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第226話 刹那の攻防

 赤備が釣れた。


 少し離れた平知盛のいる本陣に狙いをつけるのを遮るためには、直線の動きにならざるを得ない。そこを両側から挟み撃ちした。

 狙うは中軍。山県昌景のみ。それはカタリアにも伝えている。


 それを討てば、あとは歩兵を突き崩すなり、それを止めに来た知盛に本当に突っ込んだりと何でもできる。

 あるいは赤備の壊滅を知って、兵を下げるかもしれない。


 だからここだ。ここが勝負所。天王山。

 全身に力をみなぎらせる。わずかに残った、力の残滓をかき集めてこの一戦にすべてを出し切るつもりで。


 敵。山県昌景。来る。こっちに。狙いをつけられた。

 敵もさるもの。返り討ちにするつもりだ。


「はあああああ!!」


 叫ぶ。力の限り。右手に赤煌しゃっこう、左手で手綱を握る。

 わずか、ずれた。相手も同じだ。逆側にずれ、すれ違う。正面衝突ではないが、それでもすれ違い様に数騎、叩き落した。こちらも数人やられただろう。


 くそっ。

 内心吐き捨てる。今のはやったと思った。けどかわされた。


 だいぶ慎重だ。冷静とも言っていい。馬を旋回させながら思った。

 部隊を割った分、こちらが兵数的に不利になった。そこを強引に正面から叩きのめしにくると思ったが、そうはならなかった。一撃で壊滅させなければ、カタリアが後ろから襲う。それを嫌ったのだろう。やはり一筋縄ではいかない。


 再び対峙した。走りながら敵の動きを見る。

 次はどう戦うか。これまで誘いはすべて読み切られた。ならその奥。誘いの誘いでさらに相手を崩す必要があるだろうから、それを考え――


 途端、何かが来た。


 それは圧というか、人の意志というか。

 殺意。

 どこから。

 前?

 違う。


「うしろ!」


 振り返る。そこには平知盛の本隊がこちらに向かって展開している。

 誘われた。違う。一拍遅れて赤備が動く。2隊に別れ、進路をふさぐように。連携じゃない。平知盛が判断したんだ。それに山県昌景が応えた。


 囲まれた。


「イリス!!」


「全軍、こっちだ!」


 判断は一瞬。

 カタリアに助言している場合じゃなかった。今すぐ離脱しないと包囲されてせん滅される。

 馬を走らせ、それに皆が続く。


 右は平知盛。左に山県昌景。そして前には歩兵の集団。

 後ろに方向転換している暇はない。


 逃げ場が消えた。


 だから突っ込んだ。タヒラ姉さんとぶつかっている歩兵。それの横脇を食い破るようにぐいぐいと入り込んでいく。

 一度は行ってしまえば抜けるまで止まらない。逆に止まらなければ安全だ。敵も同士討ちを恐れて入ってこれない。


 ぶつかった時間は1分にも満たない。敵を討つことを目的としたわけじゃなく、ひたすらに前に進むことだけを意識した結果だ。

 突破した。

 振り返る。数十騎がいなくなっていた。けどカタリアをはじめ、みんなは無事だ。


 敵の歩兵は真っ二つに突っ切られてだいぶ陣形を崩していた。さらに突撃を続けるか、歩兵が押せば総崩れになるだろう。

 だがそれはできなかった。


「カタリア、歩兵を救う!」


「分かってますわ!」


 部隊を姉さんたちの方向へと向ける。

 今、姉さんたちは危機に迫っていた。


 僕らを取り逃した赤備と知盛の本隊が姉さんら歩兵の横脇を猛烈な勢いで食い破ろうとしていた。

 最初に恐れていた半包囲の形になっている。唯一の救いは、僕らが突っ切ったことで、歩兵からの圧力が少し弱まったことか。けど、そこを修復されればあとは力押しで潰される。


 だからそれを遮るために、僕らが動く。

 歩兵のぶつかり合いのところに突っ込み、歩兵を援護。赤備や知盛は味方の歩兵を挟んで反対側だ。少しでも敵からの圧力を逃しつつ、僕らがぐるっと回り込んで赤備と本隊に突っ込む時間を稼ぐのだ。


 正直、苦しい。

 この態勢になった時点でこちらの負けだ。僕らが、いや、僕が上手くできなかったのは疑いようがない。


 けどここで諦められない。たとえ腕が折れ、足を砕かれ、身が削がれ、頭を潰されようとも。

 負けを認めるようなことは絶対にできない。


「……?」


 と、その苦しい時間は、唐突に終わりを告げた。

 いや、絶望と共に終焉を告げに来たというべきか。


 敵の歩兵。僕らが断ち割った後ろの数千が、前衛に合流するのではなく横にずれたのだ。

 そこから前進。それによって起こるのは、3方向からの包囲。兵数で劣っている上にそんなことをされれば、もはやどうしようもない。


 負ける。終わる。死ぬ。


 すべての絶望が、限界を超えた動きをした僕の心に重くのしかかった。

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