第221話 西門の激闘
西門は激戦だった。
敵は本陣に2千ほどを残して残りはすべて城門に向かって進軍させている。
部隊は城門を破ろうとする前衛と、城壁の部隊に対し弓で攻撃する後衛に別れての攻撃。これまで以上に過激な攻撃で、なんとしてでも城門を突破しようという意気込みが見て取れる攻め方だった。
対するイース軍は、初日の砲撃で半ば崩れた城壁に寄って防衛をしているが、不安定な足場と数の差に押され気味に見える。
このままでは昼を待たずに城門は落ちる。
夜討ち朝駆けは武士の習いとはいえ、さすがは平家ってところか。
なんて敵を褒めても何もならない。
今、僕たちができることは、諦めて軍門に降ることじゃない。
「カタリア!」
「分かってますわ! 全軍、偽装を解いてあの弓隊を崩します!」
偽装。アトランらノスル軍の背後に隠れるようにしてここまで来たことだ。
1千ほどの人間が平地を移動するのだ。遠目にも見えるわけだから、敵には当然捕捉されている。だがそれが同盟軍なら近づいてきても油断してくれるはず。そのための偽装。
――だが、
「敵の本隊から騎馬隊、来ます!」
「騙されてくれないか!」
くそ、もう少しだったのに。
ここで足止めされれば、弓隊の半分をこちらに向けられる。身を隠すところもない平地だ。近づくま前に壊滅的な打撃を与えられる可能性がある。
「ここは俺様たちに任せろ! 姉貴もこっちに来るから抑えてみせる!」
その時だ。アトランがそう告げて部隊を騎馬の方へ向けたのは。
わずか500ほどで1千の騎馬隊に向かう。無謀だ。が、問答している場合でないのも確か。
「死ぬなよ!」
「当然だ。カタリアをまだ妻にしていない。俺様が死ぬものか!」
「気色の悪いことを言うんじゃあありません!!」
カタリアの焦った顔に、戦場にも関わらず少し胸が軽くなった。それが実現するかどうかは別にして、こういった気楽なやり取りをまたしてみたい。させてあげたい。それが今の偽らざる心境。
「て、敵だ!」
だから、今は何がなんでも国都を陥とされるわけにはいかなかった。
城門を攻撃する弓隊。こちらは偽装が功を制したようだ。敵は3千ほどいたが、ほとんどが城壁に集中していたし、何より接近戦にはもろい弓兵だ。700くらいとはいえ騎馬隊に横からつつかれれば、発泡スチロールの板みたいにもろくも崩れ去る。
1千に満たない部隊だが、敵の弓隊は横に断ち割った。奇襲だったからこちらに犠牲はほぼない。
だが相手はすぐに手を打ってきた。
城門を攻める歩兵が部隊を分けて僕らの抑えに回る。その間に弓隊を編成しなおして僕らに対する攻撃隊にするのだろう。憎らしいほどに冷静な采配に舌打ちしたい気分だ。
「カタリア、とにかく動き回ろう」
「あの城門を攻撃しているのを蹴散らすのが必要でしょう!」
「駄目だ。騎馬隊の本当の強みは機動力によるかく乱だ。足を止めたら死ぬ。そう思って、馬の体力をだましだましで使っていくんだ」
「っ!! 分かりましたわ!」
カタリアが無茶しないで従ってくれたことに安堵。
とはいえ、そうもうかうかしてられない。敵の歩兵の一部がこちらに向かい、弓隊が態勢を整えている状況に、さらに敵が来る。アトランらノスルの部隊が抑えると言っていた騎馬隊、赤備だ。山県昌景はいないようだが、彼――いや、彼女が鍛えた部隊は精強無比に違いない。
敵が3方向から迫り、かといって左右は敵本陣と攻城中の歩兵部隊がいるから、自由に動き回れるのは後ろ(北)しかない。だが後ろに退けば、城門から遠ざかり、敵の注意を引き付ける手立てが難しくなる。
なんとか下がらずにこの狭い区域で頑張るしかないようだ。
「あの豚っ! 大言壮語の割には情けない!」
現れた赤備を見て、カタリアが吐き捨てるが、それは酷というもの。
歩兵中心のノスル兵に対し、まともにぶつからずに足を使われたら騎馬隊には勝てない。むしろ僕らが弓隊に突っ込んでいるところを邪魔させないくらいに引き付けてくれたことに感謝すべきだろう。
「いや、カタリア。見方は悪くない。アトランと僕らで敵は挟み撃ちの形になっている。僕らを攻撃すればアトランが、アトランを攻撃すれば僕らが、敵を攻めてかく乱できる」
「そう……それなら」
とりあえずフォローを入れておく。そこまで以心伝心できるとは思ってないけど、とりあえずなだめることには成功した。
とにかく今は時間が武器だ。
時間を稼げば稼ぐほど、こちらに有利になる。タヒラ姉さんら南門にいる部隊が西門を増強するか、それとも外から回ってこちらに来るかできれば、今度は相手が多方から攻められることになる。ノスルが味方になったことは伝えてあるから、南門の守備はごくわずかで十分だと判断してくれるはず。
だからそこまで耐える。
赤備の突撃を敵の影に隠れることでかわし、それを狙いに弓隊が来るが、ちょうどよくアトランが背後から攻撃して態勢が崩れたところを僕らも突っ込んで散々に蹴散らした。そこを歩兵と赤備が包み込むようにしてくるが、一撃離脱をカタリアには徹底させたので、損害もなく離脱。
城門の攻防とは別に、この中央帯で行われている戦いは意外と優勢に進められている。
この調子なら。
そう思ったのもつかの間。
「なに?」
鉦の音が激しく戦場に響き渡る。
出所は西。敵の本陣。何の合図だ。まさか、総攻撃?
中央の戦場では優勢とはいえ、圧倒的な数の差は埋まっていない。
だからここで僕らを無視してひたすらに城門を攻撃されればどうしようもなくもたない。
どうする。
考えている間にも敵は動く。
敵の本隊。平知盛が率いる部隊がこちらに向かって来る。
やるか?
ここで平知盛を討ち取れば、戦局はぐっと楽になる。いや、総攻撃の直後に総大将が討たれたとなれば、敵は総崩れになる可能性はきわめて大きい。
いや、ダメだ。いくらなんでもご都合主義すぎる。敵は平知盛だけじゃない。赤備もいるし、崩されたとはいえ弓隊も歩兵部隊もいる。特に赤備。平知盛にたどり着くまでに絶対に彼らが介入してくる。そうなればこちらの犠牲は大。
粘っていれば勝機は見える可能性もあるのに、それをここで捨てることはない。そう判断した。
「カタリア、回避だ。あれとまともに当たるとまずい!」
「なにを弱気な――」
「いいから!」
カタリアの前に出て、馬を走らせる。進路は北。馬は集団で動く。先頭の動きに合わせて。だから僕が勝手に進路を変えれば、後続もそれに倣う。
「あなた勝手に!」
「全滅よりマシだ!」
「なんですって」
その会話の間も敵は来る。やはり本隊と赤備。さらに僕らの進路を妨害するように歩兵。逃げ切れるか。戦場から離れるしかない。いや、敵の主力を戦場から離したと考えればいい。
あとは引きまわしつつ、平知盛を討つタイミングを計ればいい。それが難関なわけだけど、希望を見失ってはやってられない。
だが、まったく計算違いが起きた。
敵の本隊と赤備。それが追ってこない。馬の足を落として、僕らと距離を取って対峙するようにしている。それはこちらを攻撃するといった形ではなく、警戒しているようで。
「イリスちゃん! あれ!」
ラスに喚起されて見れば、城門の方から部隊が走ってくる。デュエンの攻城部隊だ。整然と、だが駆け足で城門から逃げるように離れていく。
逃げる?
いや、間違いない。歩兵の集団が城門とは反対側、もともとデュエン軍の本陣があった方面へと駆けていくのだ。北にずれた僕らから見れば、左から右へ。
一体何が起きたのか。
1つの事案が頭に浮かぶが、まさかとしか思えないこと。けど、それ以外にこれを形容する言葉はない。
「撤退して、いく?」
ユーンが夢でも見ているかのように、ぽつりとつぶやく。
そう、撤退だ。ここまで来て。ここまでやって。まさかの撤退。
その1つの根拠を僕は見た。僕らから見て戦場の反対。そこにうごめく何かが見えた。おそらくタヒラ姉さんらの部隊だろう。
増援が来るので兵を一時退いた。それなら分かる。攻城戦の最中に横やりを入れられるのは一番最悪のパターンだからだ。一度攻囲を解いて、増援を叩きのめしてから再び攻城戦に戻る。それが常道。
だが敵は一時退いたというものではない。完全に、潰走というわけではないが、逃げるようにイースの国都から離れて行く。
「何か分かりませんが、敵が退くなら追撃するべきでしょう!」
カタリアが言い募るが、僕の中では明確な理由もなく撤退していくデュエン軍が不気味なものに見えてしまう。
「あれは殿軍だ。強敵だぞ」
「それでも逃げていく軍ですわ。追撃が一番、楽な戦いだと教わったでしょう」
それはそう。だがやはり気になる。
平知盛が突然逃げ出した理由。だって、まだ今日は1時間ほどしか戦っていない。それでいて逃げるのはどういうことだ? そもそも逃げるなら、今朝うちに逃げ出せばよかったのだ。その時間に移動しているのだから、その暇はあったはず。
追撃を戸惑わせるためにひと当てしてから撤退した、というには逆に戦う時間が長すぎる。
だから何かある。そう思ったんだけど、その何かが分からない。
あるいは撤退の理由が分かれば。そう思った時だ。
「それは彼らが退路を断たれたからっすよ」
不意に声が湧いた。それは湧いたという表現がぴったりなほど、唐突で脈絡もなく、それでいてこの場の内容に即したもの。
咄嗟にその声の元を探した。それはどこかで聞いたことがある声。見知った人の声。
それがこの撤退の謎の答えをくれるなら、と声の元をたどり――
「やぁどうもどうも、いりす殿。お久しぶりです」
風魔小太郎が、いた。