第9話 特別派遣研修生
「ふぃ~~極楽じゃのぅ~。どれ、ちょっとそっちにも」
「爺さん、それ以上こっちに来たら、命の保証はしないからな」
「何故じゃ! 酷いぞ! 年寄りを差別する気か!?」
「ここらは女湯だからだよ!」
実際には露天だしそんな区切りもないけど、5人対1人となれば実質女湯みたいなものだ。
僕自身は男だけど、そこは役得ということで。
「うぅ……イリスちゃんは酷いのぅ。こんな老いぼれの最後のネガイを聞いてくれんとは……」
聞く義理もないんだよな。
「のぅ、カタリアちゃんや。そう思わんかの?」
「そ、それは……」
「んんー? カタリアちゃんなら分かってくれると思うんじゃがのぅ。色っぽいお姉さんのこととか、御父上のこととかのぉ」
くっ、卑怯なり。クソ爺。
カタリア、頑張れ。こんな変態に負けるな。
「わ、わたくしからは何も!」
「ぶー、つれないのぅ」
よし、よく断った!
心の中でガッツポーズ。この爺さんを調子に乗らせると大変だからな。
「ならラスちゃんや、一緒に背中の流しっこしようじゃないか」
今度は僕の背中に隠れているラスに爺さんは会話を振る。
「イリスちゃんの裸を見ようなんて、エッチなのは駄目です!!」
「ラスちゃんのやってることは違うのかのぅ……」
「女の子同士ならいいんです!」
いいのかぁ?
といいつつも、背後のラスはぴったりとその体を僕の体に引っ付けてきているわけで。暑苦しいと言えば暑苦しいが、背中に伝わるふくよかな感覚に、もうちょっとだけという助平心がなきにしもあらずなので、僕も爺さんを笑えない。いいんだ、役得で。
「ちょー。みんなして年寄りに冷たい」
「冷たいのは年寄りじゃなく、爺さんだけな」
「いけずじゃのー、イリスちゃんは。皆とはしばらく会えなくなるというのに」
「会えなく?」
何のことだろうか?
そういえばさっき。カタリアもしばらくお預けみたいなことを言ってたような……。
「ふふふ、正式な発表はこの後でしたが、この機会に先にここで言ってしまいましょう! ええ!」
急にカタリアが高笑いをし始めた。なんだか嫌な予感……。
「わたくしカタリア・インジュインは、ソフォス学園特別派遣研修生に選ばれましたのよ!」
「研修生?」
「そう。年間の成績優秀者に、アカシャ帝国への留学の切符を渡しておるんじゃ。それがソフォス学園優秀派遣研修生じゃ」
と爺さんが補足をしてくれた。そんな制度があったのか。
「そう! つまり今年の成績はわたくしの勝利ということ! あはは! 勉強もせずにぶらぶらしているどっかの誰かさんごときが、わたくしに敵うわけありませんわ!」
耳が痛いなぁ。
もともとイリスはそんな真面目じゃなかったし、僕も勉強にそれほど熱心だったわけじゃない。それどころじゃないことが起きすぎていたわけだけど。
「そうなんじゃ、そういうわけでカタリアちゃんとイリスちゃんにはしばらく会えないということでのぅ。最後の見納めに来たわけなんじゃが……駄目かのぅ?」
「ふふん、そんな貧相なものを見るより、わたくしの方が万倍マシでしょうに。そもそも、イリスの体などいつでも見られるでしょう。なんせお留守番なのですから」
「そうじゃのぅ。イリスちゃんも研修生じゃからあまり見られないのぅ」
「そうでしょうそうでしょう。なんせ研修生はわたくし1人の特権! イリスも研修生になるなど……ん?」
と、カタリアはうんうんと何度もうなずきつつも、首をひねり、
「「はぁぁぁぁ!?」」
僕と悲鳴がかぶった。
ちょっと待て。今なんて言った? 僕が研修生?
混乱する僕を置いて、カタリアはザバっと温泉から立ち上がると爺さんを見据えて、
「ちょ、ちょっと!? 理事長!? 何を言ってらっしゃるの!? イリスが研修生!? あ、政庁の下働きの研修?」
「ノーじゃ。ソフォス学園優秀派遣研修生じゃ。アカシャの帝都に行くんじゃよ、イリスちゃんが」
「なんでぇ!?」
それは僕も聞きたい。なんせ、国外への留学だ。ホームステイだ。
いきなりそんなこと言われても心も物理も準備が何もできていない。
「まー、去年は色々あったからのぅ。上級生が辞退ということで、枠が余ったんじゃよ」
「ならユーンとサンに枠をくださいな! なんでイリスなんかに!」
「しかし決まったことじゃからのぅ。それにその2人と比べれば、イリスちゃんを優先するのは仕方なかろうて」
「この2人の何がイリスに劣るんですの!?」
「実戦経験」
「ぐっ……」
まぁ確かに。去年のことを考えると、実戦経験という意味じゃあ、学園で僕に勝る人間はいないのは事実。
「確かに座学ではイリスちゃんより2人の方が優秀じゃ。しかし今はもはや戦時じゃ。普段通りの成績評価ではどうしようもないとわしは思うぞ」
「それは……その……」
カタリアが急に失速する。
あれだけ大見えを切っていたのに、僕も同じ立場だったということを聞かされて意気消沈しているのだろう。
「まぁまぁ、仕方ないじゃないですかカタリア様」
「そうだぜお嬢」
「あなたたちにプライドはないんですの!?」
「あるけど、誰かを陥れて得るようなものじゃありませんし」
「ま、実戦経験で負けてるのは確かだしなぁ」
ユーンとサンの、どこか真っすぐな心が伝わってきて少し嬉しい気がした。
「イリスちゃんや」
と、そこで急に爺さんがこちらに話題を振って来た。
「お、おう!?」
「そういうわけじゃ。この戦いが終わり次第、その通達が行く予定じゃったが先にわしから伝えておこうと思っての」
一応、目的はあったわけだ。ただのスケベ爺じゃなかったのか。
そのためにこんなところまでお忍びで来る意味はないけど。
「その目でこの大陸の中心というものを見てくるがよい。これからお主らがイース国の中心となっていく。そのためには他の国がどう暮らして、どう生きているのか。それが必要だとわしは思うぞ」
「爺さん……」
一応、爺さんなりに色々考えてくれているわけだ。
それを変態だなんだと騒ぐなんて、ちょっと大人げなかったか。
――が、
「というわけでお礼に一発、お胸を触らせてもらおうかのぅ」
「このクソエロ変態スケベ爺!!」
やっぱり気のせいだった。ただのスケベ爺だ。
「――く」
ん? 何か聞こえた?
「イリスちゃんが行くなら、私も行く!」
ザパッと背後で水を打つ音。
振り返り見れば、ラスが勢いよく立ち上がったところで、ただそれが勢いが良すぎて、体に巻いたタオルが……。
「おおおお!」
「ラス! 前! ラス!!」
慌てて湯船に浮かぶタオルをかき集めてラスの体にぶつけるようにして隠す。見てない。僕は何も見てない!
「行くもん!」
いや、もん、じゃなく。
はぁ。また今年も色々と大変なことになりそうだ……。




