第27話 隊商出発
ホーシャンさんの尽力もあり、2つの商人グループと共に街を出たのは5日後だった。
少し時間がかかったのは、それぞれの出発の都合を合わせるとどうしてもその日になったからだ。
「お世話になりました!」
「いえいえ。お客さんがたくさんいてくれてこちらも楽しかったですよ。どうぞ皆さん、お気をつけて」
出発の朝、ホーシャンさんに皆でお礼を言って別れた。
旅の資金やお昼のサンドウィッチなども準備してくれて、本当にいい人だ。カタリアの親戚をやっているのがもったいないくらいだ。もちろんその分の代金は国に請求がいってるんだろうけど。
というわけで僕らは街の出口に当たる場所で、商人グループたちと合流した。
「初めまして、イース国のかたがただ。私はリューウェン。しがない商人でございます。あ、こちらは従者のヤマゾです。何かに気が利く子でしてね。皆さんと同年代のようですから、どうぞ仲良くしてやってください」
そう挨拶したのは少し小太りのおじさん。立派な口ひげも蓄えて、笑顔なんだけど目が笑っていない感じで、なんというか胡散臭い感じもするが、ホーシャンさんの眼鏡に叶ったのだから問題ないだろう。
その隣にいる、紹介されたヤマゾくんは、10歳前後くらいの男の子。はきはきしていて働き者。見ていて微笑ましい。
何より男9人、女7人の大所帯。旅も慣れているということで、かなり心強かった。
そしてもう1つのグループが、
「あたしはエラ。ま、大道芸の座長みたいな? ことやってる? 感じの? ま、そんなわけでよろしこ」
煙管を片手に気だるそうに挨拶する20代半ばほどの女性。髪が金だの赤だの緑だの、とにかく派手な感じでよく目に引く。
美人っちゃ美人なんだけど、なんというか浮世離れした感じでどこか違和感がないでもない。
しかも大道芸って。商人じゃなくてもキャラバンになるのか。
こちらもまた大所帯で、男3人、女13人とかなり女性の方が多い。女性の大道芸って何をやるのか、ちょっと気になった。
そして残る僕らは、ラス、カタリア、ユーン、サン、ムサシ生徒会長、カーター先生と琴さんに僕の計8名と、馬車のため臨時雇いの御者が3人。
総勢で43人というかなりの大人数となった。
しかもそれだけじゃなく、護衛として用心棒稼業をしている16人の男女の傭兵隊も入ったので、59名という数字にまで膨れ上がった。
そんな隊商が使う馬車の量も多く、リューウェンさんのグループが12台、エラさんが8台、そして僕らが3台で護衛が2台に騎馬がつくということで25台もの馬車がずらずらと並びながら草原を走る様は壮観だ。
それでとりあえず全員が同じ目的地のツァン国の国都へと向かうのだ。
「うわぁーすごいね! すごいね!」
ラスは馬車の荷台から顔を出して、目を輝かせている。
逆に死んだ目をして大きくため息をつくのが隣のカタリア。
「まったく、こんな数秒で飽きるものをよくもまぁ」
「あれ、カタリア様ご機嫌斜めです?」
「それはそうですわ。こんな状態で6日もかかるとか。こうもガタガタと揺れる中で、美容にもよくありませんわ」
「ま、でもそのルート案を出したのはお嬢だけど」
「お黙り、サン!」
こっちはいつも通りか。
この5人が1台の馬車に乗り、琴さんとムサシ生徒会長は2番目の馬車に生活用品らと共に乗り、そして最後の馬車はカーター先生が御者をつとめて贈答品らを積んだ荷車を守っている。
けどまぁ確かに。このなんとも言えない時間をずっと何もせず待っているのは、今は良くても後々辛くなってくるだろう。
しかもこれが6日。それでもツァンの国都に到着し、そこからさらにまた4日ほどの旅が続くのだ。
今更ながらにやっぱり船で行った方が良かったかもと思わないでもない。
その日は目標の村についたところで停止。村にお金を払って空き家をいくつか貸してもらった。
まだ陽が落ちるまで時間があったけどここで止まったのは、初日だから無理しないというのと、ここを過ぎれば陽が落ちるところで林や狭路のある危険な場所に入り込んでしまうから、というリューウェンの意見だ。
さすが旅慣れしていると皆それに従ってその日は屋根の下で寝た。
だがその次の日は野宿で、僕らは荷台に雑魚寝して寝た。
そして3日目も同様となれば、どこか気持ち的にも疲れ切ってしまっている。あと半分と思っても“まだ”という気持ちが大きくなってついていかないというのもある。
川の水で体を洗うことはできたが、やっぱりお風呂入りたい。熱いお湯で肩までつかりたい。あとベッドで寝たい。ふわふわじゃなくてもいいから、とりあえず布団のあるところで寝たい。
本格的な旅というのはなかなか辛いものだと初めて知った。
2月ということでそれなりに涼しい風が吹く。荷台に吹き込む寒風に耐えないといけないし、夜はさらに気温が下がるので防寒は重要だった。
それに夜は夜で色々問題が起きてくる。
たき火を起こすための薪を集めないといけないのも辛かったし、夜中の警戒というものが必要なのだ。
それはもちろん賊らに対してもそうだけど、こういったところで一番怖いのが野生の動物らしい。特に野犬。そういったものから身を護るために、たき火は常に絶やさないでおくべきだし、何より誰かは起きて見張りをしておくべきだという。
初日は琴さんが寝ずの番をしていたみたいで、それを後から知って2日目からは皆で交代制の見張りをすることになった。
それがまた何もなく辛い。
たき火を見続ける動画で心が癒されるというのを聞いたことがあるけどとんでもない。たき火以外の場所はほぼ真っ暗なのだ。他のグループのたき火以外は。
月が出ているといってもはっきりと照らしてくれるわけじゃない。その闇から何かが今に出てくるんじゃないか。そう思ってしまうとびくついて落ち着いてなんかいられなかった。
だからずっと赤煌を抱いて座りながら、大丈夫、僕は軍神のスキルがある、何か来ても問題ない、みたいな感じで自己暗示をかけ続ける羽目になった。
あと人間関係だ。
60人近い数というのは高校の1クラスより多い人数。それが共に行動して3日といえども、何もないわけがない。
そもそもが2日連続の野宿で若干心がすさんでいる時だ。暴力沙汰まではいかないものの、窃盗騒ぎやら口論などが何度も起きていた。
それで必要以上にピリピリして、夜もそれぞれのグループが少し離れた位置で寝るようになったのもそのせいだ。
そして4日目。
この日もだるい身体を荷台に転がしていると、急に馬車が止まって意識が目覚めた。
「な、なんですの!?」
同じようにぼうっとしていたカタリアが跳ね起きたようにして、荷台から顔を出す。
見れば前の方の馬車が止まっている。衝突を起こさないよう間を開けて走っていた馬車群が、それで一斉に止まったのだ。
「ちょっと代表の方は集まってもらえますか!」
リューウェンさんの声だ。
「何かあったのね」
と、カタリアが声を弾ませて馬車を飛び降りる。
「お、おい! お前は代表じゃないだろ」
「わたくしはインジュインですわよ? つまりこの一団の代表と言っても過言ではないでしょうに」
いや、過言だよ。
けどこいつも多分、退屈していたのだろう。それは僕にも分かる。だから、
「よっと」
「何のつもりですの?」
「だって僕もグーシィンだからね。なら代表とも言えるだろう?」
「…………ふん、勝手になさい」
同じ理屈で言われれば、それを否定できないカタリアだった。
というわけでイース国のグループからは僕とカタリア、そしてカーター先生がリューウェンさんのところへと集まった。
そこには折りたたみの机と椅子が展開されていて、すでにエラさんと傭兵の隊長が来ていてリューウェンさんと一緒に座っていた。
イース国の席は1つだけだったからカーター先生を座らせようとしたが、すぐにリューウェンさんのお付き、ヤマゾ少年が椅子を2つ持ってきてくれた。この子、有能だ。
「いや、お越しいただいて恐縮です」
「それより、何があったわけ?」
あくまで腰の低いリューウェンさんに対し、煙管をふかしながらも明らかに機嫌のよくないエラさん。
「まぁまぁ、そうつっけんどんな態度でなくてもいいじゃないですか。我々は運命共同体なのですから」
「あと2日だけどね」
にべもないなぁ、エラさん。
けど、確かに。あと2日の付き合いか。
「まぁまぁ。ああ、ヤマゾ。お茶をお願いするよ」
ヤマゾ少年は荷台に引っ込むとすぐにカップに乗ったお茶を6つ運んできた。まるで前もって準備していたような早さだ。
「これはいい茶葉を使っていましてね。リラックス効果を生むと言われて、かなり高価な代物なんですよ? あ、効果と高価。ダジャレになっちゃいましたね、ははは」
「だから!!」
ダンっと、紅茶を一息で飲み干したエラさんが、カップを机にたたきつける。
「あの、話を先に進めませんか。さすがにこの急停止には理由があると思うんですが、我々がそれを知らないというのはやはり不安なのですよ。お茶では癒せないほどにね」
僕らを代表してカーター先生が2人の仲裁に入る。さすが大人だ。とちょっと見直した。
「おお、これは先生。失礼しました。いやいや、先に話すべきでしたね。これも私が慌てていたということで。どうかお許しください」
「それで、何が起きましたか?」
口を開きかけたエラさんを制して、カーター先生が話を促す。
「いやいやいやいや。これは失礼しました。そうですね。先に結論から言うべきですね。これも私の悪い癖でして、商談の時も余計な長話が多いと先方に呆れられることもしばしばで。あ、すみません。ええ、そうですね。これが余計な長話という奴で。あ、はい。それでは言いましょう。実は私もかなりテンパっていまして。それがなんとですね」
そこでリューウェンさんは一旦言葉を切り、そして再び口にしたのは、
「この先に盗賊の巣窟があるそうなのです。数は100。もし襲われたら全滅確定です」




