第18話 死神ご相談室
「やぁ、また来たね」
気が付くと、目の前に死神が座っていた。いつものアンティークな一室。木目調の机にティーカップを乗せ、優雅にティータイムとしゃれこんでいる死神だ。
「また、か」
「それはこっちのセリフなんだけどねぇ。うちに来る人間の魂なんてそうそうないはずなんだけど」
「あ……」
ということはやっぱり死んだのか。覚えている最期の景色は、つまらなそうな瞳をした冴えない男。林冲。彼もまたイレギュラーで、清河と決別して逃げようとした僕を槍で貫いたのだ。林冲と言えば槍。それが急所に入ったのだから、どうあがこうと致命傷。それで僕はここに3度目の来訪をしたというわけだけど。
というか林冲って空想上のキャラだよな。いいのか? この世界のシステムがよくわからないけど。
「いいんだよ、そこら辺は。あ、言っておくと死んでないから君」
「そうか。やっぱり僕は死んで……はぁ!? 死んでない!?」
「お、いいね。それがジャパニーズ・ノリ・ツッコミというやつだね。記録しておこう」
言いながらどこから取り出したのか、ハンディカムのカメラを取り出し僕を映し出す死神。それもメイド・イン・ジャパンだろ。
「いや、死んでないって……」
「ん。そりゃそうだ。人は石突きじゃ死なないよ。当たり所が悪ければ、まぁ内臓破裂とかで死ぬだろうけど、そこは加減してくれたみたいだね、彼」
「なんで……」
「さぁ? 人間の考えることは分からないよ。だからこそ、この箱庭があるわけで。そんなことより死んでもない君がここにいることが問題だよ。なんなの? 槍で突かれたと思ってショック死でもした? やめてよね、ボクだって暇なわけじゃないんだ。これから『劇場版 殺っとできた! 初めてのおつかいちゃん セカンドジェネレーションズ』の3周目を見て考察レポートを書いてSNSにアップしようとしてたところなんだから」
「超絶暇じゃねぇか」
はぁ、なんでこんな奴が死神で、閻魔大王なんだろう。もうただのニートだろ。
「失礼だね。これでも30年に1度は働いているんだよ?」
「サボりまくりじゃねーか」
というかさり気に寿命が短い神様アピールを入れるんじゃない。
ふぅ。いや、もうどうでもいい。
「神様にどうでもいいって酷くない!?」
「酷くない。言われたくないならもうちょっとビシッとしろって」
「無理」
「即答!?」
「当たり前さ。仕事は適当に、遊びは全力で。それが地獄3丁目の今世紀の標語だよ」
「最低な3丁目だな。いや、だからいいんだって、それは! とにかく僕はまだ死んでないんだな?」
「それはそう。しっかり生きてるよ。生きてることが良いことかはわからないけど」
「閻魔大王が言うセリフじゃねーな」
「けど君も好きだねぇ。せっかく周囲が安定して、半ば慰安旅行みたいなお気楽な旅が、一転、生か死かのサバイバルになってるんだから」
「好きでやってるわけじゃないっての。くそ、清河八郎め。とんでもないこと企みやがって」
「大変だねぇ、人間は」
「だ・れ・のせいだと思ってるんだ!」
「んー、ボク知らないー。だって神様だし。人間が勝手に物事を複雑にしてるんでしょ? 本当、人間の煩悩はきりがないね。本当、だからボクの仕事が減らないわけだ」
「やっぱりお前が閻魔大王っての納得いかないんだけど」
「そう言わないでくれよ。清河八郎のスキルが司るのは洗脳。それを受けて君が無事なのは、ボクがあげた『軍師』のスキルのおかげなんだから。君が大して使ってないのが、ここで役に立った。よかったね?」
「そりゃ寿命が縮まるから……って、やっぱりお前十分知ってるじゃないか!」
「えー、知らなーい。ボクはただの善良な閻魔大王だもの。スキルとか転生とか全然知らなーい」
こいつ。本当にいい性格してる。もちろん悪い意味で。
『――――ん』
「何か言った?」
「ん? さぁ、ただの幻聴じゃない?」
「ただの幻聴ってそれはそれでヤバいんだけど。てか死後の世界で幻聴とかあるのかよ」
『――――ん』
「また、聞こえた」
「あー、はいはい。理解しましたよ。えっと、どこいったっけ。あ、あったあった」
「おい、またその笏取り出してどういうつもりだよ……」
「なにって、ここにいる邪魔者を追い出すのさ。いつまでも居座られると、ボクの仕事……じゃなかった、映画鑑賞の邪魔になるからね」
「言い直して本音言いやがった……って、まさかまたそれでぶつのか!?」
「そりゃそうさ。笏は人を殴るためにある」
「絶対違うっ!!」
『――リス――ん』
「ほらほら、いつまでもここにいるとこちらに魂が引き寄せられてろくなことがないから。さ、さっさと出て行こうか」
「ちょっと待ってくれ。まだあの清河にどう対応するか、もう少しここで考えて――」
「問答無用! さらば蓮くん!」
死神が手にした笏。それが振り上げられ、僕の頭部に直撃。
痛い、という感覚はないものの、目が回って頭がくらくらし、そして視界が暗転し、
「イリスちゃん!」
懐かしい人の声を聴いた。気がした。