第12話 ソフォス学園生徒会長
時間はすぐに過ぎ、ついに出発の日が来た。
「イリス・グーシィン、お前が研修生になれるとはな」
引率のカーター先生は感慨深そうな様子で、そう言って僕を迎えてくれた。
よくよく考えたら、学校ですぐに味方になってくれたのはラスとこの人だった。最初は敵だったけど。
この人のおかげで、学園生活が少しやりやすくなったのは確かで、そこにはやっぱり感謝の感情があるわけで、
「ううっ……やはり私の目は間違っていなかった! あの時、お前に求婚したが、それは今も変わらない! すなわちこれが愛の逃避行ということか!」
ああ、ダメだ。こういう人だった。
「相変わらずだな、この男は。だがいりす、安心してほしい。このボクがいればたとえ冥府の王が相手でも暗黒法神流の力で打ち払ってやろう。去年のような遅れはもう二度ととらないさ」
そう言って現れたのは、いつもの袴姿の琴さん。また僕らの警護の役を買ってくれたという。
「琴さんもよろしく」
「ああ。我が法神の加護に光あれ」
去年のウェルズ行きの時にも護衛の件もあり、カタリアやカーター先生にも信頼が厚い。彼女に任せておけば、とりあえず盗賊まがいの連中は鎧袖一触だろう。
これで2人。まぁ悪い人選じゃない。とりあえず常識人(?)が2人いるだけで、旅団はぐっと引き締まる。
ただ、残りが問題で。
「うふふ、イリスちゃんと旅行……婚前旅行? ううん、ハネムーン!」
はぁ、来ちゃったか。
ラスが目をハートにして、これまでにないほどハイテンションで跳ねまわっている。
そう。結局、彼女も同行することになった。
というのも、
「ま、そうなりますよねー。カタリア様はフォークより重いものは持てないですし」
「それにあたしらがいなかったら誰がお嬢の世話するって話だよな。掃除洗濯炊飯入浴、なーんもできないもん」
「ユーン! わたくしをなんだと思ってるの! フォークにスプーンくらいは持てますわ! それにサン! いわれのない誹謗中傷はやめなさい! これでも一人で着替えはできますから!」
……よく、今まで生きて来れたよな、こいつ。さすがお嬢様。
というわけで荷物運びのほか、向こうに行った時の雑用やらをするという名目で同行者が認められた。というかカタリアの特例みたいなもので、ユーンとサンがついてくるとなったところ、ラスも強引にその枠に収まったりしたのだ。
当然というか、彼女らの旅費はインジュイン家から出ている。
「まったく、なんでラスまで……いいこと、ラス! わたくしのお金で行くんですから、わたくしの世話はもちろん、何か欲しいと思ったらすぐに買いに行くのですわよ!」
「イリスちゃんとハネムーン! ハ・ネ・ムーン!!」
「ラス!!」
「はぇ、どうしたのカタリアちゃん? あ、カタリアちゃんも一緒にハネムーンだね!?」
「…………もういいわ」
ついにカタリアも諦めたか……俺も諦めたい。色々と。
そして残る2人。
「…………はぁ、馬鹿ばかりだ」
1人は離れてこちらを眺めるのはトルシュ兄さん。
なんだか黄昏ているというか、ちょっと皆と距離を取って気取っている感じがする。ま、いいんだけどさ。もうちょっと会話しやすい感じになってくれるとありがたいんだよな。
「あと1人は……確か生徒会長だっけ? いたんだ」
「いるだろう、馬鹿め。学校だぞ」
そりゃそうか。というかトルシュ兄さん、実の妹に馬鹿はひどくない? というか機嫌悪い?
「機嫌? 悪いに決まってる。なんでボクがこんな奴らの御守をしなくちゃいけない」
「こんな奴らって……」
「相変わらずだな、“とるす”」
と、僕のそばに琴さんがやってきて、トルシュ兄さんとの会話に入って来た。
「許してくれ。彼らも未知なる遥かなる旅路に期待を膨らましているんだ。そう、法神の闇に魅入られたこのボクさえも例外じゃないということさ」
「ああ、キミのことを言ったんじゃない。ボクがキミのことを言うわけないじゃないか。ボクとキミとの魂の嚮導は永劫の果てに収束するのだから」
そういえば琴さんと話が通じてるんだよな、うちの兄さん。
一応常識人なんだけど、邪気眼使いが増えたのも頭の痛い問題だな。
さて、あと残るは例の生徒会長とやらなんだけど。
そういえば学校に行って以来、会ったことないんだよな。
「当然ですわ。生徒会長はお忙しい方。わたくしも、1度か2度しか会ったこと、しかもすれ違いざまに言葉を交わしたことくらいしかありません。かくいう生徒会長は、何より学園の、そして生徒の安全を配慮する方ですから。去年の動乱時には、率先して生徒たちの安全を確保するため東奔西走していたのですわ」
カタリアがそう教えてくれたんだけど、なるほど。聞けばなかなかの人格者っぽい。しかもカタリアにここまで言わせるってことは、それはもう素晴らしい人に違いない。
このまとまりがあるのかないのか分からない連中を統率してくれるならありがたい限りだ。
「へー、生徒会長ってそんな人なんだ。でもイリスちゃんには敵わないもんね。ね、イリスちゃん?」
と、ラスが僕の腕に手を回してきた。なんでこの子はこうもべたべたと……いや、腕に感じる柔らかな感覚を思えば、まぁ悪くないということにしておこう。
それ以上に、なんでラスはこうもイリスのことをべた褒めしてよいしょするのかが分からないよな。
「ひゃっ! も、もう、イリスちゃんたらこんな皆の前で朝っぱらから……」
「? どうした、ラス?」
「え、だって、うっ……イリスちゃん、そんな、ダメ、激しい!」
「ちょっと待て、ラス、どうした!?」
何かおかしい。ラスがこんな奇声を発生するなんて……いや、いつも通りかもしれないけど、もうなんか色々一線超えそうでちょっと危険な香りがする。
腕に引っ付くラスを無理やり剥がしてみれば、彼女の胸のあたりをさわさわとうごめく白い手が見えた。
またあの爺か。こいつ、なんて羨ま――違う、なんてひどいことを。
「この、痴漢野郎!」
「ぎゃぅ!!」
あ、当たっちゃった。いや、いい。ラスにこんなことをする変態は鉄拳制裁だ。きっとこんなことをするのはあの爺くらいだろうし。問題ない。
よし、この機会にこの不祥事を利用して理事長から追い落としてやる。いい加減にこの爺さんに振り回されるのは飽き飽きだ。
「よし、トルシュ兄さん、敵だ! こいつは! もう、ボコって警察に引き渡していいよな!?」
「駄目に決まってる。遅いですよ、生徒会長」
「そう、遅いんだよ! だから警察に……え?」
見る。そこには顔面にパンチをくらってふらふらしている中性的な顔をした人物がいた。
爺さんじゃない? じゃあこいつ、誰だ。いや、今、トルシュ兄さん。とんでもないこと言わなかった? いや、待て。まさか。そんなわけがない。そんなわけがないのに。
「彼女こそが、ソフォス学園生徒会長だ」
「……は?」
「そう、私こそ! 第97代ソフォス学園生徒会長のムサシ・ニューロだ! あ、ちなみに痴漢じゃないから。痴女だから。というわけで、よろしくね、イリス・グーシィンくん? はぁ、はぁ、それにしても美味しそうだね、キミ。どうだい、今夜。私の部屋に来ない?」
……ダメだ、この学園終わった。




