第26話 陸か河か
「というわけでおさらいだ。私たちが今いるのはここ。ツァンの端っこだ。ここテストに出るから覚えておくように」
「いや、なんのテストに出るのさ……」
壁に掲げた地図を示すカーター先生に対するサンのツッコミで、周囲に笑いが起きる。
ようやく贈答品の目途がついたころ。カーター先生がこれからの方針について話し合おうと皆を別宅の広間に集めた。
そしてその走りとして、カーター先生による現状把握のおさらいが始まったのだった。
「サン、そういうのは良くないぞ。これは先生なりのジョークで、場を和ませるためにだな」
「あ、先生。そういうのいいんで。先進めてもらっていいですか」
「ムサシくんもか……私はショックだよ」
再び笑いが起きる。場の空気は悪くない。
梁山泊の一件から、まだイース国と直線距離はさほど離れていない場所で足止めを食らったのだ。焦りや不安で不協和音が出ても仕方ないことだったけど、どうやら皆、そこらへんはわきまえているようだ。
狙ってやったのかは分からないけど、カーター先生ナイスだ。
「こほん。というわけで、我々は明日にでも出発できるというわけだが、イリス・グーシィン。体調はどうだ?」
おっと、ここで僕に振るか。いや、それもそうだ。物資集めという目的はあったものの、半分は僕のために足を止めてくれたのだから。
「激しく動かなければ大丈夫です。移動なら耐えられますよ」
「そうか。だが安心しろ。たとえお前がどれだけ傷つこうとも、お前を愛する気持ちは変わらないということを」
「意味わかんないんで。さっさと先に進めてください」
「そろそろ先生も泣くよ?」
いや、こんなところで愛とか言われても困るだけだし。この人もちょくちょく変な感じになるよな。
「まぁそういうわけだ。物資集めについても、ホーシャンさんの手伝いもあり8割がた完了している。ホーシャンさん、本当に何から何までお世話になりました。ありがとうございます」
「いえいえ、私としてもカタリアのお嬢様のお手伝いができたこと、嬉しく思います。あ、代金の方は本国に請求させていただきましたので、お気になさらず」
「おーっほっほ! さすがおじ様ですわ。搾り取るところはしっかり搾り取る。それがかつての祖国であっても! これぞ世界に生きるインジュイン家の強さなのですわ! ……というわけでおじ様。少しまかりません?」
「まかりませんなぁ、こればかりは」
「……けち臭いですわ」
「ま、まぁそういうわけで! 代金などのことは本国に任せよう! そのおかげもあって、我々としては明日にでも出発できるということだが」
「問題はどちらから行くか、ということだね先生」
「どういうことですか、ムサシ生徒会長?」
ムサシ生徒会長の指摘に、ラスが首をかしげて問いかける。
「いい質問だね、ラスくん。だが先生もそれを言いたかったんじゃないかな。だからここは年功序列として先生に譲ろう」
「おお、さすがムサシ・ニューロだ。ここも取られていたら、確実に泣いていたよ、私は。さて、気を取り直してラス・ハロール。私たちが今いるのはこの位置だ。それはわかるね?」
「はい、最初に先生が言ったので」
今、僕たちがいるのは、ツァンという国。
だがこのツァン。かなり東西に長い。東は僕らのノスル国領の位置まで届き、東はウェルズを通り越してデュエンの半分以上を行く。地図上の目算だけど、東京から博多くらいまでは距離があるんじゃないかと思う。
そしてそのツァン国の西の端。
それが僕たちの目的地、この世界の中心、アカシャ帝国の首都がある地域との国境になるのだ。
そうなると問題となるのが、これからの議題ということになる。
「そう、今いるのがここ。そして目的地はここだ。そこへ向かうのに取れる道筋は2つ。つまり、陸路を行くか、海路を行くかということだな」
「あ、なるほど!」
ラスが大きくうなずく。
そう、この2つの道。それが厄介だ。
陸路は距離が長く、移動するのも馬車を雇うとはいえ時間がかかるし疲れも溜まる。贈答品の量もそれなりにあるので、大所帯での移動となるため、かなりの日数がかかりそうだ。
ただ地上という安心感は、それだけで陸路を選んでもいいくらいに安心できる。万が一には逃げの一手を打てるのは大きい。
またツァン国とイースは特に敵対していないので、おそらく道中は平穏。ところどころの街で休憩も出来るし、ツァン軍が領内を見回っているから賊の襲撃もあまり心配しなくていいだろう。
逆に海路、というか河なんだけど区別がめんどくさいので海路で進める。海路は船がすべてやってくれるから移動距離も短く、何より疲れない。若干、船酔いで1名ダウンするけど、まぁそれは耐えてもらうということで。(海路の話が出た時に琴さんが露骨に悲しそうな顔をしていたけど、可愛いかったから内緒だ)
なら海路一点張りというところはあるが、まぁ当然というかこれまでの経緯を考えれば不安しかない。梁山泊は武器を失ったとはいえ船は健在だからどこかで網を張っている可能性だってある。
また他にも海賊もとい川賊を働くやからもおり、それを取り締まる軍というのがいないのだからそこら辺の危険度は陸路よりはるかに高いだろう。
何より海路では囲まれたら逃げ場が全くないというのが難しい。それに前みたく乗組員に裏切られたらどうしようもない。
時間を優先するなら海路。
安全を優先するなら陸路といったところか。
「というわけで陸路か海路。そのどちらを取るか、という話で皆に意見をもらいたい。先に言っておくと、先生としては海路を取るべきだと考えている。陸路の方が安全だろうが、かかる時間を考えたら確率的にどちらも同じだろう。だったら船でさっと行ってしまった方がいい。贈答品はかなり重たいしね」
「ちょっと待っていただきたい。いや、ボクは正式な学園の一員ではないが、海路はよした方がいいと言わせてもらおう。梁山泊、その残党がどこにいるか分からない。万が一のことを考えると、少し難しく時間がかかっても陸路の方がいいと大地の精は言っているよ」
「コトっちは船酔いするからなぁ」
「そ、そうではないぞ! うん、そういった理由では、ない、ぞ?」
サンの指摘にしどろもどろの琴さん。やっぱり先日の話し合いのあとから、少し肩の力が抜けてる気がする。
サンやラスと話していたところもあったし、いい傾向だと思う。
その後も議論が百出して、海路派がカーター先生、サン、ムサシ生徒会長。対する陸路派が琴さん、ユーン、ラスと言った感じで真っ二つに割れていた。僕は現状お荷物的存在なのでどちらがよいとも言わないでいた。
その中で1人。腕を組んで目を閉じ、沈黙を守っていたカタリアにラスが水を向けた。
「カタリアちゃんはどっちだと思う?」
カタリアは眠っていたわけじゃないらしい。ラスの言葉に目を開き、自分に全員の視線が集まっているのを確認してから、ようやく口を開いた。
「そうね。今がここ。そして南南西に向かった位置にツァン国の国都。ここの周辺までは安全そうだから陸路で行って、そこから北西へ進路を取り、この港町で船に乗り換えて最短でここ帝都に向かうというのはどうかしら?」
しん、と座が静まり返る。
「な、なによ。この反応……」
見慣れぬ反応だったからか、カタリアは戸惑ったようにしていたが、数秒して起きた反応は喚声に近いものだった。
「すごい! すごいよカタリアちゃん! それなら無事に早く行けそうだよ!!」
「ふっ、カタリア・インジュイン。先生が教えることはもうないようだ」
「カタリアくん、かぁ。この子も美味しそう」
「さすがカタリアのお嬢様ですな。はっは」
あらん限りのべた褒めを受け、今までクールに気取っていたカタリアだったが、
「おーっほっほ! ま、わたくしレベルになれば、それくらいのベストアンサーを出すことは容易いですわ!」
本当に調子いいくらいに単純だよな。こいつ。見てて羨ましいくらいに。
まぁ確かにその案は悪くない。
安全な陸路を使いながら、梁山泊の領域外で船に乗り換えれば危険はある程度下がるし、船に乗る時間もかなり短縮される。
それからカタリアの提案したルートを考察して、それなりに形になってきた。
ただ一番の問題は道案内。この僕たち誰もが未知の土地で地図を片手に進むのはそれはそれで危険だ。
だから道案内を雇うなりして、通行の安全を確保するのだけど。
「あの、それについて1つよろしいでしょうか」
そう控えめに声をあげたのは、ホーシャンさんだった。
道案内の伝手とかもらえるかな、と思ったがその後に続いたのは少し趣の異なる内容だった。
「皆さん、隊商はご存じでしょうか?」
「キャラバン? 商人同士で組むあの?」
「さすが先生、物知りで話が早い」
「いえいえ、そんな。ははは」
隊商、キャラバンか。よくゲームとかアニメで聞くけど、結局どういったものかあまり理解していなかった。
「キャラバンというのは、商人が複数まとまって旅をするというものです。みんなで旅すれば怖くない、ということですね」
「質問です。それってなんかいいことあるんですか? むしろライバル同士で一緒に行動するなんて、あまりメリットがないような気がするんですけど」
ユーンが手を挙げて質問する。それにホーシャンさんは笑みを浮かべて答える。
「ええ、確かに商人同士が組むということはあまりありません。ですが、隊商を組むことでリスクを分散することができるというのも確かです。たとえば旅の安全。盗賊といっても人です。より楽な相手から奪おうとするのが人情でしょう。そうなった時、1人でふらふら旅をする人間と、仲間を募って集団で移動する人間。狙うのはどちらが楽でしょう」
「ああ、なるほど。みんなで旅すれば怖くない、ってそういうことですね」
「はい、その通りです。そしてキャラバンを組むメリットはまだあります。たとえば護衛を雇う場合。賊の数の想定と、荷物を守るということを想定すれば少なくとも数十人は集めないと賊に太刀打ちできません。ですが複数の商人が組む場合でもその人数はそこまで変わらないのです。そうなれば護衛を雇う費用も分散できるし、いいことだらけですね。また、旅では何が起きるか分かりません。突然、病気になったとしても、他の商人と一緒なら助けてくれます。だって、もしここで助けなければ、次に自分が病気になっても誰も助けてくれませんからね。そういった意味でリスクを減らすためのキャラバンということです」
「なるほど、よくわかりました!」
確かにキャラバンを組むメリットというのが良く分かる内容だった。
平和で車という陸路が確立されている世界に生きる僕としては、みんなで動くという認識がないのも当然で、ホーシャンさんの語る内容は新鮮味にあふれていた。
きっと昔の、シルクロードの人たちとかもこういう風に、生きる知恵を活用していたのだろうか。
「ならばその隊商というのを活用しよう。皆はそれでいいかな? ホーシャンさん、隊商の人たちに会わせてもらえますか? では方針はそれでいこう。出発はそうだな、3日後ということで。それぞれ準備はしておいてくれ。では解散!」
カーター先生が引率の先生みたいな感じで話をまとめた。あ、引率の先生か。
とりあえず帝都への道のりはできた。
あとは何事もなければ、1週間後にはこの世界の中心都市にいるのだけど。
果たして。想定通りに上手くいかないのが、この死神の作ったくそったれな世界だったりするんだよなぁ。