないじゃないっすか。当たり散らしても1文にもならないんだから、しっかりとしたお詫びと補償を請求するのが正しい道ってもんでしょう?」
「え?」
急転直下。小太郎に裏切られたリューウェンさんの笑みが引く。
「というわけでおじさん。財産の3分の1をこちらのお嬢さんがたと、こちらの先生がたにそれぞれお支払いするってのはどうすかね?」
「さ、3分の1!? いや、合わせて3分の2!?」
「命がなくなるよりは良かったんじゃないすかね。てか自分たちが助けなかったら消えていた財産ですよ? だったらそれくら安いものでしょう? あ、ごまかそうと思ってもむだっすよ。自分、そういうの調べるの得意なんで」
悪魔だ。悪魔がいる。
天使のような笑顔で手を差し伸べ、そこから手のひら返しで一気に地獄へと突き落とす。
「あ、いや……あたしらはそこまで……」
ほら、味方だったエラさんまで引いてるじゃんか。
「申し訳ない! お願いします! どうかそれだけは!! これまで営々と積み上げてきたもの! これからの投資となるもの! それを奪われては、私どもは生きていけません!」
「しかしねぇ、我々は死ぬところだったんですよ? 100人の相手に寄ってたかって。その原因を作った人を信じて雇っていたっていうのに、その補償すらできないだなんて」
いや、これは山賊に荷物だけ奪われてた方がマシだったんじゃないか……?
そう思わせるほど、小太郎のやり口は最低だった。
と、這いつくばるリューウェンさんを悪魔的な笑みで見下ろしている小太郎と目が合った。いや、見下してるのになんで目が合うのかというけど、確かに合った。しかもチラチラと何かを訴えかけるように何度も僕を見て――あ、そういうこと。
「まぁまぁ、小太郎。そこまではさすがに酷だって」
「なんすか、いりす殿。てかいりす殿はもっと要求してもいいんすよ? いりす殿がいなければ自分も間に合わなかったわけですし、何より賊を半分ぶちのめしたのはいりす殿だ。だからいりす殿が皆を救ったと言ってもいいわけっす。だからいりす殿には謝礼をふんだくる権利があるわけで――」
小太郎がつらつらと言い募る間に、必死に頭を働かせる。軍師ならここでどうすべきか。もちろんリューウェンさんを徹底的に搾り取るのは得策じゃない。追い詰められた人間は何をしだすか分からないし、そもそもそんなお金をもらったとしても、銀行とか通帳とかない旅の空で宝の持ち腐れにしかならない。
だからこそ、ちょうどいい落とし前を見つけ出し、提案する。
リューウェンさんもそれなら払ってもいいと思えて、エラさんもそれならと納得できるようなラインを考え出す。それが今の僕のやること。
小太郎の言葉が切れる前に、そのラインを絞り出し、そして提案する。それが出来なきゃ、なんのための軍師だ。
「うん、確かにそうだ。小太郎の言う通り。けどここで無理しちゃ、イース国の名誉にかかわる。帝国建国の英雄が作った由緒正しきイグナウス様にも迷惑がかかる。ならリューウェンさん、こうしませんか」
そう言って僕はリューウェンさんに向き直り、
「僕らとエラさんたち。その旅の目的地までの経費を肩代わりしてもらえませんか? 僕らが購入した贈答品代も含めて。カーター先生はいかがです?」
「ん? …………ああ、いいんじゃないかな」
カーター先生は少し詰まったけどすぐに頷く。経費といいつつ、僕らの一番の狙いはホーシャンさんに肩代わりしてもらった贈答品代。ホーシャンさんの伝手でそれなりに安く仕入れたものの、そもそも国で用意した物品だ。奪われてまた買うという無駄遣いがダブルパンチで痛かったわけだけど、それを取り返せるなら万々歳だ。
「エラさんもそれでどうです? これでいいですよね? ね?」
「え……あ、ああ。いい、んじゃないか? うん」
エラさんには言外に「ここらが落としどころだから退け」という風に語調を強めて見せた。
対するリューウェンさんはぽかんとした様子で放心していたが、すぐに口を引き締める。おそらく彼の頭の中ではそろばんが激しい勢いで弾かれているだろう。
そして――
「それで今回の件の謝礼になるなら。なんとでもさせていただきます!」
「うん、じゃあそれでこの話は終わりということで。一件落着と」
ふぅ。なんかドッと疲れたぞ。
「それじゃああとはこいつらっすね」
と、小太郎が視線で示したのは、猿ぐつわをされ後ろ手に縛られたヤマゾだ。まぁこいつのしたことがしたことだから哀れとは思わないけど、見た感じ少年でしかないのは何で? と思う。しかもこいつがリーダーって。
「とりあえず殺っちゃいますか? こいつら100人くらいいて邪魔だし。逃がしてもまた誰かが犠牲になるくらいならいっそ撫で斬り(皆殺し)した方がお天道様にも都合がいいって言うか。あ、それとも拷問しちゃいます? 生まれたことを後悔させる感じで、爪の皮を1枚ずつ剥がしていって、骨も細かく砕いて。あ、それと蝋燭があったかなぁ」
「待った。小太郎、待った!」
なにさらっと恐ろしいことを……。てか後半、想像しちゃったじゃないか。恐ろしい。
「え? でも盗賊山賊は皆殺しが普通でしょ? お屋形様だって、そうやって領内の治安を守って来たわけですし」
お屋形様、北条氏康か。確かにあまりそういう話は聞かないけど、戦国時代にはこういった賊といったものが跋扈してたのだろう。そして良く領地を治める大名はそれを討伐していたと。
だからといってここで皆殺しだなんて……。
「ならイリス・グーシィン。彼らはツァン国都の軍に渡すかい? まぁ、その場合でも主だった者は公開処刑だろうけど……」
カーター先生の提案ももちろんノーだろ。
うーん、どうしたものかな。
「むごっ、むごっ!」
と、僕の思考を妨げるように、ヤマギが口を動かして何かを叫んでいるが、口をタオルで塞いでいるため言葉にならない。
「小太郎、取ってやって」
「いいんすか?」
と言いつつも、何か面白そうなものを見る目でヤマギの口元を覆ったタオルを取る。
さて、何が飛び出してくるか――
「てめぇら、ふざけんなよ!?」
おおっと、いきなり罵詈雑言。
「はっ、殺すならさっさと殺せ! どのみちこんな世の中なんてクソくらえの地獄だ! なら本物の地獄に落ちた方が、まだマシってもんだ! おら、さっさと殺せよ! それとも殺す度胸もねぇってか!? そんな度胸でよくここまで生き延びてきやがったな! 金にあくどい悪徳商人、てめぇの体を売るメス豚ども、この腐った時代に呑気に旅行している馬鹿ども! そんな自分のことしか考えてないような奴らがいるからこの世はおかしくなった! 偉い奴が下の奴らを支配し、奪い、搾取する! その果てがこの世界だ! 自分のことしか考えない腐った奴らがこの世をおかしくした! だから俺たちは被害者だ! この腐った世界が産んだ、圧倒的弱者だ! それをよってたかっててめぇらは……さぁ、殺せよ! この俺たち弱者を、踏みつぶすみたいに殺してみろよ!」
聞くに堪えなかった。こいつは自分の立場に甘んじて泣きわめき叫ぶだけの子供だ。
国を守るため。国民を幸せにするため。日々自分を追い込んで努力しているカタリアの数万倍子供だ。
だからこいつの口は閉じなきゃいけない。そう思うと体が動き――
パンっ
乾いた音が響く。
ただ僕はまだ何もしていない。
「あんたは! あたしらがどんな思いで生きてると思ってる!!」
エラさんだ。エラさんはヤマゾの前に立ち、張った手のひらを握り締めて叫ぶ。
「世情を批判するのはいい! 自分のことを呪うのはいい! けど、それですべてを世界のせいにして被害者面してんじゃないよ!! どんなにつらくても、どんなにどうしようもなくても、あたしたちはそんな世界で生きてかなくちゃいけないだろ! なのにお前はなんだ! 世を批判して、ムカついて引きこもって、挙句に人様に迷惑かける腐った悪党じゃないか! なんら生産することもない、血と悲しみをまき散らすだけの害悪じゃないか! そんな奴らに……この世界で歯ぁくいしばって生きてる誰も批判するいわれは、ない!!」
「…………」
誰もが沈黙してエラさんとヤマゾを見る。
これまでどこか気だるそうな、斜に構えた感じしか見せなかったエラさん。その魂の咆哮がヤマゾだけじゃなく僕らも打つ。
そんな静寂が支配する中、
「卒爾ながら、良いだろうか」
と、ここで言葉を吐いたのは傭兵隊長だ。
「な、なんでしょう?」
一応、代表して僕が聞く。
「この者、いや、この者らは自分が預かりましょうか」
「いいんです? けど預かると言っても……」
「ええ。彼らはどうやらちゃんと働ける場所を得なかっただけだと思います。だから自分らのところで働かせます」
「それって……傭兵?」
「そうです。もちろんある程度の希望は募りますが。なに、こういった連中は少しばかり厳しく躾ければ、いい戦士になれるものです。まぁかくいう自分も昔はちょっとやんちゃしていたんでね。放っておけなかったというか」
「……そうか。それなら、うん、よろしくお願いします」
それで話は決まった。
といっても70人を20名弱の傭兵団で抑えられるわけもなく、国都にいるという彼の部下50名を呼び出すということもあり、というかそもそもまだ毒が抜け切れていないのもあって、その日はその場で一泊することになった。
ヤマゾはまだ不満そうな顔をしていたけど、それ以上は何も言わなかった。きっと彼も考えるところがあったのだろう。無事、更生してくれるといいなぁ。
「はぁ、てか小太郎。さっきはリューウェンさんに無茶言ってさ。僕が止めなかったらどうするつもりだったのさ」
「なに、ちゃんといりす殿が止めてくださったじゃないすか。ああなれば、あのおじさんはいりす殿に感謝することでしょうし。ま、自分はいりす殿に仕える影なんで。こういった汚れ仕事が合ってるんすよ」
「うん。ありがとう。だけどこれからは事前にちゃんと相談してね?」
「それくらいの機転がない主君には仕える価値がないってことっすよ。というわけで、今後ともよろしくっす」
うぅん。この男、優秀ではあるんだけど使いこなせるのか? ついてくる気、満々だし。
一応、1つの危機を乗り越えたってことなんだけど、また1つ、難題を抱えたような気がする今日この頃だった。




