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第27話 イリスの休日

 2日ほど宿舎で休憩し、国都に向かって出発したのは3日目の朝だった。


 ザウス軍は結局来なかった。


 国都へはすでに早馬が出ているから、今頃軍備は整っているはずだし、うまくいっていれば他国からの援軍も期待できるという話だった。例の囲まれた他の3国のことだろう。


 よってこの3日ほど、国境は平和だった。

 少なくとも表面上は。警戒を緩めるわけにはいかないから、厳戒態勢なのは確かだけど、国都の防備の時間を稼げたということを考えれば、ここに駆け込んできた時よりは大分マシだ。


 とはいえ、ずっと暇だったわけじゃない。

 この世界についてを知らないといけないし、トウヨやカミュの相手をしなきゃいけないし、何より重要な点。


 馬だ。

 この世界の移動は基本徒歩。よくて馬車だという。

 蒸気機関はもっと都会にしかないというし、イース国の国土は全体的に凸凹しているので線路が敷設できないという。

 王都まで歩いて5日、馬車で3日だという中で、歩くにしては疲れるので論外、馬車は乗り物酔いしそう、ということで馬に乗れたらと思ったのだ。


 というか、格好いいじゃん? やっぱり騎馬隊って。


 というわけで自転車感覚で、今のうちに乗れるようになっておこうという意味合いで、あの人に相談してみた。


「え? イリリが馬? うーん……しょうがないか。最低限乗れないと恥っちゃ恥だし」


 と、最初は乗り気じゃなかったタヒラ姉さんと共に始まった乗馬教室だったが……。


「ほらほら! もっと背筋をピンと伸ばす! さすさす」


「そんなガチガチになってちゃ、馬の振動でお尻とか腰やるわよ! もみもみ」


「速い!? そのための馬でしょうが! ならちゃんと乗る! すりすり」


「落ちるのが怖い!? なに言ってんの! そういう時はあたしの胸にどんっと来なさい! ぷにぷに」


 ……なんというか、思い出すのも辛い2日間だった。

 よくよく考えたら、姉という立場ではあるけど、本来の僕よりは年下なわけで。そんな彼女から受ける特訓は、複雑な気分というのとスパルタなところも辛かった。

 それ以上に、なんか色々触られた気がする。べたべたされた気がする。あれってわざとやってるよね? めっちゃ擬音言ってたし。セクハラ事案かな? 訴えていいのかな?


 とはいえ、そんな苦労もあって並足程度の馬にはちゃんと乗れるようになったのは良いこと。

 あとは徐々に慣れて行けばいいだろう、とタヒラ姉さんから卒業証書をもらった。


 というわけで、馬の問題は解決。

 あと無視できない問題が1つ。


 それは到着した翌日。

 用意された着替えを前に服を脱いでいた時のこと。


 ゴトリ


 何か重いものが落ちた。

 それはどうやらパンツのポケットに入っていたらしく、長方形の固い物体。


 スマホだ。


 なんでこの世界に? と思ったけど、そういえばここに来る直前に、あの死神が渡してきたのを思い出す。なんだっけ。死神、フォンとか言ってた?

 全面が液晶で、タップしてみると画面に反応があった。

 すると画面に表示が出て――


『生体認証を行います。指を画面に置いてください』


 どうやら顔認証じゃなく指紋認証のようだ。いや、生体認証ってなんだ? SFみたいにばぁーっとスキャンするようなものがあるわけじゃなく指を置けと。

 よく分からないけどとりあえず指を置くと数秒。


 画面が切り替わった。

 それはいつも自分が使っているスマホと同じように見えた。


 だがアプリは5つだけ。

 電話、時計、カレンダー、地図、そしてセルフチェックという謎のものだ。

 アプリをダウンロードしてくる場所もない。


「とりあえず電話だな……」


 テンキーが表示され、元の世界の自分のスマホにかけてみる。

 だが――


『電波が通じない場所か、電源が入っていない可能性があります』


 ダメか。なら他の、と思っても連絡取れるような誰かなんていなかった。悲しかった。

 ただ電話帳に1つだけ登録されていた。


『死神様』


 ……そっ閉じした。


 続いてカレンダーは今が6月21日というだけが分かり、地図もこの周辺(あと今までいたザウスの国都周辺)くらいしか記載されておらず、あまり用をなさない。


 そして最後。

 セルフチェックというものをタップする。


 アプリが起動し、飛び込んできたのは美女のバストアップ。

 金色の髪の毛に薄いブルーの瞳。東洋人とは異なる高い鼻と、ふっくらとガリガリの絶妙なほどに中間にある美しい輪郭。

 大人ではなく、幼子でもない、ある意味一番美しい時期の彼女。


 こんな子が実際にいたら、その場で時を忘れてしまうだろうほどの美貌。要はドストライク。好みすぎた。まさしく僕の『黄金の彼女』。


 そこまで思って、この顔立ちに見覚えがあった。


 それは鮮血の女神ヴィーナス

 血に倒れ伏しても美しさを損なわない完璧な美の化身。


 イリス・グーシィン。


 今の切野蓮ぼくだ。


 そのことに気づいてつかの間落ち込む。

 そうだよなぁ。ドストライクの『黄金の彼女』を見つけたと思ったら、斬殺されて、いつの間にか自分がその子になっていたなんて。

 想像しただけでも……いや、事実を再整理しただけでも萎える。


 いつまでも落ち込んでる場合じゃない。

 僕がこの子になったおかげで、イリスは助かったんだ、と前向きに解釈。


 そしてどうやらセルフチェックというアプリ。これは要はプロフィールまとめみたいなものらしい。

 詳細には


 名前:イリス・グーシィン

 年齢:15歳

 生年月日:5月17日

 血液型:A型

 身長:147cm

 体重:39キロ

 スリーサイズ……おっと!


 うん、めっちゃ個人情報だった。

 僕のではなく、彼女の。


 だからなんとなく背徳感があって、とっさに戻るボタンを押してしまった。


 ……いや、違うから! あとでこっそり見ようとか思ってないから!

 誰に言い訳してるんだ、僕は。


 と、くだらないことをしつつも、実はこのアプリを開いて一番(そう、一番だ。決してスリーサイズの方が気になったわけじゃ全然全く微塵もない!)気になるものを開くことにした。


『ステータス』


 それを開くとレーダーチャート――要はよくあるゲームのパラメータとかを示す多角形のアレ――が現れた。


 項目は上から右回りに、


 統率力:39

 武力:45

 知力:32

 政治:19

 敏捷:40

 魅力:52

 運:7


 うん、普通……より弱いな!

 これ自分のパラメータ!? 嘘だろ!? めっちゃ弱いじゃん。こんなの蔡和さいか蔡中さいちゅうレベルじゃないか! しかも運7って。逆にこれってラッキーな方? あるいはMax10だよね!?


 え? この残念ステータスでどうしろと? というかこれでよく軍神とか名乗ったな!? よくこれまで生き延びたよな!?


 なんて思っていると、もう1つの項目。

 それですべての謎が解けた。


 スキル『軍神 Lv.1』

 効果:自身の統率力と武力と敏捷が大幅にアップ。味方の士気アップ。敵の統率力がアップ後の自身より低い場合は、敵の全パラメータ低下。


 なにこのチートスキル。

 自身の戦闘能力をめっちゃ上げて、しかも味方の士気(実際にはどういう現象になるかは分からないけど、ゲームとかでは戦闘力と継続戦闘能力に直結)を上げる強化バフスキルだ。

 それだけでも十分強化スキルとしては強力なのに、弱い相手にはさらに弱体デバフがかかるという、しかも元のパラメータ参照じゃなく強化後のパラメータ参照とか鬼すぎる。

 うん、これならステータスが蔡和さいか蔡中さいちゅうレベルでも、何人も相手にできるわけだ。素晴らしい。


 いや、それにしてもあの死神。

 いけすかない奴だとは思ってたけど、こんな素晴らしいスキルを選ぶなんて。ビバ。感謝感激の雨嵐だ。


 だがその感謝は、一瞬後に絶望、そして憤怒へと変わる。


「ん? 続きがあるな。ただし――」


 ただし、発動中は時間経過とともに寿命が減少していく。

 ※副作用に吐き気、頭痛、関節痛、吐血などを発症する場合があります。


「……はぁ!?」

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