表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

29/705

第25話 空城の計

 借りた馬の首にしがみつきながら、ひたすら南下した。

 隊長はなんと彼の馬を貸してくれた。その心意気に感謝しつつ、やはりいきなり馬は無理だったかと悔やむ。


 けどそうしないと間に合わない。

 だからどれだけ辛くても、振り落とされないよう必死にしがみついく。


 やがて、それは見えた。


「はあああああああ!」


「と、取り囲め! いや、そいつらはいい! 北に逃げた者を追うんだ!」


「行かせないって、言ったぁっ!!」


 悲鳴。

 それを生んだ人物は、数百の人間に取り囲まれながらもまだ立っていた。


 しかし、今や彼女を乗せていた馬もなく、彼女と共に戦う仲間もおらず、全身に疲労と傷をまとって幽鬼のように立っている。

 その周囲には、人や馬が転がっていて、彼女がどれだけの間、戦い続けてきたかを証明していた。


 そんな彼女――イリスの姉に、胸が突き動かされる。


「姉さん!」


「イリリ!?」


 叫び、そして彼女が振り返った。

 それは悪手。気おされていた敵を解放する、最悪の一手。


「い、今だ! 殺せ!」


 敵が一斉に包囲を狭めてくる。

 弓で狙わないのは同士討ちを避けるためか。どうでもいい。来るなら――蹴散らすだけだ。


 スキル『軍神』、発動。


「おおおおおおっ!」


 叫び、飛んだ。

 鎧を着た兵士たち。それぞれが剣を構えて進んでくる、そこへ落ちる。

 同時に、右手に持った穂先を払った槍で、向かってくる敵を薙いだ。


 敵はまさか向かって来ると思わなかったのだろう。虚を突かれて反撃してこない。

 その隙に、僕はきびすを返す。


「乗って!」


「でも!」


「いいから!」


 今度は僕が問答無用でタヒラ姉さんの肩を取ると、そのまま借りた馬に放り投げる。


「行け!」


 馬上の人となったタヒラ姉さん。

 その馬の尻を、槍で思いっきり叩く。


 悲鳴を上げて、姉さんを乗せた馬が北へと走る。

 僕もそちらへ駆けた。


「こ、殺せ!」


 敵の怒声。背後から殺気が群がってくる。


 そこから突出してくるのは、移動速度が速い騎兵だ。


「イリリ、こっち!」


 タヒラ姉さんが馬上から手を伸ばしてくる。

 馬に乗せようというのだろう。

 けどそうすれば速度が遅くなる。それは避けたい。


「いや、こっちがいい!」


 僕は一番最初に追いついてきた騎兵、その槍をかわすと、逆に飛んで相手を石突きで突き落とし、そのまま馬上の人になる。


「やるね、イリリ」


「姉さんほどじゃないよ」


「言うわね。けど、これで時間は稼げた。他のみんなも散り散りになってるだろうからそれを集めて――」


「いや、まだだ姉さん。なるだけ相手を引き込む」


「え……」


「姉さんの名前を借りちゃったけど、大丈夫。なんとかする。それより来る!」


 さらに敵の騎馬が来た。

 だがそれは部隊として、というよりてんでバラバラに、だ。

 誰もがたった2人というのを侮って、単騎で突っ込んでくる。


 それを返り討ちにしていると、


「くっ、一旦退け!」


 敵の騎馬隊長らしき人物の号令で、騎馬が退き始める。

 そのまま歩兵と合流して、さらにこちらに来る。


 約3千の軍勢。

 それがたいまつを燃やしてこちらに駆けてくるなんて、ほんと悪夢でしかない。


 けど、ここで怖がっていられない。

 ここを乗り切らないと、僕に明日はない。


 だから僕はタヒラ姉さんに先導され、つかず離れずの距離を保ちながら北上していく。


 ここで重要な点は敵の部隊から逃げ切らないことだ。

 少なからず打撃を与えておかないと、敵はまた来る。


 そのために迎撃の策を隊長に伝えたわけだけど、そのためには敵には砦まで来てもらわないといけない。

 このまま逃げ切ってしまえば、僕たちの要は餌としての役割が失敗になる。


「……あれは!」


 姉さんが叫んだ。

 視線の先。暗がりの中に、火をともした砦が見える。

 その門。開いている。どうやら隊長は指示に従ってくれたようだ。


「なに!? なんで開けてるの! しめて!」


「いいんだ、姉さん!」


「そのまま入って!」


 僕と姉さんの馬はそのまま、砦の門から中へ入る。

 その直前、僕は馬から飛び降りた。


 振り返る。

 そこには横に大きく広がった敵が、大地を揺らしながらこちらに進撃してくる。


 さて。敵はどう来るか。

 かの名軍師・諸葛亮孔明しょかつりょうこうめいは、わずかしかいない守備兵で城を守るために、わざと門を開け放って敵を待ち構えた。

 対するは孔明のライバル司馬懿仲達しばいちゅうたつ

 司馬懿は無防備な城に罠を感じ、撤退したという。

 三国志の中でも白眉はくびのシーンだ。


 攻めていれば勝っていた状況で、司馬懿を臆病だと非難する人もいただろう。

 けど、考えてほしい。

 部隊を指揮する将軍は、その手に数万の命を握っているんだ。

 勝てるだろう、で戦っていいものじゃない。


 戦で難しいのは勝っている状況で兵を退くこと。

 それをやってのけた司馬懿は、臆病者ではなく、間違いなく名将なのだ。


 だから司馬懿レベルの知者なら相手なら撤退する。

 だが――


「愚か者め! 敵は砦を開けっ放しだぞ! なだれ込め!」


 歓声と共に敵が速度を上げる。

 こちらはまだ門が開いている。そこになだれ込めば、もうあとは蹂躙があるだけだ。


「イリリ!」


 背後から姉さんの声。

 馬に僕がいないのを知ったのだろう。こちらに駆けてくるのを背中に感じた。


「大丈夫。相手は司馬懿じゃなかったみたいだ」


「はぁ? そんな場合じゃないでしょ! すぐに来て! 門を閉めるから!」


 姉さんの手が僕の左肩にかかる。

 それを拒否するように、僕は右肩を挙げた。


 穂先のない槍が、夜空を突くように伸びる。


 そして、言う。

 この戦いを終わらせる一言を、


「全軍、射よっ!」


 次の瞬間、林に潜んでいた守備隊の全員が、弓やら鉄砲を敵に向かって叩き込む。

 遮るものも防御もない敵は、バタバタと倒れて行く。


 あからさまに敵が混乱するのが分かる。

 前列は弓鉄砲にさらされ恐怖で足が止まる。だが後ろは何かが起こっているとわかりつつも、まだ危機を受けていないから命令のままに前へと進もうとする。


 その押し問答、その混乱にさらに火をくべる号令を、僕は発した。


「“イース国軍3千”! 全軍、突撃ぃぃ!」


 歓声があがる。

 そして悲鳴もあがる。


 両側の林から飛び出した兵たちが、左右から挟み込むように敵に突っ込んでいった。

 その数、3千――のわけがない。守備隊の500だ。

 けどこの暗闇。そして混乱しきった敵にはそれが嘘だと判断できない。


 だから敵は襲われると一目散に逃げだした。

 彼らにとって戦功は大事だけど、何より大事なのは自分の命。

 大軍で一気呵成に蹂躙するのは得意だが、逆に攻められる展開になると弱いのだ。


 だから一部が崩れれば、それは全軍に波及する。

 敵がずるずると押されはじめ、そして決壊が始まった。


 それから敵のかがり火が視界から消えるのはすぐだった。


 ホッと胸をなでおろす。

 大使館からの脱出からここに来るまで。民間人は誰1人犠牲なく、国境を越えた。

 さらに敵の大軍をこうも打ち払ったのだ。

 叔父さんやタヒラ姉さんの部下という犠牲が出てしまったけど、最終的な戦果を考えれば軽微な被害だ。


 だから僕は心の底から安堵した。

 始まって早々にゲームオーバーというのも避けられたわけで。


「これは……」


 僕の肩をつかむタヒラ姉さん。その手から力が抜けていく。


 だから僕は言うんだ。

 振り返って、姉さんに向かって、笑みを浮かべ。


「勝ったよ、姉さん」

10/19 一部表現を修正しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ