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第28話 天使のような悪魔の笑顔

「馬鹿な、そんな。こんなところに賊だって?」


 用心棒の代表がいぶかしげに聞く。


 そうか、ここはツァン国の中心である国都に近い。あと2日の距離だ。そんなすぐ討伐されそうなところに根城を置くなんて、普通に考えたらありえない。


「しかし、斥候がそれらしきものを見つけましてね」


「それらしき?」


「ああ、そこの林の中に、身ぐるみはがされた10数人の死体が転がっているよ。おそらく小さな隊商だろう」


「!!」


 皆が絶句する。

 というかこの人。本当に旅慣れしてるな。商人が斥候を出すなんて、よっぽど警戒心が強いかじゃないとないだろう。


「それじゃあ、道を変えるしかないじゃん」


「そうなりますね、エラさん。ぐるっと迂回するので半日ほどの遅れになりますが、皆殺しよりは良いでしょう。いやだから人通りも少ないわけですね。危ないところでしたな、ははは」


「いや、つかさ。なんでそんな笑ってられるわけ? そもそも先導したのはあんたでしょ? あんた、もしかしてその賊とグルなんじゃない?」


 エラさんが、リューウェンさんにとんでもないことを言い放った。


 確かにこんなところで賊に出会うなんて、この広い草原を走って来たことを考えれば、早々あり得る確率じゃない。


 となればエラさんの言うことも可能性としてなくはない。

 僕らは総勢60名ほどだけど、リューウェンさんが賊の一味となれば16人、およそ3分の1も減ることになる。対して賊は100人に加えその16人も入るのだから、彼我の戦力差は2倍から3倍近くまで広がることになる。


「そんな、とんでもない! 私はこの商売に人生を賭けているのです。そんな賊などと一緒にされてしまっては困ります」


「本当? じゃあなんでこんな危ないところ通ろうとしてるのさ。それ以外の理由があるなら教えてほしいんだけど?」


「それは……」


 リューウェンさんが言い淀む。まさか本当に?


「ご、ごめんなさい!!」


 と、そこで横入りする声。

 見れば、キッシュみたいなパイをお盆に乗せて傍まで来ていたヤマゾ少年が身を固くして立っていた。


「なに、あんた? ごめんなさいって何?」


「ごめんなさい! その……今回の旅の道程を決めたのは僕なんです。あ、いや、地図を作って、旦那様に確認してもらって……それで盗賊なんかがいるなんて知らなくて……」


 今にも泣きそうなヤマゾ少年に、毒気を抜かれたのかエラさんは盛大にため息をつくと、お盆からパイをつかみ取ってそのままかぶりつく。

 そのままリューウェンさんを睨みつけ、


「あんた。いくら気が利くって言っても、こんな坊ちゃんを信じてると……そのうち死ぬよ?」


「ええ。申し訳ありません。ただ私としても後進の育成をしなければ先がないのですよ。国都に着きましたら値段は勉強させていただきますので、お許しください」


「……ま、後進ってのは分からなくないけどね。分かったわ」


 ほぅっとした空気が辺りに流れる。

 それで安心したのか、皆がパイに手を伸ばす。自分は少し考えることがあって、取りはしたもののまだ口には運ばない。


「リューウェン殿」


 と、次に声をあげたのは、傭兵隊長。40前後か、短く刈りあげた髪に、いかめしい顔というだけでかなりこわもてなのに、頬にはざっくりと裂けた傷跡があり、普通ならお近づきになりたくないような面相の人だ。多分百戦錬磨で強いんだろう。

 その傭兵隊長が、かなり渋くてドスの効いた声でリューウェンさんに話しかける。


「半日かかると言っていたが、その分は――」


「ええ。余分にお支払いしますよ。あ、お二方は安心してください。今回の件もありますし、延長代は私が支払います」


「うむ。ならばいい」


 金の相談かよ。いや、そういうところがプロなんだろうな。


 それからはとりあえず和やかな空気の中、パイと紅茶によるお茶会のような流れになった。

 朝と昼の間の微妙な時間、ひとまずの休憩を兼ねてのことで、隊商のほか全員にもお茶とパイが配られたようだ。


 一応、表面上は和やかな茶会。

 だが僕は何かが気になっていた。それが何か分からず、お茶にもパイにも手が伸びない。


「イリス、どうしたんですの?」


 じっと固まっている僕に気が付いて、カタリアが話しかけてきた。


「あ、いや。ちょっと……うん、何でもない」


「おや、これはお気に召されませんでしたか? 私どものもてなしが通じず、申し訳ありません」


「お気になさらず、リューウェンさん。この子の奇行は今に始まったことじゃありませんから」


 どういう意味だよ、と反論しようとしたけど、言葉が出ない。

 何か。違和感。


「お食べにならないんですか?」


 ふと声をかけられた。僕とカタリアの間にヤマゾ少年がいつの間にか立っていたのだ。

 この子。まるで気配を感じない。少しそれが怖い。


「え、ええ。ちょっと」


「そうですか……せっかく頑張って作ったんですが」


 子犬みたいにしゅんとしてしまうヤマゾ少年。うぅ、これが母性本能をくすぐるということか。ショタコンという言葉が脳内に駆け巡る。いや、ダメだ。さすがに一線を超えるのは色々ヤバい。


「あ、いや。うん。食べたいけど、ちょっと今は……」


「ふーーーーん。そうですか。ま、いっか」


 ん?

 なんだ。今のは。


 何が「いっか」なんだ? それより今の。これまでの愛嬌を振りまく子犬みたいな感じの声とは全く違う。どこか大人びたような、胸にざわつくような、どす黒い何かを感じさせる声は。


「そういえば旦那様、1つ謝っておかなければならないことがあるんです」


 そんな僕の不安をよそに、ヤマゾ少年はにこやかな笑顔を振りまき、リューウェンさんに向き直る。


「ん、どうしたヤマゾ?」


「実は僕。ここに盗賊がいることを知っていたんです」


「なに!?」


 リューウェンさんが目を見開くほどに驚いている。

 なんだ? 何が起きている?


 だがその後に起きたことは僕のさらに想像を超えた。


「うっ……」


 最初はエラさんだった。続いてカタリア、カーター先生。

 それが苦しそうに身もだえしたかと思うと、力尽きたようにテーブルに突っ伏す。


「み、皆さん!? 一体……うっ……」


 リューウェンさんも同じく体を硬直させてテーブルに倒れた。


 何が。いや、この感じ。まさか。


「毒、か」


 傭兵隊長が静かにつぶやく。


 毒!?

 まさか、この紅茶に!?


「だいせいかいー! はは、さすが傭兵隊長さんは警戒してたかな」


「いや、しっかり効いている。飲み物は遠慮したが、まさかパイの方にもあったとは。ただそれなりに訓練してきたから、意識を失うところまでは行っていないが」


「はっ。それでも十分化け物だっての。ま、動けないならいいけど。さて、と」


 先ほどから聞きなれない声がする。僕はこんな声でしゃべる人間を知らない。少なくとも、この場にはいなかった。


 だがいる。

 間違いなく、僕の前に。


 これまでと違った存在として。


「最初から最後まで警戒してくれたのはお姉さんだけだね。いや、素晴らしい。敵地で出されたものは食べちゃだめだよ。そういう意味ではそこの傭兵さんより覚悟ができてるのかな? じゃ、せめてものご褒美に自己紹介させてもらおうかな。僕はヤマゾ。ツァン国都東部に根を張る盗賊の頭さ」


 ヤマゾ少年は、これまでの純粋な天使のような従者の仮面をかなぐり捨て、目をそむけたくなるほど邪悪な面構えをして、そう言い放った。

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