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第219話 Let’s Party!

 イース国、いや、この世界の国というのは中世ヨーロッパのようでいて、かなり独自性の高い仕組みになっている。


 まずこの大陸の支配者であるアカシャ帝国があり、そこから各地方に代官として置かれたのが太守で、それが治めるのが1つの国ということになるという。

 日本で言えば、徳川幕府という帝国の基盤があり、それを武蔵国とか摂津国といった国ごとに別れた地方区分に、大名という形でその地を治めさせたのと似ている。


 違うのはこの世界の太守は、帝国による任命制で、それによって太守が地盤を強固に固めて帝国への反逆を取れないようにしているということ。

 ただそれも帝国の長い歴史によって歪みが生じてきた。

 すなわち売官ばいかん

 太守の座を金で帝国から買う人間が出てきたのだ。太守の座につけば、その国は好き勝手できる。帝国への納税を怠らなければ、どれだけ税率を上げようが、民を苦しめようが構わないというのだろう。


 そして国の要職につく人間の任命権ももっている以上、そこには必ず汚職が付きまとう。つまり賄賂だ。

 そうやって私腹を凝らした太守が、たった数年の任期で太守の座を退くなど、あり得ないと思う人間が多かったのだろう。これまで任命制だった太守は、いつの間にか帝国に金さえ払えば世襲でも構わないという暗黙の了解が出てきた。


 その中で、我がイース国のイグナウス家は、アカシャ帝国建国の英雄が治める地として、帝国から公に世襲制が認められている。


 だからこの国は他の国とは格の意味でも、伝統の意味でも他に追従を許さない名門ではある。

 そしてその周りを固めるのは、建国の英雄であるイグナウス家の祖と共に戦った、これまた由緒ある家柄の人たち。


 そんな人たちに率いられるイース国は、栄誉と繁栄を約束された素晴らしい国。


 ――のはずなのだが。


「今日も敵を撃退したぞ、お疲れさんー!! よっしゃ、飲もうぜー!」


 格も伝統もある我らが太守が、片手にしたジョッキを天高くつきあげると、集まった客たちがそれに倣う。

 ここ、いつかカタリアやラスと一緒に来た迎賓館にて、どんちゃん騒ぎが行われていた。

 およそ200人ほどの男女が談笑したり、豪華な料理に舌鼓をうったり、賭けに興じたり、音楽に合わせて踊ったりしている。


 2カ月ほど前とまるで変わらない。

 この迎賓館の外はまるで変わって、今や危急存亡のときにまで追い詰められているのに。


 この場にいる200人。

 その誰もがこの国の要職につく名門の貴族の子弟だ。ぶっちゃけて言えば、僕らの通うソフォス学園、その生徒も多い。てっきり彼らは城門の防衛についたか、あまり考えたくはないが最初の退去の時に城外に出たものだと思っていた。


 だってそうだろう?

 自分がいる国が、地位が、家が危機に陥っているときに、その責任ある立場の者たちがまさかこんなところでぐだぐだと管を巻いているとは誰が思う?


 そんな奴らが華美に着飾って、しかも籠城中だというのに無駄に豪勢な食事を並べて、それでいて談笑しているのだから。前線にいる身からすれば馬鹿野郎って思いだ。


「こいつら、何考えてんだ」


 思わずぼやく。

 広間に続く廊下で、半分閉じたドアの影に隠れて覗き見るようにしながら。


「そういうこと。うーん、ぴったりだよね。だからこそ、彼らをイリリが動かすの。うん、やっぱり色も青の方が似合う」


「……で、姉さんは何してるの?」


 何やら背中越しに相槌を打ちながらも、僕の背中に手を当てて何かを考え込んでいる。


「せっかくのパーティ会場だからね。イリリのドレス姿見たいなー」


「却下」


「そげなぁ」


 あんな動きにくい服、そして女性らしすぎる服は精神的に辛い。

 何よりこの場に、これからやろうとしていることに、その格好は合わない。


 今の僕は薄いプレートを当てた軍装。しかもこの3日、いやその前から使い続けているから傷だらけのボロボロで、血がついているところもある(だいたい僕の吐血部分だろうけど)。


「じゃ、行こうか」


「ほいほい」


 緊張感のない姉さんの返答に背中を押され、ドアを思いっきり跳ね飛ばすように開く。


 ざわざわと喋り声と音楽が充満してした広間から、音が消える。

 そして200人、400もの瞳による視線を感じた。


「おい、あれって……」「イリス?」「なんでドレスじゃないんだ?」「てか後ろのはタヒラ様じゃあ……」「一体、なんでこんなところに?」


 すぐにざわめきが生まれる。

 なぜ僕がここにいるのか。そしてこの場にふさわしくない軍装でいるのか。何もかも、こいつらは分かっていない。


 それすらも無視して、僕の足はこの場において一番豪勢で、かつ堕落した男の元へと向かった。


「おーおー、これはイリスじゃないか! それにタヒラも。どうした? 俺様は今、忙しいんだが?」


 酔いで完全に目がすわっている

 国のピンチの時に、こうまで酔いつぶれていられるのは、よほどの大物か、あるいはよほどの馬鹿だ。


「お、それともイリスも飲みにきたか? ならさっさとそんな武骨なものは脱いで、着替えなって。ちょうどイイ感じのドレスがあるんだけど、うーん、イリスちゃんならプレゼントしちゃおうかな。それとも、俺様が直々に着替えを手伝って――」


「太守様にお願いしたいことがあります」


「ん? お願い? 今夜のベッドの中でいい?」


 いいわけないだろ!

 怒鳴りたいのを全力で押さえつけて、1つ深呼吸。


「明日、おそらく敵の総攻撃があります。それにあたって、新たに200名の徴兵をお願いしたく」


「ふーーーーーーん……ま、いんじゃね? それよりさ。一緒に飲もうぜ、イリスー」


 絶対意味が分かってない返答。だが言質は取った。


「では、ここにいる全員を徴発いたします! 全員、すぐに着替えて南門に集合! 遅れた者は軍規に従い罰を与える!」


 一瞬の静寂。誰もが何を言われたのか、何を意味するのかをはかりかねたようで、頭にクエスチョンマークが踊っている。


 だが、ようやくその意味と言われた内容を悟った者たちは、顔を真っ赤にして怒声を放つ。酔いではなく、怒りで。


「ふ、ふざけるな!」「俺たちを誰だと思ってる!?」「そーよ! なんで好きでもないことしなくちゃいけないの!」「総攻撃があるなら、それを守るのが軍だろう! 俺たちには関係ない!」


 おーおー、叫ぶねぇ。

 思い出すのはこの世界の前にあった出来事。僕がまだ会社の名のもとに批判と怒りを浴びていたころのこと。

 あの時と似た状況だけど、決定的に違うのは理不尽のベクトル。前は上から下への抑制ともとれる理不尽の方向性だった。だが今は、下から上への突き上げによる理不尽の方向性。

 いや、理不尽というならこいつらのやってることの方が理不尽だ。死ぬ思いは立場が下のものにやらせて、自分は何も知らずに呑気に酒なんて飲んでいる。立場が下のものから見れば、圧倒的な理不尽そのものにすぎず、そんな彼らが怒るのは逆ギレ以外のなにものでもない。


 ドンっ!!


 絨毯敷きにも関わらず、床が陥没するのではないかと思うくらいの激しい打撃音が響いた。

 後ろにいたタヒラ姉さんが剣の鞘を握ると、そのこじり(鞘の先にある部分)を床に激しく突き立てたのだ。


 それで周囲の喧騒が静まる。

 タヒラ姉さんの威圧的な瞳も受けて、まともに反論できなくなったのだろう。姉さん、ナイスだ。


「今、この国は危急存亡の場面にあります。にもかかわらず、諸君らは何をしているんですか?」


「だ、だが俺たちは関係ない。軍がしっかり――」


「この国の税を使い、この国の食料を使い、この国の場所を使うのに関係ないとはどういうことでしょうか?」


「……!」


「はっきり言わせていただきます。万が一、この国が敗れれば、あなたたちの財も、権利もすべて勝者に没収される! こんなパーティが二度と開けると思ってます?」


「だからそれは軍が――」


「軍がどうこう言っている場面はとうにすぎている! それを認識していただきたい!」


「ぐっ……」


 論破した、とは思わなかった。正直いえば、軍が頼りないというのは真実なのだ。

 けどそれでもどうしようもない状況。さらに言えば、同盟国が次々離反したことは政治上での敗北なのだ。だから国民があげつらうのはいいが、ここにいる主に政治家志望の奴らに言う資格はない。


「もうええじゃろ、イリスちゃんや」


「爺さんか」


 隣室にいたらしい。太守の祖父にて、ソフォス学園の理事長の爺さんがひょこひょこと現れた。


「ここにいる者、全てタヒラちゃんの指揮下に入れよう。それでよいな、イリスちゃんや」


「え、ええ」


 誰からも反論は出なかった。

 僕よりも姉さんの方が反発は少ないのは確か。それに軍歴が長い分、ちゃんと彼らを適切な位置に振り分け、無駄に死なせないだろうと思う。


「それからこのパーティも事が終わるまでは中止じゃ。ここに蓄えられている備蓄も解放して、兵達にふるまうのじゃ」


「で、でも爺ちゃん」


「テベリス。お主は、歴史あるこの国を終わらせる気か?」


「ぅ……」


 爺さんの初めて見せる鬼気迫る表情に、思わず僕も息を呑んだ。


「イグナウス家は由緒ある家柄。それをお主の代で終わらすなぞわしが許さん。それとも、何か。別の手立てがあるなら聞こう」


「わ、分かったよ、爺ちゃん。言う通りに、する……」


 太守が陥落した。これで話は終わりだ。

 タヒラ姉さんの指示を受け、広間にいた者たちが三々五々に退室していく。その足取りは重い。それも当然か。だけど、今はこうするしかなかった。

 可能な限り犠牲を少なく。明日の戦いを終わらせる。それに集中すべきだ。


 結局広間に残ったのは僕と太守と爺さんの3人。


「お、俺様も戦うのか……?」


 太守はこれまでの威厳はどこへやら、青ざめた顔でガタガタと震えていた。前線なんて出たことはないのだろう。それも当然か。


「いえ、太守には前線から離れた本陣にいてもらいます。万が一の時には国都から退避できるように」


「そ、そうか……」


 逃げる準備がある、と聞いて少し安心したのか、ひきつりながらも笑みを浮かべた。

 情けないと思うが、ま、仕方ない。この男にはおいおい覚悟を決めてもらうとして。


 太守の横でにやにやとこちらを眺める爺さんに視線を向けると、


「爺さん、ありがとう。助け船がなけりゃ、もうちょっと説得に時間を使った。感謝するよ」


「なーに、当然のことをしたまでよ。の?」


 それにしてもこの爺さん。太守を黙らせたり、他の者に何も言わせなかったり、引退したとはいえ、まだまだ発言力は大きいみたいだ。

 しかも海千山千のつわもの。今後のことも考えると油断はできないな。


「というわけで、お礼は言葉じゃなく体で! どうじゃ、今宵はわしのベッドで――ぐひゃ!」


「前言撤回!」


 本当。なんでこんな奴が。油断とか考えた僕がバカみたいだ。


 いや、今は爺さんとかに構ってられない。

 そんなことより明日。おそらく最終日になる決戦の日。


 そのことに今は全力を尽くすべき。そう思った。


切野蓮の残り寿命4日。

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