第225話 戦いの鍵
姉さんたちが率いる歩兵がぶつかった。
僕らが断ち割ってみせた動揺は、姉さんたちの突撃でさらに広まったように見えた。
ただ立ち直りは早い。前列は崩されたものの、その後ろがしっかりと態勢を整え、今や乱戦になっている。
こうなればあとは兵数がものを言う。
敵は前衛と後衛に別れている。後衛の2千ほどが本陣だろう。そこに平知盛はいるはずだ。
そう分けても前衛は7千。姉さんらと互角以上の兵力だ。
あとは時を見定めて、本陣から1千の兵を左右どちらかに回されればそれで半包囲が完成。こちら圧倒的に不利になって、じりじりと押されていく。そうなれば敗走する未来しかない。
そんな中で鍵になるのは、確実に僕らだ。
歩兵の押し合いの横に、あるいは本陣を狙って僕ら騎馬隊が動く。
それにより味方の有利を広げて、最後には潰走させる。そうするしか方法はない。
だがそれは相手も承知の上だろう。
だからこそ、赤備が僕らにつきまとうようにして動く。お互い兵数はほぼ同じ。あとはどっちが相手を撃滅して、歩兵同士のぶつかりあいに介入できるかという状況に今はなっていた。
「くっ……うっとおしい連中ですわ!」
カタリアが毒づく。
本当にそれには同感だ。
赤備は僕らにぴたりとついて、歩兵への介入を遮ってくる。
それも当然で、敵からすれば時間を稼げればいい。そうなれば兵数差で押して潰走できるのだ。無理に僕らを倒そうとして、逆に敗走させられれば、歩兵介入への口実を与えることになる。
だから釘付け。それがベスト。それをあの山県昌景は理解している。さすがは歴戦の名将だ。
その山県昌景。先陣を切って一番前にいるのかと思えば、中団に囲まれるようにしてひっそりとしている。
それが逆に不気味だった。
おそらくは怪我――さすがに骨折は数日では治らない――で直接戦うことは難しいだろうが、馬に乗って指揮はできると感じて控えているのだろう。
ただ突っ込むだけの猪武者とは違う。さすが武田四天王最強と思うが、それが今は憎らしい。赤備をさっさと片づけたいわけで、その一番手っ取り早い方法は、山県昌景を討つということ。
だが先頭ではなく、あんなに守られている状況ならそれは難しい。
ならやるべきことは……。
「カタリア、自分が指示するところに突っ込んでくれ」
「なにを――」
「このままじゃ負ける。軍師の助言だと思ってほしい」
「でもでもイリスちゃん! あの赤が来るよ!」
「それには考えがある、ラス。とにかく、時間がない。まずはあそこだ! 一撃入れて離脱するんだ!」
「……ええい、全軍、続きなさい!」
カタリアが加速する。その部隊をもって歩兵の光輝く、弱そうなところに突っ込む。
それを邪魔するように赤備も加速した。
僕も、加速した。
カタリアたちとは別の方向に。ちなみに小太郎は降ろしていた。邪魔だったからというのもあるけど、彼には別の仕事がある。
「あんの、馬鹿!! また!!」
カタリアの怒声が響く。あとでまた怒られることにしよう。
「大丈夫!」
だが続く言葉には耳を疑った。
振り返ればラスと30騎ほどが続いてきたのだ。
「ラス! なんで!?」
「今度は絶対にイリスちゃんとは離れないって誓ったから。だから昔からの皆を巻き込んじゃった」
「それは言わないお約束ですよ。自分たちは好きでついてくるんで」
確かに見た顔ばかりだ。この世界に来てすぐ、つけられた新兵の顔。
「分かった。ありがとう」
「後でカタリアちゃんにいっぱい怒られようね」
確かに。ラスも無断で兵を割いたのだ。部隊長であるカタリアから叱責される立場ではある。
それを禁じられた遊びをするかのように軽く言う。そう思うと、ちょっと愉快だった。
「じゃあ、行くか!」
「うん!」
赤備。来た。たかが30と思っているようだ。赤煌を振る。空を切った。外した。いや、避けられた。敵の先頭は大きく回り込むようにして僕らの突撃を避けた。それは圧倒的な兵力差のある方が取る戦術ではない。となればもちろん、
「全軍、反転!」
どうやら敵は目障りな僕らを一撃で蹴散らしてカタリアの方に向かおうとしたらしい。けどそれも想定の1つ。
即座に反転して今度は敵のわき腹を狙う。
敵を分断して、そこでまとまろうとするなら時間稼ぎができるし、それでも前衛がカタリアに固執するなら背後から討てばいい。
果たして敵は――
「こっち来るか!」
いや、敵が別れた。中ほどで2つに。
前は回り込むようにこちらに弧を描きながら。そして後ろは方向を変えてこちらに向かう。
はせ違った。山県昌景。認めたが、届かない。兵に囲まれているから、その外側の数人を叩き落しただけ。こちらに被害はなかった。
すれ違い、また反転し、2つに別れた敵の前のお尻に噛みつくそぶりを見せた。
それを嫌って敵は合流に動く。それを追いすぎると、今度は包囲されて殲滅される。ここは時間稼ぎができたことに満足して離れるべきだと思った。
「イリス! ラス!!」
歩兵を一度ならず、独自の判断で数回ぶつかって崩したカタリアと合流した。
騎馬隊の介入で、敵の歩兵に動揺が見られた。それにより少しだけ姉さんたちが持ち直したように思えた。
「あなたたちは、いっつも勝手に動いて! そんなことで軍がまとまると思いますの!? 軍には規律は大事! そうでなければ軍として機能しませんわ!」
そこで雷が落ちた。まぁ軍令違反を問われれば確かにそうなんだよなぁ。
「まーまー、お嬢。結果オーライだったわけだし」
「過程を無視して結果だけを語るのは愚か者の言うことですわ」
「でも、カタリア様。そのおかげで歩兵はだいぶ楽になったわけでしょう」
「それは分かってます!!」
ユーンとサンのとりなしも効果なし。
これは、本気で怒ってる。マズいな。
「あのさ、カタリア――」
「問答無用です! イリス、ラスの両名には罰を与えます。100騎率いてあのうるさい騎馬隊を抑えなさい!」
一瞬、何を言われているのか分からなかった。それは罰というか、軍令というか。しかも30人じゃなく、選ばれた100人で認められたということ。
「カタリア、ありがとう」
「わたくしはただ、あんたに振り回されて気苦労を増やしたくないだけです! それより! あの騎馬隊をちょっとでもこちらに向かわせたら、その時こそ軍法会議にかけて断罪するからそのつもりでやりなさい!」
「分かったよ、善処を尽くす」
絶対とは言い切れない。
戦いには絶対はないし、何より。
ぜひっ。
喉が、鳴った。
息が、苦しい。体が、熱い。
あと少し。あと少しだけ持ってほしい。たとえその後に果てようとも。今だけは……。