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挿話54タヒラ・グーシィン(イース王国将校)

 原野で対峙した。

 敵が退くと同時、こちらも前に出た。さらに西門で守備していたクラーレも出てきた。ほぼほぼ戦える人間を連れて、あわせて約5千。国都はほぼ空だ。


 敵との距離がどんどん縮まり、もうすぐってところで敵が加速した。何を、と思ってこちらも歩兵を急かせて速度をあげさせた。

 そこへイリリからの伝令が来たのだ。


 あろうことか追撃を中止し、急いで陣を組めということだった。

 なんで、と思ったが、デュエン軍は背後から迫るウェルズ軍を一蹴。こちらに対し突っ込む構えを見せるとのこと。


 ウェルズ軍が来ていたのにも驚きだったが、デュエン軍の行動にはもっと驚いた。罠だったのだ。


 自分が知らないところで戦闘がどんどんと推移していく。それは大局観を持てない自分の限界で、忸怩じくじたる思いもあるが同時に嬉しかった。それをイリリが持っているということだから。

 いつの間にあの子はここまで成長したのだろう。昔から鋭いところはあった。けどそれを活かす場がなかった。その場を得て、大きく飛翔した。そういうことだろう。

 あるいは自分が、彼女が指揮する部隊の先鋒になる。それもまたいいかもしれない。


「タヒラ、それぞれの部隊は分けておくでいいね」


 クラーレが来て言った。見知らぬ男女2人を連れてきている。

 彼女も伝令を受け、部隊を動かしている最中だ。


「そうしておこう。いざという時はどっちかが犠牲になって敵を足止めする」


「その間にもう片方は国都に戻る、か。了解」


 クラーレが先読みしたように言葉を引き取る。


 ふん、本当に生意気な。

 けどそれが今は頼もしい。兵力差的には5千と1万。このだたっぴろい原野では、兵力差がもろに出る。負ける気はさらさらないが、万が一ということもあり得る。

 その場合にどちらがつぶれ役となって時間を稼ぎ、もう一隊が国都に戻って防衛に映る準備をしなければならない。


 その時には兵力は半減しているから、もはや絶望的な籠城戦になるだろうが、全滅して国が亡ぶよりはマシだ。


「それで、その2人は?」


 気になっていた彼女が連れた2人について聞く。

 副官ではないだろう。一応、軍の人間は一通り頭に入っているが見たことがなく、何より一般の兵とは違う気品、というか自信に満ち溢れた様子でタダ者ではないと思ったからだ。


「ああ……それなんだけど」


「お初にお目にかかる。俺様はノスル国太守アトラン・ピレートだ。未来のカタリアの夫だ」


「ちょっと、誰が太守よ! 失礼しました。本当のノスル国太守パーシヴァル・ピレートと申します。パーシィとお呼びください、お姉さま」


 自己紹介を聞いて、自分にしては珍しく渋面を作ったのが分かった。

 それを恥だと思わなったのは、クラーレも同様の表情をしていたからだ。


「待った。あんたら、あれか? ノスルの?」


「その通りだ」「ええ、そうです」


 腰から剣を抜いた。そして2人の間に突き出す。左右に振れば、2人の首を斬りつけられるように。


「あんたら、どの面下げて!」


「まーまー、タヒラ。ちょっと落ち着きなって」


 顔面蒼白になった2人を取りなすように、クラーレが前に出てくる。


「こいつらは、まぁあれだ。降伏してきたみたいなもんだ。それで先鋒にしてくれって。1千もないけど」


「先鋒?」


「デュエンの圧力に屈してしまったわけだが、イースを攻めて何か違うと感じた。そしてカタリアと運命の再開を果たした俺様、十分に反省したというわけだ」


「イリスの姐さんには迷惑かけたからね。ここでいっちょ“名誉返上”って感じで」


 全く反省しているように見えない。イリスの姐さんってなんだ? そして名誉返上は違う。


 じっと2人の様子を見る。

 戦場には若干あるまじき、純粋で澄んだ目をしている。こいつら、初陣だな。そう感じた。だから知らない。戦場という派手な場面の裏にある、陰惨で胸糞の悪くなる現実を。


 ただ、今は1人でも兵が欲しい時。そして自ら先鋒を志願するうえに、兵数は1千以下。

 なら途中で裏切られようと、痛いが致命的ではない。


「分かった。よろしく頼む」


「俺様の説得が功を奏したか。安心しろ、侵略者デュエンは今日をもって滅亡する!」


「さすがお姉さま! 話が分かる人です」


 大丈夫だろうか? 安請け合いじゃなかっただろうか。てかなんでこの女はあたしを姉さまと呼ぶ?


「じゃあタヒラ。こいつらは前に出して、こちらが組む陣形は――」


 クラーレがそう話をまとめ上げようとした時、わっと前方で喚声が起きた。敵が来たか、と一瞬思ったが、さっきから攻める時特有の“気”といったものを感じていない。だからこそここでおしゃべりしていても大丈夫だと思ったわけだが。


 見れば敵の本隊が、どこか揺れている。そう感じた。

 何が起こったのかとじっと目を凝らすと、敵の左翼から何かが飛び出してきた。騎馬隊。そう見えた。


「クラーレ! 機が来た! 突撃するよ!」


「分かった!」


「あんたらも! 敵が緩んだ。今が絶好のチャンスだ! 誠意見せたいなら、1人で10人殺せ!」


「承知した!」


「はいよ、お姉さま!」


 イリリだ。イリリがやった。敵を断ち割った。たった500ほどなのに、1万の敵にひるむことなく突っかかったわけだ。

 本当にすごいことをする。すごいことになる。


 だから死なせない。何があっても、彼女は守る。

 もちろんパパもヨルにぃもトルルンもミリエラさんも守る。けど、イリリは一番だ。お気に入りなだけじゃない。彼女を生かしておけば、きっとイースは強くなる。


 そのために、自分の命を捨ててもいい。それはこの戦いが起きてから心に決めていた覚悟。それを新たにした。


「あたしの妹イリス・グーシィンが敵を突き破った! たった500でだ! 敵は動揺している、今がチャンスだ! 全軍、突撃!!」


 部隊に檄を飛ばし、そして走りだす。


 ここで決める。この短くも長い激闘。それに終止符を打つ。

 ただそれだけを目指して。

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