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第3話 反乱軍

「ちょっと、こっち来て!」


 クラーレが振り向き、少し離れたところにいる兵を呼んで手招きする。

 複数人で集まっていたその集団から、1人の壮年の男性が甲冑姿で駆けてくる。


「紹介するわ、反乱軍のリーダー、タロンさん」


「どうも、トント軍で将軍をやらせてもらっているタロンです」


 そう言って男は頭を下げる。どことなく落ち着いた感じで、特にこれといって特徴のない普通の人だ。

 ただ感じたのは自分たちの立場に誇りを持っているということ。クラーレが反乱軍と言ったのを無視して訂正して正規軍を名乗ったのでそう思った。


「初めまして。イリス・グーシィンです」


「これは。例の軍神イリス殿。心強い。ただ、実は初めましてではないんです」


「え?」


 しまった。どこかで会っただろうか。思い出せない。というかトント軍に知り合いはそういないはずだけど……。


「私はかつてチョーカツ将軍のもとで下級指揮官をしておりました。先年のイース国での戦いにも参加しており、何度かイリス殿とは顔を合わせていたのです」


「そ、それはすみません!」


「いえ、合わせたといっても下級指揮官で、将軍のお供の1人でしたので、挨拶もする立場ではありませんでしたから知らなくて当然です。私が一方的に知っているだけでして」


 そう言ってくれれば安心する。


 チョーカツ、もとい趙括。

 トントに雇われたイレギュラー。元は春秋戦国時代の趙の将軍。白起にボロ負けして数十万の兵を死なせた愚将として史書に名を刻まれていた。


 ただ僕が会った彼は、必死だっただけだと思う。背負ったものの大きさや、父親の名誉に押しつぶされそうになりながらも、必死にがむしゃらに、ただひたすら頑張っている若者だった。それでいて不器用で実力がついてこなかったわけだけど、決して悪い人間ではなかった。最期は姉さんを守って死んだと聞く。

 伝聞で聞く人となりとは全く違う。そう感じさせた出会いだったわけで。


 話が逸れた。


「趙括将軍の下ってことは、イースに亡命していた?」


「ええ。ですがやはり祖国は忘れられず、年末にトントへと戻っておりました」


 よくインジュイン・パパが許したな。

 亡命したといっても、一時的なものである可能性もある。あるいはトントに帰って、再びイースに刃を向けてくる可能性だってあるわけだし。


 だからクラーレに視線を向けてみたけど、彼女も知らないことらしく黙って頭を振った。


「ただ……そこにあったのは地獄でした」


「地獄」


「ええ。去年の2度にわたるイース国侵攻。それがもたらしたのは、圧倒的な敗北。国庫を圧迫させただけでなく、国として立ち直るかどうかというくらいの打撃を受けたらしく……あ、いえ。皆さんを非難しているわけではないんです。あれは自業自得ですし、2度目は私も戦いましたし」


「それが地獄ってことは、まさか……」


「はい。太守であるギャン・エイリュは税を8割にまで上げ、国庫を回復させようとしています。さらに大商人を無実の罪に落とし、財産を没収するなど……。きわめつけは軍です。軍の強さを喧伝するために、太守は弟を大将軍に任命。各地で暴虐の限りを尽くし、略奪、暴行、殺人、強姦、放火。あらゆることを行っています。増税や冤罪に反対する者がいれば……それも即、軍により処断されます」


 胸糞悪い。典型的な破滅的独裁政治だ。

 しかも自分たちの失敗を、自らの国民に責任転嫁するとか。人間としても終わってるとしか言いようがない。


「ひどいですわ。しかも自国の民でしょうに。何がしたいのかしら」


「分かりません。ですがこのままでは国が滅びてしまう。そう考えた我らイース亡命軍は、同志を募って反抗することにしたのです。エイリュ兄弟に支配されるトント国を、元の健康な状態に戻すために」


「なるほど。それで、援軍をイースに?」


 いくらこの人たちが元はトント国の正規軍だったとはいえ、軍としてしっかりとしたものをもって対抗できるとは思えない。今現在、弾圧を受けているのは農民や商人といった一般市民。それらが反乱を起こすとして、軍事訓練を受けている人間がどれだけいるかという話だ。

 人数比で言えば、数は多いだろうけどそれだけで、しっかり集団で動くことを徹底された軍を相手に勝つことは不可能だろう。


 だからイース国へと援軍をお願いした。そう思ったのだが」


「……いえ、それがトント正規軍から離反する者もおり、商人による武器や食料の供給もしてもらっているので、それなりに戦えてはいるのですが……」


 そこでタロンさんは口ごもる。

 何かを思い出そうとしているのか、あるいは、思い出さないようにしているのか。顔色がどんどん悪くなり、果てには自分を抱きすくめるようにして、ガタガタと震えはじめた。

 それは寒空の下にいるだけではないだろう。


「ちょ、ちょっと! 大丈夫ですの!?」


「は、はいぃぃ。だ、大丈夫、で、です」


 いや、絶対大丈夫じゃないやつ。

 一体何が彼をここまで震えさせるのか。


「あの男……トント国の大将軍を、名乗る、ガオ・エイリュ。あいつは……化け物です」


「化け物?」


「3千もいた我が軍が、たった200で壊滅……させられました。我らの大将は討ち死に、あとをなんとか私がまとめているといったところですが……勝てない。あんな化け物、どうやったら倒せる!? 私は、あくまで凡将です。趙括将軍の足元にも及ばない。だから、恥を忍んで皆さんに協力願ったのです」


 そう言って頭を下げるタロンさん。


 なるほど、事情は良く分かった。

 けどそのガオとかいう大将軍気取りの馬鹿。嫌な予感はする。そんなに強いのなら、あるいは歴史上の人物、あの死神の手によってこの世界に介入させられたイレギュラーじゃないのか。もちろんガオなんて名前の英雄は知らない。とすると偽名? まさか呂布とかじゃないよな。


 とりあえず相手の正体を探りつつ、彼女を待つか。ただの猪武者なら楽だけど、増援を待ってからの方が都合がいい。


 なんて思っていたその時だ。


「北より1千ほどの騎馬隊!」


「なに!」


「案内しろ! 他の部隊は迎撃の準備! 呼応してトントが攻めてくるぞ!」


 そう命令するとクラーレは馬に飛び乗って、報告のした方向へ走る。それを僕らは追った。

 そして部隊の北で見た。確かに北の方から砂塵が舞っているのが見える。それが騎馬隊だというのも確か。


「迎撃――」


「いや、待って! あれは味方だ」


 その騎馬隊に見つけた。先頭を走る小柄な体。間違いない、彼女だ。


「味方?」


「ああ。新しく率いる部隊を慣らしていくっていうから、到着は明日になるって言ってたけど。さすがは赤備だ」


「赤備、まさか……」


「ああ、山県昌景。かつてのデュエン国将軍で、今は僕らの味方だよ」

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