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第5話 最初の激突

 敵が迫る。楔形(矢印の先みたいな形)の陣形の騎馬1千ほど。

 その先頭の男。近づくにつれその巨大さが分かる。比喩じゃなく、本当に大きい。2メートルはゆうにあるだろう立派な体躯は、それでも普通の騎兵とそん色ないのは馬事態も巨大だからだろう。

 そしてそれでもなお大きく見えるのは担がれた大斧。1メートルはあるだろう刃渡りは、ふれれば体ごと真っ二つになるだろう錯覚を起こさせる。それをあたかも傘のように片手で肩に担いでいるだけなのだから、彼自身の膂力も知れよう。いや、その前に昌景のスキルの炎を斧の風圧で消し飛ばしている時点で規格外だ。


 あれがガオ・エイリュ。

 トント軍の恐るべき猛将の姿に、恐怖が体を包み込む。だがすでに激突まで秒読みの段階。今更逃げることは不可能。


 なら。


「昌景、こっちは右に抜ける! 一撃して反転して離脱!」


「承知」


 それだけでこちらの意図をくみ取った昌景は刀を馬上で構えなおす。

 自分も赤煌しゃっこうを取り出し、だがまだ手綱は離さずにしておく。


「バラバラに散れぃ!!」


 この世のものとは思えぬ声量の怒声が響く。同時、ガオは右手の大斧を高々と振り上げると、


 ぐぉん


 遅い。振りが。

 あの巨体であの膂力なら、すれ違いざまにとてつもない速度で薙ぎ払われると思ったが、想定より4割ぐらい遅い。だってまだ互いに距離があいているから、今振ってもすれ違う時には振り抜いている。


 だがそれがこの男の最適なのだと知る。


 遅い。速度が。

 それを可能にするのは、やはり圧倒的な力、そして何よりリーチ差。大斧自体の得と刃渡りの長さもさることながら、ガオ自身の腕の長さがそのリーチ差を産む。

 つまり圧倒的な先制攻撃。


 ただその意味が分からない。先制攻撃は、敵に準備させる前に、あるいは敵の攻撃より先に動いて当てるから意味がある。いや、確かに先に動いている。動いているんだけど、違うんだよな。こういうのって。

 いわばボクサーが野球のピッチャーみたいに大きく振りかぶって、これからあなたを殴りますよっていう風にしているのに、誰が当たるか、という感じに近しい。そう、テレフォンパンチというやつだ。


 だから受けるなりかわすなり先に攻撃するなり、なんとでもなる状況。

 なのに冷や汗がとまらない。あれは危険だ。あれは死だ。あれに触れたら消し飛ばされる。頭の中で誰かがそう叫んでいるのを知り、


「全軍、回避!!」


 出ていたのはその言葉だった。

 同時、手綱を引き絞って進路変更して右へ。昌景も何かを感じたのか、左へと馬を走らせる。2列縦隊で続いていた後続は、右の僕と左の昌景のどちらかに続いて急速反転することになった。

 突然の命令に果たしてきちんと続くことができるのかと思ったけど、さすがはノスルの精鋭。500騎ずつがトント軍を目の前に左右にぱっかりと割れた。


「ちぃぃ!! 小癪なぁ!!」


 ガオが盛大に舌打ちしながら大斧で空を叩き斬る。いや、実働としては意味が分からないんだけど、空を叩き斬ったというのが一番表現として正しいと感じたのは間違いない。それほど、空振りでも背筋が凍る一撃で、咄嗟の判断に胸をなでおろす思いだった。


 いや、なでおろしてはいられない。今はまだ戦闘継続中。何より、チャンスの一瞬。躊躇も一瞬。


「突撃っ!」


 手綱を離し、赤煌しゃっこうを両手で構える。そして足の締め付けで馬に走れと伝える。

 目指すのは敵の側面。せっかく相手の機先を回避しただけじゃなく、敵の側面に部隊を展開できた。しかも左右。この好機。逃すにはもったいなさすぎるだろう。


 だから敵の横からえぐりこむように、部隊を突撃させた。


「なんじゃ、貴様らぁ!!」


 最初にぶつかるのは先頭の大将と考えていたのだあろう。中ほどの側面を走る敵の騎兵が驚愕に満ちたガラの悪い顔で叫ぶ。だがそれ以降は続かない。僕が赤煌しゃっこうで叩き落したからだ。


 そのまま止まることなく前へ。敵の陣形を斜めに突っ切るように。もちろん疾走する敵の騎馬軍団の中に横から飛び込むのだ。馬同士がぶつかって大クラッシュ大会になる。だが僕は突っ込む前に部隊をなるだけまとめて衝撃面を大きくしたこと、それから後方の200騎ほどを狙い撃ちしたこと、さらに――


「ぎゃあ!!」


 反対側からも悲鳴が聞こえた。

 山県昌景の部隊も反対側から突っ込んだようだ。両側から1千の騎馬隊に挟まれればそれでもう200は潰れたも同然。何より馬の質が良いのか悪いのか、クラッシュしそうになったところで馬が棹立ちになり、乗り手を次々と振り下ろしてもいたのだから。


 ともかく、敵の騎馬隊1千のうちうしろの200はそれでほぼ壊滅となった。


 僕と昌景はそこで合流。


「このまま歩兵をつぶす?」


「いや、前の800がクラーレたちを追うのを阻止したい。一旦離れて、敵を引き付ける」


「承知」


 小気味いいやり取りだ。そう思う。

 何より、測ったかのように昌景も一緒に突撃していたのが、何より嬉しい。去年、あれだけやり合ったのだ。ある程度のことは言わなくても分かる。そんな気もする。


「クソがぁ!」


 背後の異変に気付いたガオが反転しようとした時には、昌景に部隊は戻して急速離脱。


 敵は苛立ちを隠さずにこちらを追い始めたので、それほど悠長なことはできなかったけど、これで大体理解できた。

 敵将、ガオ・エイリュという男のことを。


 まず第一に、性格は単純。そして凶悪すぎるほどの自分の力にあからさまな自信を持っていること。

 そしてあまり軍の統率に慣れていないということ。それから歩兵の使い方にも精通していないだろうこと。部隊を分けるような部下を育成していないこともそうだろうし、本来の目的よりも目先のものを優先しがちというのもあるだろう。そしておそらくだが、今までの一連の行動が演技ということもないだろう。


 ま、簡単に言うと猪突猛進の脳筋騎馬隊適正Sの猛将って感じだ。

 呂布のマイナースケール版と言えばいいだろうか。呂布と華雄かゆうを足して3で割った感じ?


 そう、そして大事なのは(おそらく)イレギュラーではない。

 イレギュラーなら、そして腕自慢の猛将タイプなら最初の昌景の炎の時か、避けられた初撃のところでスキルを使うはずだ。なのになかった。後から発動するタイプかと想い少し見ていたけどそんな片鱗もなし。


 つまりただ強いだけのこの世界の猛将というのが、ガオ・エイリュという男の正体だ。


 タロンさんはすごい怯えていたけど、それは真正面からやった場合の話。

 イノシシが怖いといってもそれは真正面から受け止めようとすればの話。横から、あるいは遠くから見ている分には脅威には感じない。それと一緒。


「クラーレ将軍に伝令。プランAを進めてほしいと」


 クラーレに伝令を出す。きっとこれで皆察してくれるはずだ。


「ぷらんえい。それは確か――」


 昌景がハッとしたようにこちらを見てくる。


「ああ、この内乱。今日中に終わらせる。あのガオっていう敵将、生け捕りにする」

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