第24話 追撃
「走れ! 急いで!」
先頭を馬で走る兵が怒鳴る。
再び月下の下。逃げるように走る20人ほどの集団の最後尾に僕はついている。
林を抜け、あとはひたすらに北へ進めば国境を越えられる。
その距離もあと1キロ、ゆっくり歩いても20分あれば安全圏に達する。
――そんな時だ。
カンカンカン!
激しい金属音。
それが何を意味するのか、
「敵が北にいるぞ!」「すぐに軍勢を差し向けろ!」「追え、追え!」
数多の怒号が飛び交い、こちらに向かう火の光が増えて行くのが分かる。
「イリリ、皆をお願い!」
「姉さんは!?」
「可能な限り足止めする!」
「でも――」
「いいから!」
問答無用で部下を連れて馬を走らせる姉さんは、止める間もなく走り去っていった。
無茶だ。そう思ったけど、馬もない僕に追いつける術はないし、ここにいる皆を捨てていくわけにも行かず、ひたすらに北へ走ったのだ。
そして5分ほど経った時。
「あ、あれは……敵!?」
視線を前に向ければ、前に数百人の歩兵らしき影がたいまつを燃やして立ちはだかっていた。
「我々はイース国、国境警備隊のものである! 諸君らは何者か!」
「味方だ!」
誰もがホッと安堵のため息を漏らす。
疲労で倒れそうな人もいたけど、それで元気を出してさらに足を進める。
待ち構えていた警備隊の人たちに事情を話すと、すぐに承諾して僕たちの保護を請け負ってくれた。
だが問題はまだまだ解決していない。
「あれは……ザウス軍か!? あのたいまつの量、1千以上はいるぞ」
1人、騎乗した男の人がうなる。
きっとその人が隊長なのだろう。だから僕は彼に頼み込んだ。
「タヒラ姉さんが3千のザウス軍を、20騎で足止めしてるんです。お願いします、助けてください」
「なっ、タヒラ……キズバールの英雄か!」
自分ではないけど、今の僕の姉の勇名はここにも響いている。
それがどこか嬉しく思う。
「しかし……あれでは我々が出ても焼け石に水だぞ」
隊長の顔が蒼白――かは暗がりで分からないが、明らかに狼狽しているのが分かった。
「だからって見捨てるんですか!?」
「君の気持はわかる。姉ということは、君は妹さんなのだろう。私だって辛い。我が国の英雄を見捨てるなど。だが、ここにいるのは歩兵が500ほどだ。3千もいるだろう敵に突っ込んでも、包囲されて全滅させられるのがオチだ。ならばここは砦に籠城して時間を稼ぐしかあるまい。タヒラ殿には自力で退却してもらうしか……」
「そんな……!」
怒りをぶつけても栓のないことだと分かっている。
敵は全部で3千いるのだ。それを500で野戦をしても意味がない。
隊長の言うことは正しく、よく現状を把握している。
けど。
ほんのわずかな時間しか接していない。
タヒラ姉さんは僕に優しく、皆に慕われ、たとえどんな状況でもあきらめず、今も最前線で僕らを逃がすために戦っている。
自分だけ逃げれば助かるのに、それが一番楽な方法なのに。自ら先頭に立っている。
そんなタヒラ姉さんを見捨てるなんて、もう、できやしない。
「とにかく、今は砦の防備を固めるのが先決だ。君も戻るんだ、早く」
ダメだ。
そんなことをしても無駄だ。
どれだけの砦か知らないけど、籠城戦で勝てるわけがない。
味方は500。それに対し、敵は3千以上。
攻城は守城の3倍の兵力が必要という大原則を、十分にクリアしている兵力差だ。
つまり籠城したら負ける。
かといって野戦でもしたら一瞬で溶ける。
くそ、これだから弱小国は!
なら――考えろ。
僕が、ここで、逆転するための策を考えろ。
これまで幾多の敵を画面上で葬って来た。
兵同士のぶつかり合う本を多数読んできた。
その血肉となった知識。そこに軍神という、戦のエキスパートが重なれば、きっとこんな状況においても、勝利への道しるべが見えるはず。
「砦の守備は3千の敵に耐えられるんですか?」
聞く。
情報だ。僕に圧倒的に不足しているのは情報。
だからそれを集める。迅速に。果断に。
「そ、それは……だが、何もしないよりは良い!」
つまり耐えられないということか。
「なら次です。砦に矢や鉄炮は?」
「あ、あるにはある……だが最近、国境は平和だったから、数は少ないぞ。いや、何を答えているのだ、私は! 君、早くきなさい!」
「いいから! これはタヒラ姉さんが聞いて来いって言ったんです!」
「タ、タヒラ殿の……」
虎の威を借るようで心苦し――いわけないな。これまで仕事でどれだけ社長の威を借りてきたか。だから良心は痛まない。
籠城は無理。
迎撃するにも矢や鉄炮は少ない。
唯一の幸いは今が夜ということ。
あとは地形か。
砦に続く道。そこは広々とした草原だが、砦の左右にはまた木々が生い茂っているのが見える。
砦。敵。林。矢。鉄砲。
これしか……ないか。
「い、一体何を……?」
「1つ、お願いがあります」
「な、なんだ……」
「これはタヒラ姉さんからの命令と思ってください。これをもって敵軍を一気に蹴散らします。そうしなければ、皆殺しです」
「……っ!」
ついさっき姉さんを助けて、と言った口から、タヒラ姉さんからの命令というのははっきり矛盾しているわけだけど、それに気づく隊長ではなかった。
策は半ばギャンブルみたいなものだ。乾坤一擲、背水の陣。
けどやる。
まずやって、それから決める。
だから腹をくくる。
「もう1つ。これは個人的なお願いなのですが――」
「む、な、なにか?」
「馬を一頭。貸してもらえませんか?」