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第24話 脱梁山泊

「林冲、さん。1つお願いがあります」


「なんだ。せっかく楽しくなってきたのに。いや、いい。言ってみろ。楽しませてくれた礼くらいはしてやる」


 僕の言葉を聞いて、林冲は少し呆れたように槍の構えを解いてそう言った。


 もはや勝った気じゃないか。いや、それもそうだ。実力差がありすぎる。

 よもやと思ったけど、案の定スキル『軍神』も十分に効果が発揮されていない。自分へのバフはまだしも、相手へのデバフは武力が林冲の方が高いから効いていなさそうだし、やはりというか『軍神』は味方を率いてのスキル。

 上杉謙信も個として強かったのだろうが、やはりその強さは蘭陵王らと同じ、軍を率いての強さが傑出していた。


 強さのベクトルが違うんだ。

 いや、本当の軍神なら林冲とも渡り合えるのかもしれない。けど今の僕には無理だ。無理だから、もうこうするしかない。


「この勝負が終わったら、皆を見逃してあげてください」


「……いいだろう」


「よせ、林冲! もういりすは――」


「外野は黙ってろ!!」


 琴さんも何かを感じたのか、必死の抗弁をしたが林冲に一喝されて黙った。


「いりす……」


「大丈夫、琴さん。僕は負けないから」


 負けない。けど勝ちもしない。

 そもそも僕の負けはなんだ? 僕が死ぬこと? 致命傷を負うこと?

 違う。ラスを、カタリアを守れないこと。

 彼女らが生きれば、イースの未来は開かれる。

 そのためには、僕の死なんてことは負けには入らない。


 それが、僕の出した答えだ。


「行きます」


「おう、来い」


 赤煌しゃっこうを構える。


「よせ、林冲! いりすは刺し違える気だ!!」


 琴さんの悲鳴のような叫びに、全てが動いた。

 一歩踏み出す。

 悪くない人生だった。前の人生よりも、この2度目の人生の方が色があった。誰かのために戦えた。思う存分、戦えたのだ。

 家族やラスたちと会えないのは残念だけど、イリスがまた死ぬのは悲しいけど、それはもう。運命ということで。


 赤煌しゃっこうを突き出す。だが相手の方が早い。槍。来る。


 その刹那。


「なにっ!」


 爆音。そして地面が揺れた。

 それによって目測を誤った槍が僕の左肩を貫き、僕の赤煌しゃっこうは相手の頬を掠った。


 痛い。いや、熱い。槍が抜かれると、栓が抜けたようにして血が噴き出す。

 立っていられず、その場でへたり込んだ。


「いりす!!」


 琴さんが駆け寄ってくる。そして掛下の帯をほどくと僕の肩にぐるぐると巻き止血を始める。


 対する林冲は僕から視線を外し、爆音のした方向を見る。


「あの方角は……武器庫か! やりやがったな、いりす」


 何のことだろう。全く分からない。

 ちらと見れば、東の方向で夜空を照らす灯りが見える。いや、灯りというより炎か?


「まだやるのか、林冲。いりすはもう戦えない。だからやるならボクが代わりに戦う。この夜闇の戦場にて、散った妻のため、鎮魂の歌を奏でてやろうじゃないか」


 いや、僕まだ散ってないし。てか妻じゃないし。


 対する林冲はちらと琴さんを一瞥すると、


「ふん、お前もそれなりなんだろうが。今はそれどろじゃなくなった」


「恐れるのか、このボクを?」


「闇を恐れて戦ができるか。それどころじゃないと言った。もういいから行け。とりあえずは楽しめたから今日のところは見逃してやる。次に会ったら覚悟しておけ」


 またやるのか。そう思うと愕然とする。

 こっちは疲労困憊で血も流している。林冲はというと、少し息を乱しているだけでまだまだ余裕が感じられる。というか一撃もまともに入れられてない。次にやってもまた負け、それも僕の死による負けだろう。


 それでも戦いを求めるなんて、本当に戦闘狂バトルジャンキーって感じだな。


「じゃあ俺はもう行く。このまま道なりに行けば船がある。お仲間もそこだろう。あとは勝手にしな。……っと、そうそう」


 と林冲は懐をごそごそとまさぐると、取り出した何か小さな箱をこちらにぽいと投げ出した。

 僕は腕を動かせないから、琴さんがそれをナイスキャッチ。


安道全あんどうぜんが作ったのよりは劣るが、傷薬だ。そんな傷なんかで死ぬなよ。せっかくの楽しみがなくなる」


 どうやらアフターケアも万全な戦闘狂バトルジャンキーらしい。

 あるいは最後、地鳴りなんかにも関係なく僕を殺そうと思えば殺せたのかもしれない。けど穂先を鈍らせたのは、情けというか、彼なりに楽しみを見出したということなのだろう。

 全然ありがたくないけど。


「もらっておく。だがいりすがダメだったら……お前の首はボクがもらう」


「いいね。そうしてもらおうか。できるならな。じゃあな」


 そう言って林冲は槍を片手に、手を振って悠然と去っていった。

 それによって、この場に満ちていた闘気というか殺気立った空気が弛緩していくのを感じる。


「いりす! なんて無茶を……」


「はは、ダメだったよ……」


「駄目だったじゃない。命があるのは奇跡みたいなものだ。さ、傷を見せてくれ。この薬は怪しいが、今はこれに頼るしかないぞ」


「ん……」


 それから琴さんに傷の手当てを受け、それでもそこにいつまでも留まれないので、肩を貸してもらいながらなんとか川岸まで出ることができた。


 確かに林冲の言う通り、岸には一艘の船が横付けされていた。そして、その前には見覚えのある人影が。


「あ、来た! イリスちゃんだ!」


 ラスの声。それに呼応して皆の声が聞こえる。

 ラス、カタリア、ユーン、サン。トルシュ兄さんにムサシ生徒会長、そしてカーター先生。全員無事だ。


「ラス、よく皆を連れてきてくれた」


「そんな……イリスちゃん、大変な怪我してるじゃない! 血を、血を吸ってあげる!」


「いや、毒とかじゃないから大丈夫だって。薬塗ったし」


 一仕事をやり終えても、相変わらずだなぁこいつ。


「ふん、相変わらずいつも傷だらけで。あなたも女子なんですから、傷跡には気を付けるんですわよ」


「といいつつ、心配そうなカタリア様なんですね」


「それがお嬢のツンデレといういわれだからねぇ」


 こっちも相変わらずのメンツだし。


「ところでなんか起きたのか? いきなり爆発したみたいだけど」


「あー、あれはねー」


「話したいのは分かるが、皆。今は逃げ出すチャンスだ。今のうちに船で出よう!」


 そう話をまとめたのはカーター先生だ。引率の先生みたいだ、と思ったけどそういやその通りだった。


 船は商船らしく、僕ら以外にも乗員がいた。少し無理を言って出発を遅らせていたらしい。そう頼んだのが林冲ということだったから、本当にアフターケアが良すぎる戦闘狂だ。


「くぅ」


 乗り込む段階になって、傷が痛んだ。血を失ったからか、頭もぼうっとしてくる。

 そんな時に自分を支えてくれたのは、まさかのトルシュ兄さんだった。


「トルシュ兄さん……」


「お前には貸しを作りっぱなしだからな。まぁ、あれだ。助かった。今回は」


 なんだか初めて優しい言葉をかけられたような気がする。本当にツンデレというかなんというか。


 僕らが乗り込むと、すぐに船は出発した。もちろんモーターなどないから、オールを漕ぐというすべて人力のもの。

 こちらは女子が6人もいるため、そこは漕ぎ手さんがいてくれて大助かり。林冲さまさまだ。


 僕らはお客様ということで、とはいえ金を払ったわけでもないから甲板の一区画でこじんまりと膝を寄せ合っていた。


「え、生徒会長が?」


「ま、相手は反徒といっても軍だろう? だからその出撃を遅らせるには、武器か兵糧を焼くのが一番いい。そう思って火をつけてきたんだけど……まさかあんなに爆発するとはね。火薬でもあったかな?」


 などと呑気に言うムサシ生徒会長だが、やってることは過激極まりない。

 けど、これは大きなことだ。


「ありがとうございます。それでイースは救われます」


「ん? そうかい? ならよかったよ」


 いや、本当にすごいことだ。これで防衛線を構築する余裕が生まれるし、他の国に対応の協力を申し出てもいい。

 そうなれば梁山泊は厄介な島として、各国に認定され、あるいはどこかの国が潰してくれるかもしれない。

 まぁそうなった場合、この島に住む皆が犠牲になるので、それは最終手段にしておこう。


 とにかくそれで焦眉しょうびの急である問題は解決したのだけど、


「ちょっと待て。このままイース国に戻る? それは賛成できないな」


 そう切り出したのはカーター先生だ。

 いわく、アカシャ帝国に向かうのも重要だというのだ。


 特別派遣研修生は、学校の取り決めとはいえ、その上にある国同士の問題でもある。

 そのため、何も言わずに国に戻るのは、たとえ仕方のない事件があったとはいえ推奨できないという。せめて1人、可能なら3人くらいは帝都へ向かうべきだ、というカーター先生の言葉には納得できるものがあった。


「ならボクがイースに戻ろう」


 そう手を挙げたのはトルシュ兄さんだった。


「ボクは仮にもグーシィン家の人間だ。カタリア・インジュインを除いて、ボクの言葉はそれなりに影響力を持っているのは確か。だから兄さんらを動かしてあの島を調べるのは容易いだろう。イリスが戻ってもいいが、その傷だからな」


「兄さん……」


「ふん。お前、色々動き過ぎなんだよ。だから帝都見物でもしてのんびりしてろ」


 いい方こそキツイものの、なんだか少し優しく扱われたようでこそばゆいな。


「ではあとは頼みます、ムサシ生徒会長。それと、カーター先生も」


「ああ、構わないよ。むしろ私の方が世話になってるさ。というわけで兄妹丼はまた今度ということだな!」


「任せておけ。ではよろしく頼む、トルシュ・グーシィン。帰り道も気を付けて」


 そんなわけで今後の方針は決まった。荷物は奪われ、持ち出せたのは多少の金ということで途中で貢物を購入して帝都を目指す、それがまずの僕たちの目標だ。


 だがそれより先に重要な問題が起こった。


 それはまさに僕で、空が白み始めたころ、そして対岸が見え始めたころ。急に高熱を発して座ってもいられなくなったのだ。

 おそらく左肩の傷と出血によるものだろうが、こんな船上では何もできず、最優先で近場に着岸して医者を探す羽目に。


 皆を慌てさせて申し訳ないと思いつつも、こうしてまた皆といられる時間ができたことに感謝したい。

 そう思いながらも、僕は気を失った。

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