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第2話 これまでのこと

 今、僕らが東の戦線に来たのには理由があるのだが、それを僕らははっきりと知らない。

 ただタヒラ姉さんと一緒にいたところ、伝令が来てとラスにこちらに来るよう命令が来たのだ。


 あれから――つまりはデュエン国の軍勢を追い払い、西のウェルズ国と北のノスル国がイース国の傘下に入って、僕の寿命が1年ほど伸びてから4カ月が経過した。


 年が改まって1月下旬。

 雪は降る気配はないが、それでも寒風が吹きすさび、まともなコートやダウンが存在しないこの世界線では厚手のマントを羽織る必要があるくらいには寒い季節。


 年末年始の慌ただしくものんびりとした平和な時間――なんてものはなかった。

 世界は平和になんか、なるはずがなかった。


「イリスちゃんたちに来てもらった理由だけど……そもそもの話をしようか。うちらが頑張ったおかげで、世界はさらなる乱世になった。それは皆、理解しているね?」


「はい」


 クラーレの問いに、間髪入れずに頷く。

 デュエン国は大陸にある強大な国、八大国に数えられる大国だ。それがあろうことか、超弱小国のイース国にこてんぱんにやられたのだから、乱世が深まってしまったのは疑いようのない事実だ。


「え? なんで? イリスちゃんたちが頑張ったおかげで、イース国は平和になったんじゃなかったの? 皆で手を握って、平和になれたと思ったのに」


 そう首をひねるのはラス。それを能天気と考えるか、平和主義者と考えるかは議論がいるだろう。僕は後者であってほしいと思っているんだけど。


「残念ながらラス。世界は皆、ラスみたいに優しいわけじゃない」


「そういうことですわ。デュエンがわたくしたちによって美しく鮮やかに圧倒的にやられたことによって、デュエンは各国から舐められることになったのです。デュエン弱くね? と」


 カタリアが言うほど鮮やかだったかは置いておいて。

 そう、言ってしまえば弱小国のイース国だ。それに八大国が負けたとなれば、イース強し、デュエン弱しと見る人が大半。そうなればほかの国はどう動くか。


「だから皆、デュエンをいじめるってこと?」


「いじめる、っていうか……まぁ、そうだな。今がチャンスと、デュエンを攻める国がいるだろう。けどそれで終わらないんだ。デュエンを攻める国ばかりだったらある意味簡単なんだけど」


「?」


「つまり、デュエンを滅ぼすことをよしとしない国があるということですわ。そういった国は、他国にデュエンを滅ぼされるくらいなら、その侵攻している隙に、他国を滅ぼしてやろうと考えるんでしょう。ま、つまりは火事場泥棒ですわね。まったく、こすいことをするというか」


「いや、カタリア。その考えは正しい。どんな時も被害は少なく、報酬は多く。ローリスクハイリターンであるのが戦の根底だからね。そう、こいつらが厄介なんだ。デュエンから遠い。だからデュエンの領地を奪えない。なら黙って傍観するか。答えはNO。隣国がデュエンの領土を飲み込んで巨大化するのを黙って見ているほどお人よしはいないからね。だからデュエンを奪おうとしている国に攻め込もうとする。するとデュエンを滅ぼそうとする国は守りを考えて全力でデュエンを攻められない」


「弱体と言っても、腐っても八大国だからねぇ。片手間じゃ滅ぼせないってことで小競り合いが増えた感じだよね。ふっふ。イリスちゃんも妹も、しっかり考えられてるんだね。よしよし」


 クラーレに認められたのは、なんだかそれはそれで嬉しかった。


「で、だよ。そんな中で、唯一。誰の邪魔もされずにデュエンの領土を侵すことができる勢力がある。そこは、分かってるかな」


イース国(うち)、ですね」


「ピンポン、だいせいかーい! 東のトント、南のザウスは去年ボコったし、西のウェルズと北のノスルは今や併合の真っ最中。ま、そもそもイリスちゃんは例の作戦の発案者だからね。それも当然か」


「そうですわ。そんなのカンニングと同じこと! 恥を知りなさい!」


 なんで僕はカタリアに怒られなくちゃならないんだ?


「え? 例の作戦ってなに、イリスちゃん?」


「ラス。あなた、知ってて“これ”について行ったんじゃなくって?」


 これ、と言いながら僕を指すのはやめてくれ。


「違うよ、カタリアちゃん。イリスちゃんが行くところにはついていく。たとえ何もわからなくても。それがわたしだよ!」


「そ、そう……それは…………おめでとう」


 おお、すげぇ。ラスがカタリアを黙らせた。

 いや、内容的には僕も黙ってしまうんだけど。


 はぁ、仕方ない。


「例の作戦。つまりはデュエン国東部の切り崩しだよ、ラス。いくらデュエンを撃退したとはいえ、去年僕らが負った傷はまだ深い。だから大勢を出せないし、無理して出してもデュエンの底力の前に負けるかもしれない」


「そこでイリスちゃんが目をつけたのは、デュエン国東部の豪族たちってこと。彼らを懐柔して味方につけることで、東部を戦うことなくごっそりいただいちゃおうって作戦ね。調略による戦い。さすがね」


「いやぁ」


 そもそも人死にが嫌だからという点もあってのことだけど、褒められるのは悪い気がしない。

 味方になるなら、兵力そのままに寝返ってくれた方がこちらとしてはありがたいし。


「ふん、なにが調略よ。こそこそと動き回って。そもそもあなただけじゃあ、その作戦が成り立っているのはあのお方のおかげじゃない。そう、わたくしのタヒラ様ですわ! キズバールの英雄にして生きる伝説! さらに今回、デュエンとの戦いでさらなる伝説を増やしてしまったという……。あぁ、そんなタヒラ様に言われれば、もう降参するしかありませんわ!」


「ま、あのボンクラにはそれくらいの役割がちょうどいいでしょ。まだまだ我が妹にはそれが分からないとはね。それに去年の大戦で名をはせたのはあのボンクラじゃない。そこのイリスちゃんでしょ。事実を事実と認めない。そこまで盲目になってしまうなんて、本当情けない」


「……お姉さま。それは聞き捨てなりませんわ。そもそも“これ”はわたくしの軍師。なら名を馳せるは“これ”ではなく、わたくしのはずでしょう!」


「あーやだやだ。ついにはひがみに嫉妬に、果ては戦功の捏造までする? 我が妹ながらに堕ちたわね」


「むむむ……それ以上の侮辱。お姉さまとて、許しませんわ。そもそも、こんな奴を褒めて何になるっていうんですの!? たかが言ったことが取り上げられただけじゃありませんの! その成功だけ見て、失敗を取りざたしないなんて、それこそ不平等にして不公平! インジュインの名が泣きますわよ!」


「は? そんなこと知ってるし。イリスちゃんに目を付けたのはあたしが最初だし? あんたはそれなのに、後からギャーギャーとわめいて、果てにはあたしを非難するなんて。それこそ恥を知りなさい」


「ちょ、2人とも落ち着――」


「「うるさい!」」


 2人の会話が剣呑になって来たので止めに入ったと思ったら、ダブルで噛みつかれた。ダブルで怖かった。てかタイミングばっちし、さすが姉妹。だけど、なんで僕が怒られなきゃいかんのよ……。


「あ、あの。それで、その作戦がなんでこの状況に関わってくるんでしょう?」


 殺伐とした雰囲気の中、ラスがおずおずと手を挙げて聞く。

 その態度はどこか小動物を思わせ、それでいて場の空気を一気にほんわかしたものに変える妙な力を持っていた。


「うーん、もうラスちゃん、可愛いー。ほれ、お姉さんが頬をすりすりしてあげようー」


「きゃ! わひゃ! く、くすぐった……ひゃ、ひゃめてくらら……」


「ふふ、ラスちゃんは耳が弱いのかなー? ほらほら、こちょこちょ」


 おお、なんというか阿鼻叫喚、違うな眼福ものの光景だ。

 ……こんなことしてよかったんだっけ、僕ら?


「はぁ。まったく、お姉さまは」


「お前も大変だな、カタリア」


「ええ…………って、なんであんたなんかに心配されなくちゃいけないんですの! ふん!」


 本当、今日はどうもご機嫌斜めらしいな。できれば今後のためにも機嫌を直してほしいんだけど。


「で、結局それがどうしてこのトント国との戦いになるのかってことですけど」


「んー? あ、そうそう。えっと、トントがー、調子のってー、反乱してー、で、こうなった」


「適当!」


「ま、しょうがないでしょ。だってあたしらが主力となる戦いじゃない。今回のあたしらは後詰ごづめ。つまり援軍的な立ち位置なのだから」


「援軍? そういえばさっき反乱って……」


「トント国で内乱が起きたの。太守に対する国民の蜂起ね。それで反乱軍が援軍を打診してきたってこと」


 その言葉を聞いて絶句した。

 思った以上に、この世界の混乱は、加速度的に破滅へと向かっているような気がして。


 平地に吹く寒風が、僕の体だけでなく、心を凍えさせる。そう錯覚するほどに。

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