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挿話56 風魔小太郎(イース国間諜?)

 まったく。いりす殿は人使いが荒い。


 ひぃこら荷車を引きながら、心中で思う。

 彼女は敵との激突の前に離脱した自分に対し、1つ頼みごとをしてきた。無視してもよかったけど、改めて忠誠を誓ったばかりで断るには節度がないと我ながら思った。


 しかし、こんな力仕事で苦労することなら断ればよかったと後悔。


(でも、だから気に入ったんでしょう?)


 うるさいよ、さら。勝手に喋るな。


 まったく。どうしてこんな体になったのか。

 さらは日の本にいた時に使っていた下忍。無能で臆病で役立たず。それがなぜか自分の中にいる。普段は大人しく従順でいるが、こういう時に顔を出していちいち苦言をしてくるのだから、うるさくて仕方ない。


 本当、あの異能がなかったら、二度と目覚めない深淵の彼方に押し込めてやろうと思ったものだ。


(わたしだって、あんたみたいな男の中になんかいたくない)


「思考も読まれるか。つくづく度し難い。お前が自分でなければ今すぐ消してやりたいところだよ」


 とはいっても、さらを殺せばその体である自分も死ぬ。それが分かるから、この女はずけずけと物を言って来る。忌々しい。

 そんな風に思うのも、いりす殿に顎で使われている苛立ちがあるからで、さらごときに憤懣をぶつけてしまうのも、心に余裕がないから。

 だから、その人物の接近に近づかなかった。


「何してるの。独りでぶつぶつと」


 不意に声がした。

 この見晴らしのいい原野にもかかわらず、その人物が近くにいることすら声をかけられるまで気づかなかった。


 右手を見れば、岩に腰かけた少女が1人。いや、少女とはいうがこいつの年齢は不肖すぎてつかめない。

 どうせ自分より年上だろう。若作りして、巫女装束なんて恥ずかしい格好をして。本当に気に食わない。


 何より今は敵対関係にある。

 だからどやしてやろうかとも思ったが、今はいりす殿の極秘作戦任務中。感づかれないよう、最大限の笑みを浮かべて彼女――望月千代女に返答する。


「おやおや、これはこれは歩き巫女様じゃあありませんか。こちらこそ言葉を返しますよ、何してるんです、こんなところで?」


「裏切り者のにおいがしたから。泥みたいに臭い、反吐の出るようなにおい」


「それは嫌だなぁ。自分もできれば嗅ぎたくない」


「ふん。前から思ってたけど、あんた、嫌い」


「それは重畳。自分も思ってましたよ、ウザいって」


「じゃあ、死ね」


「そっちがね」


 敵が消えた。こちらも消えたように見えただろう。

 景色が高速に動く。その中に、景色を汚す影が映った。


 いきなりだなぁ。しかし。

 けどそれが闇に生きる者同士の殺し合いというものか。武士のように正々堂々も名乗りも必要ない。ただあるのは殺すか殺されるかだけ。そして騙された方が間抜けなのだ。


 クナイを投げた。当たるとは思ってない。だが牽制は必要。

 右。気配。防御した。千代女の攻撃だ。背後。そこにも千代女。気づけば千代女の軍団に囲まれていた。


「忍法、多重影分身」


「ぬぁにが忍法だ! 全員斬れば同じだろうが!」


 おっと、つい素が。

 いや、いりす殿の前でいい子ちゃんぶるのはちょっと疲れる。だからたまには息抜きしないと。


 ついでにこいつも。


「やれ、さら! ――勝手に呼ばないで」


 生意気な。つぶやき意識が切り替わるのを知る。

 この体に宿るもう1つの精神。


 死にたくなけりゃ、りなぁ!


「言われなくとも」


 跳んだ。いや、飛んだ。そう見えた。

 地上十数メートル。地上には6人の千代女がいる。まったく同じ姿形。気持ち悪い異能だ。


「あんたが言う?」


 自分だから言うんだよ。いいから替われ!


「はい――さぁっとぉ!! 狙い撃ち抜くぜぇ、乱れクナイ!!」


 上空からクナイを連射。敵は目標を見失って一瞬動きが止まっている。そこを狙い撃った。


「ぐっ!!」


 千代女の贋作どもが血を流しひるむ。その1体に目星をつけ、異能を使った。

 途端、風を切って急速に地面が近づく。自重が倍化して落下速度が加速度的に跳ね上がったのだ。


「あっ――がぁ!!」


「ひとぉつ!!」


 頭上から蹴りを入れた。重量と加速により破壊力を増した蹴りを胸部にくらった千代女は、血反吐を吐いて倒れた。

 それだけに終わらない。


「ぐっ!!」「あっ!」


「ふたつ!! みっつ!!」


 着地と同時、2方向にクナイを投げた。それが2体の眉間に突き刺さる。


「弱いな、歩き巫女!!」


「戦うのが仕事じゃないし」


「ならすっこんでろ!」


「断る」


 残り3人。そのうちどれかが本体か。それをれば、きっといりす殿も褒めてくれるだろう。当分はそれでいい。あの顔が裏切りによる絶望に染まるのは、何よりも美しい。


(趣味悪)


「うるさい!」


 敵の仕込み杖。それを腰の刀で受け、弾くと切り捨てた。飛んできたクナイを打ち払い、一瞬だけさらの異能で加速。そのまま体ごとぶつかった。刀は相手の胸を貫いている。


「よっつぅぅ!」


「くっ……はぁ……」


 望月千代女の吐息が頬に触れる。気持ち悪い。さっさと死ね。


 突き飛ばすようにして望月千代女の体から離れる。これでよっつめ。残りは2人。


「さって、残りは2人だが。いやいや、自分も運がない。4人やって、それが全部外れとは」


「ふん、あんたが無能なだけでしょ」


「その無能にやられたのは誰かな。というわけで、じゃお前が本体」


 喋った方を指さし、断言する。


「なんで」


「これまでの戦い。動きはほとんど同じだったけど、お前だけ一番遠かった。つまり分身に隠れてたわけだ。死ぬのが怖い。だから死んでも構わない分身体に任せて、自分は安全なところにいた。わずかな違いだが、それがお前の本質ってことだな」


「黙れ」


「黙らないね。さぁ来いよ、いくじなし。それとも分身の影に隠れなきゃ何もできないか、臆病者さん?」


「黙れ!」


 本体が来た。もう一方は右手から回り込むように。

 けど遅い。地面を蹴る。迫りくる本体の方へ。


 回り込んで挟撃? その前に各個撃破すれば終わりだろうが!


「勝った。死ね」


「――お前がな」


「なに」


 手ごたえ。違う。こいつは本体じゃない。となるともう1人が――


「残念、死ね」


 右。もう来ていた。刀。来る。避けられない。


「――なぁんてな」


 瞬間、跳んだ。

 自分が、じゃない。さらが跳んだ。


 本体の千代女が突き刺そうとした刀は虚しく空を切り、そこへ向かって上空からクナイを撃ち込んだ。


「ぐっ、はっ!」


 千代女がひるむ。そこへ自分に切り替わって加重による急加速で突進。相手は仕込み杖を振るうが無駄なあがき。それをなんなくかわして蹴り飛ばす。


「……殺せば」


 両肩にクナイを受けてもはや抵抗できない千代女は、しおらしくもそう語る。

 その姿を前にして、急速に殺意が萎えていくのが分かった。


「死にたかったら勝手に死ね」


「……殺せ! わたしを! 殺せ! この裏切り者!」


「裏切り? そんなの、誉め言葉ですけどー?」


 まったく、どうして皆口をそろえてそんなことを言うのか。

 騙し? 裏切り? そんなの当たり前だ。この世界では。人間というものの本質はそれだ。

 騙された方が悪い。そして騙した方も悪い。両者とも悪。つまり悪で成り立っているくそったれな世界。

 だからその悪の間でどれだけ楽しむか。それがこの腐った人間世界への返礼ってものだろう?


 本当に興味を失ったから、千代女から離れて荷車の方へ。そこに用意してあった“ブツ”を確認。よし、問題なし。


「さって、ちょっくら花火でもあげますか。いりす殿の前途を祝う、祝砲でござい」


「なにを……する、気」


 千代女が苦し気に起き上がる。やれやれ、頑丈だね。まったく。けど自分を邪魔する様子はない。ま、来たら普通に殺すだけだけど。


「何って、戦場でしのびがやることと言えば1つでしょ。そ、かく乱」


 荷車に積まれている“ブツ”は、簡単に言えばお手製の爆弾だ。物資集積所にあった火薬をベースに、それを作れと命じられたわけで。まぁこれくらいの忍具はおちゃのこさいさいというわけで、こうして何個が作って運んでいたわけだけど。


「ありゃりゃ、押されてるじゃん。負けないでよねっ、と」


 しのびは軍の兵たちと干戈かんかを交えることを得意とはしない。だが、それゆえにできる仕事は多い。だからこそ、お館様をはじめ、様々な統治者に重宝され、同時に恐れられてきたのだ。


 果たして、今回の新しいお屋形様はどっちかな。

 前にも感じたことだが、今もまだつかみ切れない彼女のことを思って、どこか笑みがこぼれてしまうのだった。

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