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第224話 激突

 敵の動き。こちらに駆けてくるが、その軍勢にどこか闘志は感じない。

 ウェルズ軍を叩き、後顧の憂いを断った今。2倍の兵力を十分に活かせる場所での野戦を強いることに成功した。


 ならば焦ってこちらに攻撃する必要はない。そう考えて、一度距離を詰めた後に陣形を組みなおそうというのだろう。


 そうなれば1万の兵力は崩すのが果てしなく難しくなる。そしてこの兵力差を正面からぶつければ、犠牲はあっても勝つのはあちら。そしてそのまま国都を占領されて僕らは負けるしかない。


 だからここだ。

 この一瞬。敵がまだ攻めてこないと考えている隙を突く。


 けどそれができるのは僕らしかいない。機動力があり、破壊力のあるのは騎馬隊のみだ。

 ただそれは500で1万の敵に突っ込むことを意味する。500対1万なんて、ゲームで戦えば鎧袖一触、一瞬で溶ける兵力差。


 でもそれはゲームで正面から戦った場合。

 現実では兵の練度、油断、士気、天候、その他もろもろでどうとでもなる。


 だから悲観せずに、けれどぎりぎりの戦いをしなければならない以上、命を賭す必要があるわけで。


「ふん、あなたにあげる命はありません。しかし、ここで命の限りを尽くすのは当然のこと! 皆の命はインジュインたるわたくしがもらい受けましたわ! 皆、続きなさい!」


 そう言って馬を走らせるカタリア。

 まったく、調子がいい。けど悲観にならない彼女の性格は、この場では有利に作用する。ならそれをおだてて十全に機能させるのが僕の役目か。


「カタリア。すぐに突っ込むんじゃなく、敵の周囲をぐるっと回ろう。それで敵は牽制の軍だと誤解する」


「分かりましたわ」


 その間にも、僕は裏の目的である敵の弱点をじっと探す。いつになく集中力が高まっている。頭はまだずきずきと痛いし、せき込むこともありえそうだ。

 もう残り時間はない。それに反して体が良く動き、頭が働くのは、燃え尽きようとしてる寸前だということなのか。


 敵がざわつく。僕たちの動きを何と見るか、分からないのだろう。弓矢を構えようとする者がいたが、それは脅威じゃない。横に動いている以上、よほど予測して射ない限りこちらに当たるはずもないからだ。

 注意すべきは騎馬隊。赤備。それがこちらの動きを遮りに来た場合には、応戦ないし離脱するしかない。

 だがその騎馬隊も今や大人しい。いや、この集団にはいないか?


 そう思っていた時だ。


「……ん?」


 何かが見えた。

 敵の軍勢。その中に光、と言っていいのか。何か引き寄せるような何かを発する部分が。


「イリス?」


 ふらっと、進路を外れた。炎に惹かれる蛾のように、その光に吸い寄せられるように。


 最初はそれが何か分からなかった。けど次第に確信した。

 それは隙だ。

 敵が持つ隙。それが見えた。見えるものじゃないけど、それは軍神の直感というか、とにかく見たのだ。


 そうなると迷いはなかった。


「カタリア、あそこに突っ込む!」


「え、え!? あそこってどこ!?」


「全軍、僕に続け!」


「ちょ、あなた何を……ええい! あの馬鹿を放っておけません! 続きなさい!」


 すでに駆けだした。疾駆だ。敵。顔が見える。怯えた顔。そこに馬で突っ込んだ。同時に赤煌しゃっこうを両手で振った。もろい。敵が割れていく。

 一拍遅れてカタリアたちが突っ込んできた。それによって割れ目はさらに大きくなる。


 周囲は敵だらけ。1万もいるのだ。味方は500くらいしかいない。いや、視界には誰もいない。僕独りが、1万の軍に突っ込んだような感覚。


 だけど行ける。そう確信した。

 まるでモーセの海割りのように、激しい抵抗もなく敵が割れていく。


 突っ切った。


 左から右に、真一文字に抜けていった。

 こちらの犠牲は、ない。


「し、死ぬかと思いましたわ……イリス! 一体なんですの!」


 敵から離れたところで、カタリアが詰問口調でなじってきた。まぁ、仕方ない。上手くいったとはいえ、一歩間違えれば包まれて袋叩きにされて終わりだ。運が良かったとしか言いようがない。


「ごめん、でも相手が構える前に崩したかった。その隙が見えたんだ」


「……ふん、まぁいいですわ。敵の陣形が崩れたのは確か。ここは合理的に行きましょう」


 と、カタリアには珍しく譲歩した格好を見せた。


「ただし! 次からはわたくしに必ず相談しなさい! いいですわね!?」


 それは難しいな。伝えて、考えて、それから決断する。その時間があると、隙が隙でなくなる。

 おそらくそれは10秒もない時間。そこを突けるかどうかで勝敗は決まるのだ。


 けど、色々と譲歩してくれたカタリアにそれを説くのも難しいだろう。


「分かった。考えとく」


「考えるんじゃなく、分かりなさい!」


 怒られた。しょうがないね。


「いいですか、そもそもあなたは――」


 まだカタリアの小言が続くかと思ったが、不意に湧いた喚声によって中断された。


「あれは……姉さんとクラーレ!」


「お姉さま!?」


 見れば歩兵部隊が声を上げてデュエン軍に攻めかかろうとしている。

 僕らが突っ切ったことで、敵にゆるみが出た。そう見たのだろう。


 悪くない。けど、ゆるみなんて瞬時のこと。それをこの兵力差がある中でやるのか。あるいはそれを嗅ぎ取ったのか?


「イリス! もう一度、敵を突っ切って――」


「無理だ、カタリア! 敵もさすがに油断してない。それに……赤備が来た!」


「赤備!?」


 後方。どこにいたのか、騎馬隊が砂塵を上げて向かって来るのが見えた。その色は赤。山県昌景が復帰したのか。


 カタリアが歯ぎしりする。

 姉たちの乾坤一擲の戦いにどう介入すべきか、迷いは一瞬。


「あの騎馬隊を排除します。そのうえで、歩兵部隊の掩護! いいですわね?」


「ああ、分かった」


 今はそれしかないだろう。

 辛い戦いが予期せぬ形で始まった。少し迂闊だったか。そうは思っても後悔は何も生まないのだ。今はただ、命尽きるまで走り続けるしかない。

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