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第29話 国都へ

 国都に向けての旅は順調だった。

 味方の領内なのだから当然だろうけど。


 6人乗りの馬車が4台。それに加えてタヒラ姉さんの騎馬隊が護衛につく。

 これでも十分に壮観で、それを見ることができたのは僕自身も馬に乗って旅をしていたからだ。

 せっかく習った乗馬の経験。ここで活かさずにどこで活かすのか。


 一番の問題だった、自分のこと。

 グリムが語った寿命は本当だった。

 朝に見てみたら端末にあるセルフチェックの項目に、でかでかと残り316日と5時間12分と書かれていた。本当にあと1年で死ぬのか。どこか現実感がなかったが、こうやって文字にされると真実味が増す。


 あと1年以内に、他国を攻め滅ぼさないと僕が死ぬ。

 その圧迫感と緊迫感が焦りとなって落ち着かせなくするけど、とにかく今自分にできることは力を蓄えることしかないと判断して、状況に身を任せることにした。


 というわけで国都までの2日の旅が始まった。

 早朝に出発して、昼は開けた野原でピクニック気分での食事会となった。

 宿舎で作ったパンとスープに、燻製肉で豪華ではなかったが、40人ほどが車座になって食べるその様は、ともに死地を切り抜けた団結力と、虎口脱した安心感から笑い声が絶えない。


 その中、トウヨがやけに静かだったのが気になる。

 やっぱり父親のことを知って、思うことがあるのだろうか。気にはなったけど、下手な同情は傷つけるだけだろうし、そもそもなんて慰めればいいか分からない。仕事一筋でそれほど人生経験は豊富じゃないしね。


 戦い方を教えてくれ、と言われたけど、そもそも僕が戦いの素人だ。

 ゲームで培った戦い方と、スキルによる圧倒的な力のみが取り柄である以上、この世界の誰かに教えられるものではない。

 経費削減のやり方なら教えられるのにね。


 それをトウヨ自身も感じ取ったのか、あれ以来その話をしてはこなかった。

 それがなんとなく寂しくて、なんとなく不安で、少し残念で、大きく安心した。


 可哀そうだけど、あとは時間が解決してくれると祈るしかない。


 それから再び移動が始まり、日が暮れる前にその日の宿泊地である途中の小さな町に宿泊した。

 町と言ってもそれほど活気づいていない、むしろなんともさびれた感じのするところで、夕暮れ時とはいえ外出する人も少なく、あてがわれた宿もボロボロの木造建築だった。

 出された食事も、焦げて硬いパンと小さな肉片というありさま。これならお昼に食べた食事の方が万倍マシだ。

 もちろんお風呂やシャワーというものもなく、希望者は井戸水で体を洗うという超前時代的なありさま。


 なんとも釈然としないまま、ベッドもない2畳半くらいタオルを敷いただけの部屋に通され、就寝時間ということになった。


 ほかにもっといいところはなかったのか、と抗議でもしてやりたかったけど、宿泊費もろもろが軍から出ているらしいこと、ここ数キロいないに町はないことから諦めざるを得なかった。


 というか、馬で丸一日移動したことがなかったので、疲労で体を動かす気力もなかったからだ。

 何より鞍に乗せて前後上下に揺られ続けたお尻が、炎症を起こしているのでは、と思うくらい痛かったから。薬をつけてもらって、うつぶせになっていたかった。


 ただそのもやもやした気持ちは翌日も続いた。

 引き続き馬上の人となった僕は、痛みと疲れをこらえながら国都までの道を行く。


「イリリ、大丈夫? なんだったら馬車に戻ったら?」


 見かねてタヒラ姉さんがそう言ってくれたけど、丁重に断った。


「いや、せっかくだから景色を見ておきたいんだ。この国、土地、そこに住む人々を」


「ふぅん? いつも見てたくせに。変なイリリ」


 別人だしね。

 とはいえそんなに景色や国のありさまに関心があったわけじゃない。


 けどあの死神に色々言われたこともあり、何より昨日から感じていることを確かめたかったから。

 こうして疲れた体を押して馬上にいるのだけど。


 いや、もういい。大体わかった。

 この国の――弱さというものが。


「タヒラ、姉さん?」


「もぅ、今のあたしは部隊長だからね。こういう時はちゃんと“ねぇねぇ”って呼ばないと怒るよ?」


「あ、そっか…………ん?」


 いや、普通逆じゃない?

 私的で砕けた“ねぇねぇ”を、部隊長という公的な時に言えって。


 まぁいいや。

 こういうことに突っ込んでたら話が進まないのは、この数日で理解した。


「あのさ。この国って、貧しいの?」


 迷った僕はそのまま続けることにした。

 昨日今日とみて思ったことを。


「んー……まぁ、ね。裕福ではないかな」


 一応、他人の視線を考えながらタヒラ姉さんは答えてくれた。

 そうか、一応軍人なんだ。それが自分の国を貧しいとは言いづらいか。


「でもなんでそう思ったの? 昨日の宿がひどすぎた?」


「それもあるけど……その、あまりいないんだよ。人が。こうして2日歩いてきたけど。外を出歩いてる人がいない。何より、ないんだ。田畑が」


 そう、今まで歩いてきた道のりでそこまで人を見たことがない。

 さすがに現代とは勝手が違うのは分かってる。けどこういう時代って、旅人がいたり、商人とかが荷物を運んだり、そういうのがあるんじゃないかと思うんだ。


 それに加え、田畑が見渡す限りあまりない。

 なんだかんだいっても、作物を栽培することが人間社会における食を支える重要なものだというのは変わらないはず。

 それがこうも存在せず、ただ未開の森や山というのがそこら中にあるのは、国が富んでいないのでは、と思ってしまったわけで。


「ま、そうね。あまりうちは耕作文化がないわよね。そりゃ面積も小さいけど、それ以上にそこらを岩山とかに囲まれてりゃ、そらできないわよ。水はけも悪いし」


 なるほど、土地的な原因があるのか。

 見る限りのどかな平原というよりは、山々の間の草原という方が合っているか。アルプスの少女がいそうなイメージだ。


「けど、それを補ってあまりあるのはイリリも知ってるでしょ? 国営であり、グーシィン家が管轄している鉱山。これがうちの原動力よ」


「鉱山……」


「そ。そこで出た金とか銀とか加工して、外国へ輸出するの。あとは鉄産業ね」


「なるほど。鉄鋼業が盛んな技術大国ってことか」


「うん? よくわかんないけどそんな感じ」


 あれ、でも確か西洋の鉄鋼業って、産業革命の時とかじゃなかったっけ? それって17……いや、18世紀? いや、でも鉄の鎧とかあったからその前からあったんだっけ? よく分かんないからもういいや。世界史は苦手なんだよね。


「それじゃあ国民を養う麦とかはどうやって? いや、そうか。つまり買うのか。国内で生産された鉄や金銀を輸出して、食料を輸入する。それで成り立ってる国ってこと」


 これは……かなりヤバくない?

 つまり外国がイース国への輸出禁止とか始めたら、たちまちこの国は飢えるってことだ。金銀があっても食べるものがない。ここって甲斐かな? 武田信玄かな?


「なんかイリリが難しいこと言ってるー」


 いや、何も難しくないんだけど。

 小学校の社会科って感じだぞ? 大丈夫か、この姉?


「ま、そこらへんは現場のあたしよりパパとかヨルにいとかが詳しいんじゃない? きっと喜ぶよー。イリリが仕事に興味持ってくれたって」


 パパ……このイリスの父親。

 そしてヨル兄、もといヨルス・グーシィンだっけか。


 一体どんな顔して会えばいいんだろうか。それからもう1人の兄にも。

 胃が痛いなぁ。


「ふふふ、2人とも今のイリリを見たら驚くだろうなぁ。男子三日会わざれば刮目して見よ、ってね。男子じゃないけど」


 と、せっかく話題が良い方向に行ったので聞いてみることにした。

 つまり、前の自分はどうだったのかってことだ。


「え? 何が変わったかって? そうねー、前は『姉貴、ちょっとボコらせて。負けたままだと悔しいから』なんて言って、いっつも勝負挑んできた子かなー」


 え、なにその戦闘狂バーサーカー森長可もりながよし? こんな可愛い系なのに性格最悪なんだけど。


「あと学校ではやんちゃしてたみたいね。『くだらない授業なんて聞いてられるか』とか言ってボイコットは当たり前。手は出さなかったらしいけど、色々苦情が来てるとかでパパが苦笑いしてたわ」


 それは……なんかすみません。

 僕のせいじゃないけど、謝りたくなる。

 つかマジで見た目とのギャップが激しすぎた。


「だからまとめると、勉強嫌いでー、飽きるのが早くてー、負けず嫌いでー」


 やんちゃすぎるだろ。完全に僕とは正反対すぎる性格だ。

 こんな僕が父親とか兄に会ったら、即座にバレるんじゃないか?


 頭が痛くなってきた。

 てかこの姉も姉だ。遠回しにだけど、要は妹の悪口を目の前で堂々と言っているようなものだが――


「それでいてとっても優しい子」


「え?」


 それは不意打ちで、聞き間違いかと思った一言。

 言い放ったタヒラ姉さんは、こちらを向いてにやりと笑い、


「むっふっふ、お姉さんはなんでも知ってるんだからね。イリリが本当は家族想いで、自立心が強くて、早く人の役に立ちたい、パパを手伝って国民を守りたいって思ってる、とても優しくて思いやりがあってやる気がある子なんだって」


 そう、なのか。

 そのための……反発? 反抗期? 子供かよ。子供だよ。


「今回の叔父さんのところに行ったのも、ザウスが気になるってのと、トウヨとカミュが外国で寂しい想いをしてないかって心配だったからでしょ。大丈夫、そこらへんパパも分かってるから、学校さぼって行ったのも少しは許してくれるって」


 なるほど。そういう人物だったのか。

 イリス・グーシィン。


 初めて見た時。

 トウヨとカミュが襲われそうになって、それを止めるために前に出た少女。

 そのキラリと光る強い意志は、そういうものから来ていたのか。


 それはもう遺志になってしまったわけだけど、何かの縁で僕がこうして彼女でいるのであれば。

 彼女が守りたいと思っていたものを守る。その遺志は受け継いでもいいのかな、とちょっと思ったりしだのだ。


 僕自身が、死にたくないのもあるしね。


 切野蓮の残り寿命315日。

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